優しさと愛しさと、固執に縛られる。
大方予想はついてるだろうけど、僕たちは今、“白の国”へ向かっている。“赤の国”から定期的に船が出ていて、今回はその定期船に乗れたのだ。
お金?そんなものは魔王持ちだ。
なんたって、僕たちは多忙な魔王に代わって土妖精の元へ行ったのだから、それくらい払ってもらわないと(って魔法使いが言ってた)。
魔王は「リーパーに怒られる」とかなんとか騒いでたけれど、あの穏やかそうなリーパーが怒ることってあるのかな。あ、吸血鬼に対しては怒ってた!
それから剣士たちは、武器を作ってもらうとかで、まだ“赤の国”に滞在するんだって。良いように鉱石掘りの手伝いをさせられてる気がしたけど、まぁそれは僕に関係ないし。
そんなことより問題なのは――。
「断固、拒否します」
「はー?ケチかよ」
さっきからこれの繰り返しだ。
定期船の客室にて、勇者は土妖精に打ってもらった剣の手入れをしながら、エルは僧侶とごっこ遊びしながら、そして僕はおやつのクッキーをむしゃりながら、このやり取りを眺めている。
「僕からもお願いだよ、駄目かな?」
そう勇者は、爽やかに笑った。
「ゆ、勇者さんのお願いでも聞けません……!第一、なんで魔王さんは私のことを知っていた上であんなことを……」
悔しそうに唇を噛む武闘家の脳内には、きっと船に乗る前の、魔王とのやり取りが思い出されているんだろう。
前に“白の国”で騒ぎを起こした僕たちは、正直入れるかどうかわからなかった。
もしかしたら賞金首になっているかもとビクビクしたけれど、それは魔王が船のチケットを払う時に言った「問題ないよ」で解決したんだ。
「問題ないってどういうことですか?」
「この定期船は、男爵領へ着くものだから。ね、武闘家ちゃん?実家へ帰るのもありだよ?」
そう気さくに笑った魔王の顔は、きっと武闘家から見れば本物の魔王に見えたのだと思う。あれからずっとゴネ続けているのだから。
「武闘家は家が嫌いなのかい?」
「嫌い……。そうかも、しれません。私は所詮“持ち物”でしかなかったから……」
そう俯いた武闘家は、暗くて、いつも魔法使いと口喧嘩をしている奴とは同じに見えなかった。
「ま、それだけ嫌なら家には近寄らなけりゃいーじゃねーか」
「そう、ですね」
武闘家はそれだけ言うと、もう話すつもりはないのか黙ってしまった。魔法使いもいつもの調子が出ないのか、頭を掻きながら部屋を出ていってしまう。
こんな陰気臭い入国になったわけだけど、武闘家が顔をしかめていた理由は、男爵領へ着いた瞬間にわかることになる。
“白の国”は、魔王領と表面上敵対している辺境伯とは別に、なんか他にも偉い人がいて、その内のひとつがここ、男爵領。その異常性は、船から降りた瞬間に伝わってきた。
「……獣くせーな」
そう。街だと言うのに、やけに森の臭いというか、野生臭いというか。まぁ、つまりは魔法使いの言う通り“獣臭い”のだ。
「そうかな?僕にはわかんないや」
勇者が周囲をクンクンと嗅ぐも、何もわからないのか頭を傾げた。エルも僧侶もわからないようで、同じように周囲を見ている。
「男しか見当たらねー」
「……正確には、女性がいないのですよ」
「は?それって」
魔法使いはそれ以上を言えず、周囲からの視線に目を細めた。どう見ても武闘家を見ているのは明らかで、流石の勇者も気づいたのか、武闘家を庇うように立つ。
すると、その辺を歩いていた金髪野郎が、武闘家に気づいたのか僕たちに近寄ってきた。
「帰ったのか、令嬢」
「……お久しぶりです、金狼」
その金髪野郎 (ゴルドだっけ)は、武闘家に冷たい視線を向けて、でもそれからぞくりとするような、嫌な笑みを口元に浮かべたのだ。
いや、それも気になるけど、今“令嬢”って言われてなかったか?
「武闘家はおじょ~さまなのです~?」
「これはこれは、令嬢のお友達ですか?それならば、手厚い歓迎をしなければいけないな」
ゴルドはエルに冷たい笑みを向けた。僧侶がきつくゴルドを見る。
なんだろう、こいつ嫌いだ。
「ゆうちゃ、いや……!」
僕は勇者の頭から肩に移って、首元になるべく擦り寄った。武闘家が勇者の前に出て、懇願するようにその冷たい目を見上げた。
「ゴルド、待ってください。家には帰りますから、ここで騒ぎを起こすことはやめてください」
「令嬢はどこで俺に楯突くことを覚えてきたんだ?あぁ、そちらのお友達が、どうやら悪い影響を与えたようだ」
「ち、ちが」
尚も何か言いかけた武闘家に向けて、ゴルドは大きく手を振り上げた。その手が降ろされる先には、武闘家が。
予想してない展開に、誰もが反応出来ない、はずだった。
バシン!とすごい音がして、魔法使いがその拳を右手で受け止めていた。
「……っ、魔法使いさん!?」
魔法使いが鋭くゴルドを睨みつけている。
「おいてめー、いきなりなんだってんだ」
「お前……、人間の割に悪くない動きだ。どうだ、特別に奴隷として引き取ろう」
「あ?」
魔法使いの額に青筋が浮かぶ。
話を聞いているだけの僕も、怒りでふるふると体が震える。
「大丈夫だよ、フロイ。僕がいるから怖くないよ」
違うよ!
てんで違う解釈をする勇者に、抗議の意味を込めて更に体を押しつけたけれど、これまた効果がない。なんでこいつはこんなに馬鹿なんだ!
そんな僕たちには構わず、ゴルドは武闘家ににやりと笑ってみせた。
「令嬢、おわかりかとは思うが、父君も母君も同意していただろう?それがそちらの意のはずだ」
「帰りますから、もう皆さんを傷つけるのは……」
武闘家が諦めたように肩を落とした時、街の中心から爆発音が聞こえてきた。
何事かと見ると、空まで届きそうな氷の柱が地面から生えていたのだ。
中心から慌てたように駆けてきた奴らが、口々に「深淵の主だ……!」「あっちには戦舞姫もいるぞ!」と叫んでいる。待って、あの氷、もしかしてリーパーの魔法なの?
「ちっ。こんな時に来るとはさては邪魔をしに……!」
ゴルドが苛々した口調で舌打ちし、それから武闘家の手を引っ張って行こうとする。小さく「痛い!」と悲鳴が上がったけれど、ゴルドがそれに構うことはない。
もちろん勇者がそれをさせるわけもなく、武闘家のもう片方の手を反射的に掴んだ。
「武闘家を離せ!」
「お前が離せ。じゃないと」
「おやおや。キャンキャンとよく吠える仔犬がいると思えば、金狼じゃないか。どうしたんだい?飼い主とはぐれたのかい?」
全員が空を見上げた。
リーパー、いや、黒いローブに身を包んで、顔を半分だけ隠す白の仮面をつけた深淵の主が、宙に浮いていた。仮面から見える目は、赤い。
まるで宙に座るようにして、鎌を抱えるその姿は、まさに死神だ。
てかどうやって浮いてんの、あれ。
深淵の主はその口元に静かな微笑を携えて、ゴルドを小馬鹿にするように鼻を鳴らした。
「最近、魔王領近くをうろついている犬がいてね。そこで我が主は、ボクを司令官として四天王をここに遣わせた。他の三人が指揮を取っていたなら、一瞬でこの街は消せると言うのに、だ。この意味がキミにはわかるかい?」
「あぁあぁ、わかるよ。テメェの飼い主がクソッタレってことがな」
武闘家の手を離したゴルドが、大きく息を吸って、空気が震えるほど大きな雄叫びを上げた。その雄叫びに合わせて、ゴルドの耳が長く伸び、目つきは鋭くなって、そしてお尻から尻尾が生えてきた!
ちなみにズボンのお尻辺りには穴が空いた。
「今日こそ、その薄汚い仮面を剥いで、テメェの臓物を啜ってやらぁ!」
「よく吠える仔犬だ。ご主人様に代わってお座りから教えてあげよう」
僕たちの知ってるリーパーとは、似ても似つかない口調だけれど、一瞬、ほんとに一瞬だけちらりと僕たちを見たその目は、よく知る優しいそれだった。
だからだろう。
勇者は武闘家の手を強く握り直すと、
「行こう!」
と浮いているリーパーの下を走り抜けた。僧侶もエルを抱き上げてついてくる。魔法使いも走り抜けて、僕たちは振り返らずにただ走った。