語るも有言、語らぬも。
男爵が指定したのは、五日後の正午。詳しい場所は書かれておらず、とりあえずはこの街で開くから来てほしいとのこと。
魔王含め、配下の四人も同席する旨が書かれてあって、いくら魔王たちが手を出してこないからといって、全員揃わせるのは結構な度胸の持ち主だと思う。
まだまだ復興途中だし、やることはたくさんあるからと、まだこの街に滞在を決めて、残りの日数を過ごすことにした。
会談の三日前。
今日も朝からお手伝いに向かった勇者は、港の簡素なお店にて、満面の笑顔でイカ焼きを買う魔王(今は魔法剣士かな)の姿を発見した。
「おっちゃん!イカ焼き二本!」
「はいよ!兄ちゃん、見ない顔だな。観光かい?」
「観光っていうか、ほら、前まで獣妖精がいて、簡単に来れなかったみたいだし?俺この街のイカ焼きが食べたくてさぁ」
早速イカ焼きを一本頬張りながら、魔王は「うまぁ!」と蕩けそうな笑顔を見せる。
「そりゃ良かった!これもそれも、魔王軍のお陰なんだよ」
目の前にいるそいつ!そいつが魔王だよ!
けれども当の本人は何食わぬ顔で一本食べきって、
「おっちゃんは魔王見たのかい?」
「いんや。あ、けれどね、助けられた街の娘らが言うには、戦舞姫は仮面の上からでもわかるくらい、美青年らしいぞ」
「……へぇ」
あんまり楽しくなさそうな返事をして、魔王は「ありがと」とおっちゃんに背を向けた。もちろん見ていた僕たちと目が合って、イカ焼きを食べようとしていた格好のまま固まった。
「あ、えと、魔法剣士さん……?こんにちは」
「あは、は……。やぁ、元気、かい?」
魔王はなんとか爽やかな笑顔を作るけれど、どう頑張っても、手に持っているイカ焼きが邪魔をしている。食べることも出来ず、魔王は「ま、また今度ね」と隣を通り過ぎようとした。
「あ」
何か思い出したのか、勇者がぽつりと零す。
「え、何!」
「会談は三日後ですよ?」
「うん知ってるよ!?てかなんでここでそんなこと言うの!?」
「早く着きすぎたんですか?」
魔王の都合はお構いなしに、勇者はいつも通りの能天気を発揮している。知ってると思うけれど、勇者に悪意は全くない。
「いや、別に、早く着いたとかじゃなくて……」
魔王は少ししょんぼりした顔で、イカ焼きの三角の部分をぱくりと食べた。
「あ。イカ焼き食べるんですよね?僕もご一緒していいですか?」
「……はぁ、構わないよ。待ってるから買っておいで」
諦めたように肩を落としす魔王に笑いかけて、勇者はおっちゃんに「一本ください」と代金を払っている。この隙に撒けばいいのに、律儀に待ってる辺り、魔王も能天気かもしれない。
とりあえず二人は、船の泊まっていない桟橋まで歩いて、海に足を投げ出すようにして地面に座った。波が穏やかで、風がとても気持ちがいい。
「それで?手伝いを放り投げて、そこまでして俺とイカ焼きを食べたい理由は?」
「放り投げたわけじゃないですよ?来れる時に来ればいいって言われてますし……あちっ」
僕のためにイカを千切ろうとした勇者が、意外に熱かったイカ焼きに苦笑いを浮かべた。いや、湯気出てるし、普通わかるだろ。
「ほら、貴方と話したことなかったなぁって思って」
指先に息を吹きかけながら、それからイカを小さく千切りながら、勇者は何気なく言った。
「はぁ?前に城で話したこと忘れたのかい?」
「魔王とは話しましたけど、魔法剣士さんとは話してないなって。魔王の理想も考えもわかったけど、一番聞かなきゃいけない貴方の話、何も聞いてなかったですよね?」
魔王は口を開けたまま止まった。しばらく勇者を見つめた後「ははは……」と片手で顔を隠す。
「そう、か。そうだね、それも、そうかもしれない。じゃ、君は俺に何を聞きたいんだい?」
勇者も一口イカ焼きを頬張る。それを飲み込んでから、
「魔法剣士さんは、なぜ魔王になったんですか?」
「……」
一瞬だけ表情を強張らせた後、魔王は残りのイカ焼きを食べる。それを食べ終えると、魔王はひと息だけついて「それは……」と話し始めた。
「昔、ある村に一人の少年がいた。彼は学校を卒業しても家でだらだら過ごしててね。ついに母親に言われて、観光気分で旅を始めたんだ」
魔王は口元を少しだけ緩めて、
「彼は剣もろくに使えないし、ましてや魔法の“ま”の字すら使えない奴でね。旅する中で、彼はたくさんの大切なものを手にし、そして同じくらい手からこぼれたものもあった」
「それって……」
勇者が何か言おうとしたけれど、余りにも魔王の顔が悲しそうで、それ以上を言うことは出来なかった。
「彼は、自身の守りたい世界の為に……、“ふとした幸せで笑顔になれる世界”を守る為に、魔王になったんじゃないかな。なんて、これじゃ君への答えにはなってないかな?」
苦笑いして、魔王は僕を優しく撫でてくれた。少し固い豆のある手だったけれど、勇者と同じくらい暖かい。
勇者も同じようにイカ焼きを急いで食べると「よし!」と立ち上がった。
「じゃ、僕も、僕の見てきたこと、考えたことの為に頑張ろうと思います!だから魔法剣士さん、いや、魔王」
「ん?」
「会談、上手くやりましょうね!」
「そのつもりなんだけどなぁ……」
魔王も立ち上がると、勇者からイカ焼きの棒を受け取った。それ以上話すつもりはないのか、魔王は「またね」と爽やかに笑って行ってしまった。
「ねぇ、フロイ」
「ん?」
「頑張ろうね」
にこりと笑う勇者に、僕は何言ってんだと頭を傾げる。もちろん首も頭もないから、それが勇者に伝わる様子は全くない。
「協会、協会かぁ……。うん、決めた」
何を決めたのかわからないけれど、勇者は僕を肩に乗せると、いつも通り復興の手伝いへ向かった。