身体にいい健康体操。
ハイスヴァルム。
僕たちが住んでいるこの世界のことだ。
そして僕はフロイだ。
勇者を倒して、僕が弱くないって証明するために、この旅路についていってる。
結構長く一緒にいるけれど、なかなかしぶといのか、倒す機会が巡ってこない。運も実力のうちってことか。
さて。
そんな勇者御一行の旅路は、“白の国”にある男爵領の復興で足を止めていた。まぁ、次の目的地も特にないし、しばらくはここに滞在するのもいいかもしれない。
※
最初来た時よりも賑やかになった街は、前は見られなかった光景がそこかしこにあった。
商談をしに来た人とか、復興の手伝いに来た人とか、あとは走り回る子供たちとか。それらを木箱の上から眺めていると「フロイ!」と僕を呼ぶ声が。
「フロイ、今日は少し早く終わりそうだから、一緒にお昼を食べよう!」
重そうな荷物を抱えながら爽やかに笑うこいつが、僕が倒したい相手、勇者だ。
前までは船の出入りが少なかったから、そこまで手伝うことも無かったのだけど、最近流通が元に戻ってきたとかで船の出入りが多くなったんだって。それに合わせて、勇者は毎日こうして荷運びの手伝いをしている。
「おぉい、勇者さん!次はあっちのを運んでくれぇ!」
「あ、はい!ごめんねフロイ、終わるまで散歩でもして待っててくれるかい?」
「え?ゆうちゃ!」
僕が跳ねるのにも構わず、勇者は呼ばれたほうへ行ってしまった。僕の企みに気づいて行ってしまったのかもしれない、次からはもっと油断させないと。
なんにしろ、あんなたくさんの人の中では倒すどころか、僕が蹴られそうだから、とりあえず言われた通り散歩でもしようかと木箱を降りた。
騒がしい通りを抜ると、段々潮の香りが濃くなってくる。その中に混じって、聞き覚えのある騒がしい声が聞こえてきた。
「いよっし、これで十連勝だ!オヤジー!約束通りホタテ串あと十本追加なー!」
「おいおい勘弁してくれよったく……」
たくさん並んだ簡易なお店のひとつに、野次馬と、それからテーブルにつく魔法使いの姿が見えて、僕は間を縫って奴の足元まで近寄った。
「なりきん!」
「あ?なんだ非常食か。おめーも食いに来たのか?」
「なに?なに?」
僕からはよく上が見えず、何回か跳ねていると、魔法使いがため息をつきながらも、テーブルの上に乗せてくれた。
反対側にも人が座っていて、肘をテーブルに乗せたままの格好で構えている。魔法使いも同じように肘をつけると、しっかりと手を握り合う。
なんかの勝負かな。
「オヤジ!これで勝ったら十一連勝だからなー!」
「わあってるよ!とりあえず十本焼いちまうからな!」
握りあった手を、掛け声と共に目一杯力を込めだした。勝負は拮抗することもなく、魔法使いの手が相手の手の甲をテーブルに押しつけた。
「っしゃ!オヤジー!」
「少しは待つことを覚えてろ!」
どうやら魔法使いは、勝った分の本数の“ホタテ串”をオヤジからもらえるらしい。相変わらず、食べ物に力を使い切る奴だと僕は呆れて、次の勝負をやり始めた魔法使いをあとにした。
また街へ戻ってくると、それなりに早い段階で修復が終わっていた治療院へとやって来た。
復興をしていると、怪我人もそれなりに出るもので、その人たちのためであったり、あとは、獣妖精から受けた心の傷を癒したりと、結構大事な場所になっている。
その前を通ると、中から出てきた人たちが口々に「流石聖女様だ」とか「聖女様の御手に触れて頂けるなんて」と嬉しそうな顔をしているのを見かけた。
聖女か。さぞかし綺麗な人なのかな。復興に来てくれるくらいだ、美しい心の持ち主かもしれない。
開いた扉の隙間から入る。
天井はガラス張りで、穏やかなこの国の暖かな日差しが、それはもう贅沢に取り入れられている。ちなみにこれを作ったのは、“赤の国”でもまぁまぁお世話になった(お世話をした)輝きの土妖精だというのだから驚きだ。
その暖かな日光を一筋受けて、やって来る人たちに優しい微笑みを向けていたのは、それはもう綺麗な聖女様。ではなく、ごついおっさんだ。
このおっさんは僕たちの仲間の僧侶であって、断じて聖女様ではない。もう一回言うよ、おっさんであって、聖女様では、ない。
いや待てよ。もしかして、聖女様は別にいるのかも。
僕は僧侶に聞こうと、近くまで跳ねていく。
僧侶の周りには数人の領民がいて、皆「ありがとうございます」と言って頭を下げている。領民の手に握られた薬草を見て、僕は段々嫌な予感が確信に変わっていくのを感じた。
「……」
「それはもう効果てきめんでして、こんなに質の良い薬草が頂けるなんて幸せですよ」
僧侶は奇跡の魔法以外に、なんか変な力でも持ってんのかな。いつも僕だけ何言ってるかわかってない気がする。
僕に気づいた僧侶が、屈んでから薬草の葉っぱを小さく千切って僕に差し出してきた。それをジト目で見てから、あぁやっぱりこいつが聖女様なんだなと確信した僕は、薬草を無言で口に咥えると治療院を出ていった。
皆騙されてるんだよ、あいつはただのごついおっさんなのに!
さて、そろそろ散歩を終えようと、来た道を引き返し始める。そんな僕を数人の子供たちが追い越していって、それから僕の後ろに向かって「早くしろよー!」と手を振った。
なんだと振り返ると、ヘロヘロになりながらも走るエルがいた。子供と変わらない年に見えるけれど、森妖精であるエルは、こう見えて百五十歳のババァである。
でも森妖精の中では、それこそ生まれたばかりの幼子と一緒だと言うのだから驚きだ。
「は、早いのです~。エルちゃん、そんなに走れないのです~」
僕の横で立ち止まって、エルは肩で息をしながら先を走る子供たちを見た。まぁ、いつも僧侶に肩車されてたし、そのツケが完全に回ってきたとしか思えない。
「あ!そろそろお昼の時間だ!俺らここで帰るわ!またな、エル!」
「エルちゃんはエルちゃんなのです~!またなのです~」
呑気に手を振って、それからエルは足元の僕に視線をやった。
「フロイ~、フロイもご飯なのです~?じゃ、エルちゃんと一緒に勇者のとこに行くのです~」
エルは上機嫌に僕を頭に乗せる。
「お姉さんですからね~、ちゃんと乗せてあげるのです~」
こいつよりも下に見られてるのが悔しくて、僕は抗議の意味で跳ねてやった。
「エルたん!エルたん!」
「嬉しいのですね~。エルちゃんも嬉しいのです~」
相変わらずチグハグだよ!けれども自分で移動するのも疲れるし、僕は仕方なく黙って運ばれることにする。
そうやって歩いていくと、最初に勇者と別れた通りへと戻ってきた。丁度勇者も終わったところなのか、額の汗をタオルで拭って水分を摂っているところだった。
「ゆうちゃ!」
「フロイ、エルちゃんも。散歩は楽しかったかい?」
眩しい笑顔に、エルも同じような笑顔を返して「はいなのです~」と僕を勇者に差し出した。僕はそのまま勇者の肩に飛び乗って、今日のお昼は何かなと胸を踊らせる。
と、向こうから手を振って走ってくる、五人目の仲間の姿が見えて、勇者もまた「おおい」と手を振り返した。
「勇者さん。今からお昼ですか?」
「うん。武闘家は?」
「私は……」
顔にかかる髪を手で押さえながら、武闘家は手に持っていた封筒を勇者に差し出した。
「これは……」
勇者は受け取った封筒を眺めている。
遠くから串を大量に持った魔法使いと、薬草を五枚手にした僧侶が歩いてくるのも見える。
「会談の日時が決まりましたので、お父様が、是非皆様にも同席を、と」
「そっか、そっかぁ……!」
封筒を大事そうに握りしめ、勇者は嬉しそうに大きく頷いた。
どうやらやっと。
僕たちは旅を再開出来そうだ。けれどもあれ?目的何も決まってなく、ない……?