黒服と少女と僕。
ある街にて、装備を整えようってことで、僕たちは色んな店を見て回っていた。
武器屋にしても、お高いものを扱っているところとか、防具屋にしても、見た目重視のものとか、あとは装飾品とか。まぁ、僕はそんなの無くても強いから、あまり重要ではないんだけどね。
「勇者さん、あっちの防具屋さんに行ってみませんか?」
「ん?そうだね。色々見て回りたいし、問題ないよ」
「はー?お前また服かよ!いい加減に飯にしよーぜ」
武闘家の要望よりも、魔法使いはご飯のほうが大事らしい。でも今だけは僕もそれに同感だ。
だって、これで何件目だと思う?祝☆二桁だよ?前に魔法使いが「女は買い物なげーんだよ」とボヤいていたのを思い出して、確かにそうだなと実感する。
「いいですか、魔法使いさん!防具は皆さんの命を守る、大事なものなんです!武器と防具がないと、戦えないんですよ!」
盛大なブーメランだと思う。
「そうだな、お前は戦えないしな!なんの為の拳だっての」
「そ、それを言ったら貴方も魔法使えないじゃないですか!」
ここまで一緒に旅してきて、僕でさえ気づいていたことを、今さら何言ってるんだろうか。
二人はお互いを睨みつけたまま、一ミリたりとも動こうとしない。これが一食触発ってやつだな、勉強になる。
勇者もどうしたものかと、二人の間に入って「まぁまぁ」と言っているけど、張り詰めた空気は緩まない。パーティ解散の危機かもしれない。僕としては、勇者が一人になるなら願ってもないことだし、このまま放っておこう。
「……」
いつも通り黙って見ていた僧侶が、なぜか懐から薬草を六枚出して、それを三枚ずつ魔法使いと武闘家に手渡した。意味がわからないのは僕だけだったようで、勇者はそれを見て笑顔になって、魔法使いと武闘家も堪えきれずに笑い出した。
「な、なんだよ僧侶っ。こんなんで、腹、膨れるわけねーだろっ」
「本当ですよ、もうっ」
魔法使いは薬草を一枚だけ食べると、
「しゃーねー、ここ見たら飯だかんな」
と防具屋に入っていった。続く武闘家が「ありがとうございます」と同じようにして入っていく。
勇者は僧侶に「助かるよ」と柔らかく笑って、僕を肩に乗せたまま店へ入っていった。
なんというか、その防具屋は、少し独特な防具が置いてある防具屋だった。鎖がじゃらじゃらついてる服とか、ロウソクとか、武器屋でもないのにムチまで置いてある。
魔法使いが武闘家をからかっては、武闘家に平手打ちされている。なんだ、拳で魔法使いくらいは倒せそうじゃないか。
「うーん。これはなんの防具だろう。肌をこんなに見せるような防具じゃ、戦えないだろうに」
「なんだなんだ勇者、知らないのか?これはなー」
「勇者さんに変なこと吹き込まないでください!」
また叩かれてる。ほんと懲りない奴だ。
隅のほうで僧侶がロウソクを何本か見繕って、お会計を済ませているのが見えた。
「じゃ、二人共、ご飯にしようか。僧侶ももういいかい?」
特に買うものもなかった勇者は、未だにふざけている二人に声をかけて、それから紙袋を受け取った僧侶を振り返った。
「あ、そうだお客さん」
店員が話しかけてきた。無口な僧侶に代わって勇者が「はい」とカウンターへと近づいた。
「あんたら、もしかして冒険者さんかい?」
「はい、そうです!」
「じゃ、気をつけたほうがいい。最近、ここいらに死霊を連れ歩く不気味な女が出るって噂があるんだ。なんでもその女、あの死霊の女王に似ているらしい。ま、そんな大物がこの辺に来るかねぇ」
「死霊の女王?」
首を傾げる勇者と僕。旅してきて、そんなの今まで聞いたことなかったけど。
ふざけあっていた二人も近づいてきて、話を聞こうと身を乗り出す。
「知らないんですか?」
武闘家が呆れ気味にため息をついた。
「今から七年前、新魔王を名乗る者が現れたのは知ってますよね?」
「え?そうだったの?」
「待てお前、一体何と戦うつもりだったんだ?」
勇者はいつもと変わらない能天気さで、
「いや、伝説の剣があるってことは、そういうのがいるんだろうなって思って……」
「はぁ……?」
武闘家と魔法使いだけでなく、僧侶ですら小さくため息をついたのがわかった。ちなみに僕も呆れたのは内緒だ。
「こ、こほん。その時に仮面をつけた四人の配下と魔王がいたんです。国を上げて軍を送ったのですが、その圧倒的強さの前に敗走したんですよ。仮面をつけたその姿と力にちなんでそれぞれ異名がつけられました。それが死霊の女王、終わりなき天変地異、戦舞姫、深淵の主です」
「てことは、女が二人いんのかー」
「貴方はまたですか……」
顔がにやつく魔法使いに、武闘家は呆れながらももう何も言わない。これはきっと死んでも直らないんだろうな。
「ねぇちゃん、詳しいな」
そう言って店員は「おまけだ」と二つの輪っかが鎖で繋がったよくわからないものをくれた。鍵穴がついてるから、何か拘束するためのものかな。
ただ言えるのは、魔法使いが嬉しそうだからロクなものじゃないってことだ。
店員に一言二言お礼を言って出たけれど、勇者が誰かにぶつかったせいで僕は華麗に宙を舞ってしまった。
「いやー」
不意に浮くのはとても怖い。勇者の馬鹿!
「フロイ!」
僕はぶつかった反動で、その誰かの頭に華麗に着地を決めた。たまたまじゃない、狙ったんだからな!でも怖かった。
「だ、だれ……?」
恐る恐る下を見ると、サングラスに黒スーツという、どう見てもヤバい見た目のおっさんの頭に僕は乗っていた。
「ゆ、ゆうちゃ……」
どうしよう、このまま僕食べられるかもしれない。
なんとか震える体を叱咤して勇者をちらりと見る。勇者は頭をものすごく下げて謝っていた。
「ごめんなさい!前見てなくて……」
「……坊主」
「は、はい!」
黒服は僕をむんずと掴んで勇者の頭に乗せた。あれ?案外優しい?
ぽかんとする僕と勇者に構わず、黒服は勇者の顔を覗き込んだ。
「お嬢、見てねェか?指輪をジャラジャラつけてる女なんだが……」
「お、お嬢?見てない、と、思います」
詰まりながらなんとか勇者が言うと、黒服は顎に手をやってしばらく考えると、
「ジブンがいるってことは、近くにいるはずなんだがなァ……」
と呟いて、手を上げてどこかに行ってしまった。
見えなくなった後で武闘家が「失礼な人でしたね」とぷりぷり怒っていたけど、魔法使いのお腹の音に急かされて、僕らはご飯を食べに向かった。
とりあえず入ったのは、パンやらパスタやらが食べ放題の“ぶっふぇ”とかいうお洒落なお店だ。お金を払って席に案内されてから、僕らは思い思いの料理を取りに行く。
ちなみに僕は勇者の肩に乗って、勇者が取ってくれたものを一緒に食べる予定。僕の意見も聞いてくれる辺り、なかなか勇者は優しいと思う。
「フロイ、パンはどれがいい?」
「これ!」
「わぁ、美味しそうだね。じゃ、僕もこれにしよう」
カツン。
トングを使って選んだパンを掴もうとしたけれど、同じタイミングでトングを伸ばしてきた女の子と当たってしまった。腰まである黒髪で攻撃されたら痛そうだな……。
「あっと、ごめんね」
勇者は柔らかく笑って謝った。
けれどもその女の子は、どぎつい化粧をした目で勇者をキッと睨んできた。目だけ強調されててある意味怖い。
「アンタもこれ欲しいの?」
「あ、う、うん。まぁ」
「そう。じゃ、あげない」
何この目だけ女。性格悪すぎ。
目だけ女は鼻歌混じりにパンを颯爽と掴んでいくと、勝ち誇った笑いを僕らに向けて、自分の席へと戻っていった。
「……よかった」
勇者は安心したように笑って、違うパンを掴んだ。
「フロイの分はあるからね。僕はこっちにするよ」
いくつかパンを選んで席に着いた。
先に座って食べていた魔法使いが「どした?」と口に物を入れたまま聞いてきた。相変わらず行儀が悪い。
勇者は「なんでもないよ」と笑って、僕が選んだパンを食べやすいように千切ってくれた。
僕はそれをもぐもぐしながら、なんかモヤモヤしていた。美味しいはずのパンがちっとも美味しくなかったのは、きっと魔法使いが行儀悪いからだ。
そうに、違いないんだ。