灰塵の贄。
玄関には特に見張りもいなくて(いや、外にはいっぱいいたか)、問題なく中へ入ることが出来た。
すごく大きな家で、入ってすぐのホールにぶら下がっているシャンデリアがとても綺麗だ。ちなみに武闘家曰く「お手入れ大変なんですよ」と苦笑いしていた。
「誰もいねーな」
武闘家を降ろした魔法使いが、辺りに一応気を配りながら歩いていく。ホールから左右に階段があって、それらはニ階に繋がっている。ニ階で同じ場所に合流するように作るなら、階段ひとつでよくないかと思ったのは内緒だ。
「一階が来賓用の客室で、ニ階に私たち家族の部屋や、お父様の執務室があります。あとは……、地下にワインセラーがあったかと……」
「そこか?」
「武闘家、地下に案内してくれるかい?」
武闘家は申し訳無さそうに首を振ると、
「ごめんなさい。お父様は私に地下のことは教えて下さらなかったのです。あるのは知っているのですが、入口は隠されていて、どこにあるのかまでは……」
「……そのワインセラーは、いつ出来たものだ?」
目を細める魔法使いに、武闘家は記憶を辿るように視線を上へ彷徨わせ、それから「確か」と言い始めた。
「獣妖精が来てから……、だったと思います。来てすぐではないですが、二、三年後、でしょうか」
「それは大層獣くせー場所になってそうだな」
「魔法使い、どういうことだい?」
「ま。全部解決すりゃ、その場所も綺麗になるだろーよ」
魔法使いはそれ以上言うつもりはないのか、ホールの更に奥にあるであろう広間へ歩いていく。勇者と武闘家は、お互いの顔を不思議そうに見つめながらも、置いていかれまいとついていく。
それにしても、人、いや獣一人いない。
というか、とても静かだ。
外の騒ぎを聞きつけて出ていったにしては不自然だし、そもそも全員が出ていくなんて有り得るのだろうか。
先頭の魔法使いも、いつもと違って、張り詰めた顔をしている。僕も感じている。なんだか気味の悪い、背筋がゾクゾクするような気持ち悪さを。
「ここが広間か?」
「はい。家で一番広いのはここなので、街の全員は無理でも、大多数がここに入るかと」
「……開けるぞ」
ゆっくりと扉を開いて、魔法使いが中を伺いながら入る。月明かりが入るその広間の奥。
椅子に腰かけている、嫌な、見覚えのある奴が見えて、すぐさま魔法使いが杖を構え、勇者も剣を抜いた。
「ようこそいらっしゃいました、勇者様御一行。いんやぁ、俺っち待ちくたびれちゃってさ。何?暇潰しってやつ?犬ども虐めてたんだけどさ、キャンキャンキャンキャン鳴くだけで、噛みつこうともしなくてさぁ。いいとこに来てくれて、俺っち感激!」
椅子に座ったままで、奴は、吸血鬼は嬉しそうにその頬を綻ばせた。
「てめーが黒幕か?」
「黒、幕?アヒャ、そんなセンスの欠片もねぇ単語で片付けんじゃねぇよ。俺っちは、自分の愉しみの為にやってるだけだぁ。そこには表も裏もねぇ、だから黒幕なんてもんもねぇ」
相変わらず意味のわからないことを言った後、吸血鬼は「あぁ、でもな」と立ち上がった。
「俺っちも、おめぇらの言う“黒幕”とやらに用があって来たんだよぉ。ほらな?俺っち黒幕じゃねぇだろ?」
とぼけたように両手を上げてみせ、それから吸血鬼はにやりと笑った。月明かりのせいか、前見た時よりも、さらに薄気味悪く見える。
と、部屋の隅から何かうめき声が聞こえて、僕たちはそっちに目を向けた。
「……お父様!?」
両手両足を縛られて、芋虫みたいになっている中年がモゾモゾと動いている。口は布で強固に塞がれていて、うめき声以外あれじゃ出せないだろう。
その隣には、老齢のじじいも同じように転がっている。その目には、恐怖の色が滲んでいた。
「あぁ、これお父様なわけだ?いやさぁ、俺っちね、黒幕を探しに来たわけじゃん?でもいねぇの、尻尾巻いて逃げちまってさぁ。だから優しく優しく聞いてんだけど、なぁんにも答えてくれねぇわけ。だから」
吸血鬼がじじいの頭を片手で掴んで、そのまま持ち上げた。中年(男爵になるのかな)が必死で叫びみたいな声を上げる。
「言うまで、こうして遊んでるわけ」
魔法使いが「見るな!」と武闘家を背に庇った。
じじいが声を上げる間もなく、その身体は灰になって姿形も残らずに消えていった。男爵が悔しそうな、悲痛なうめき声を上げるのを見て、こんなに広い家が、こんなにも静かな理由が嫌でもわかった。
「吸血鬼……!僕はお前を許さないぞ!」
勇者の覇気に圧倒されて、僕は無意識に武闘家の頭に飛び移る。
「許さない?なんでなんで?俺っちは聞いてただけなのに、答えてくれなかったお父様が悪いんじゃん。言われただろぉ?人の質問には、ちゃあんと答えましょうってなぁ」
声高々に笑う吸血鬼に、勇者が剣を構えて地面を蹴った。でもそれを吸血鬼はひらりとかわしてみせ、それから鞭を勇者に向かってしならせた!
生き物みたいに動くそれは、勇者を狙って飛びかかっていく!けれど勇者はそれを難なく切り捨てた!さらに剣を払って鞭を持つ手を容赦なく切った!
その隙を逃さずに、懐へ魔法使いが飛び込んで、杖で頭をぶん殴る!
その衝撃で、吸血鬼の首はあらぬ方向へ曲がった。流石魔法使い、てか少しは躊躇えばいいのにと思わんでもない。
「っと。勇者、無事か?」
「魔法使い、ありがとう!」
これにて円満解決!かと思いきや、
「あぁぁ、いてぇ、いてぇなぁ。あれれぇ?腕が再生しねぇぞぉ?ま、いっかぁ」
声が聞こえて、そっちを見る。
息も張り詰めるような緊張が漂う中、そいつは曲がった首をゴキリと嫌な音を立てて、元の位置へと戻した。
「おいおい、最近の魔法使いってのはぁ、脳味噌筋肉人間にでもなっちまったのかぁ?」
「てめーこそ、魔法使いの定義をよく知らねーよーだから教えてやるよ。この老害が」
二人はお互いに挑発しあう。
確かに魔法使いが“魔法使い”なのか、と問われると自信はない。けれども、あいつ自身が前に言った言葉をそのまま言うのであれば、あいつは確かに、僕たちの魔法使いであることに間違いはない。
「まずはぁ!その気に入らねぇ脳味噌から啜ってやるよぉ!」
吸血鬼が残った手の爪を伸ばしてきた!
魔法使いは身軽な動きでそれをかわして、姿勢を低くすると、一気に距離を詰める。そのまま懐から短剣を取り出すと、それで吸血鬼の首を胴から切り離した!そのまま空中で姿勢を整えながら、
「勇者!エル公!魔法だ!」
二人が剣とスティックを構える。
「エルちゃん、僕と一緒に!」
「はいなのです~!」
それぞれの武器が緑に染まる。
「雪解風!」
風の最上位魔法だ!
吸血鬼の胴体の上下に風が発生し、それはお互いの回転を利用して身体をねじ切っていく。粉々になっていく肉片に、武闘家が口を押さえるけれど、叫ぶことはしなかった。
「二人ともナイスだな!」
華麗に着地を決めて、短剣をしまった魔法使いが親指を立ててにやりと笑った。
「ありがとう、魔法使い」
「いーってことよ」
肩車されたエルが「う~ん」と首を傾げている。
「魔法使いは、魔法使いではなかったのです~?」
その問いは尤もで、むしろなんで今聞くのかと突っ込みたくなった。ほら見ろ、魔法使いも苦笑いしてるじゃないか。
そんな二人を見て、勇者が剣を仕舞ってからふわりと笑う。
「魔法使いは、勝利の魔法をかけてくれる、僕たちの魔法使いなんだよ」
「そ~だったのですか~。流石魔法使いなのです~」
それでいいんかい!
けれど、ま、その魔法のおかげで僕たちは勝てたわけだし、今日ばかりは感謝してもいいかもしれない。
和んだ空気の中、僧侶が何かに気づいた。
「……!皆!椅子よ!」
全員が吸血鬼の座っていた椅子に視線をやった。
肉片がウニョウニョと集まっていって、それは次第に人の形を成していく。
「は……?嘘、だろ……」
倒したと思った吸血鬼が、その姿を取り戻すまで、そう時間はかからなかった。
「いてぇなぁ。どした、そんな鳩が豆鉄砲食らったようなツラして。あぁ、そうかぁ、死神は腹空かしてるから再生能力が著しく落ちてるんだったかぁ?」
吸血鬼は「残念でしたっ」とお茶目にウインクしてみせた。
「あいつと違って飯を食ってる俺っちはなぁ、あいつよりもつえぇんだよ」
強い。というより、こんなのどうやって倒せばいいんだ?
再び魔法使いが短剣を構える。けれど、吸血鬼は「やめやめ」と伸びをすると、
「今ので力使っちまったからよぉ、後は逃げるのに使わねぇとなぁ。それに、そろそろ居場所がバレちまったようだしなぁ」
「チッ」
魔法使いが短剣を投げる。
吸血鬼はたくさんの蝙蝠に姿を変えると、その短剣をよけて、そして一目散に入口から出ていってしまった。
残されたのは、短剣を拾う魔法使い、男爵を助ける勇者に、エルを降ろす僧侶。
それから。
子供みたいに、泣き続ける武闘家だった。