ある魔王の憂鬱 五
それは、ある日のことだ。
会議室に行くと、先に来ていたらしい舞踏家と僧侶がいた。珍しいと言えば、まぁ珍しい組み合わせだ。
「ちょっと、おにぃも考えてよ!」
椅子に座る舞踏家の後ろから、もたれかかるようにして僧侶が抱きついている。それに適当に返しながら、舞踏家が読んでいる本は“観光地特集”だ。
どうせ次のデートプランでも練っているのだろうか。
「あぁ、うぜぇ。裸で添い寝でもしてろ」
「もうやったわよ!」
「え、待って君たち。なんの話をしてるの」
口に飲み物含んでたら絶対吹いてた自信がある。
興味が湧いたらしい舞踏家が、読んでいた本から視線を上げた。
「ほう?で、反応は?」
「“いくら黃の国があったかいからって、そんな格好は風邪引くよ”って言われた」
「くっ……くくっ、あいつ男やめてんなぁ」
なんとなく話は読めたけど、まず第一に、二人が話している彼は、性別の概念がもうないに等しいと言っていたことを思い出す。彼自身が言っていたけれど、あの身体になってから、人としての機能はほとんど無くしたそうだ。
「二人とも、珍しく一緒だと思ったら……。あまりリーパーをとやかく言うのはやめなよ」
「童貞は黙ってろ」
「そうよ、万年ぼっち」
「自分涙いいっすか」
そう泣き真似をしてみるも、この意地悪コンビが気にしてくれる様子は全くない。
俺は肩を落としながら、とぼとぼと席へ着いた。黙ってろって言われたし、もう静かに書類に目でも通してよっかなぁ……。
けれど、耳に入ってきた舞踏家の言葉に、俺はやっぱり声を荒げることになった。
「めんどくせぇ、もうチビのほうから食っちまえば……」
「やめろぉぉおおお!我が妹は純粋培養育ちなんです!てめぇのような雑食と一緒にすんじゃぬぇえええ!」
「あ?童貞は黙ってろって言ったよな?」
舞踏家がギロリと睨んできたけど、俺だってここで引くわけにはいかないと睨みつける。
「ま、まずさぁ、お互いの気持ちが、大切だと俺は、思うんですっ。気持ちをですね、確かめ合ってからですね!」
「確かめ合う行為がそれなら何も問題ねぇだろ、童貞」
「違いますぅ、守ってるだけですぅ。童貞も守れない奴に何が守れるって言うんですかぁ」
まぁ、正直自分で言ってて悲しい。脱童貞どころか、そもそもとして彼女いたことすらないのに!
「もう!ゆうにぃは黙っててよ!おにぃのほうが、そういうアドバイスは的確なんだから!」
「そういうこった。わかったら大人しくしてな?童」
「童貞言うな!」
念押しだけして、俺は悲しくもまた書類とにらめっこを始めた。
それなら何も会議室で話し合う必要すらないし、二人で魔王領内にあるカフェにでも行ってくればいいのだ。まぁ、会話が会話だけに、オープンに話せる内容ではないのだけど。
「あれかなぁ、谷間とか強調すれば見てくれるかなぁ」
「谷間ねぇ……」
聞こえてくる会話を無視して、俺は二枚目を手に取った。
そういえば、なんでリーパーがいないんだ?いつも引っつき虫かと言いたいくらい一緒にいるのに。
「な、なぁ、リーパーはなんでいない……って、何やってんの!?」
会話に入るのが申し訳ないと思いながらも、視線を二人に向けると、僧侶が舞踏家に跨がるようにして椅子に座っていた。
「待ってほんとにどういう状況なのこれ?」
「谷間見てもらってる。こうしないと本ばっか見てるんだもん」
「流石に邪魔だ、早くどけチビ」
「やーだー!見てよー!」
「あぁったく、ガキには興味ねぇんだよ!」
どけようと僧侶の体を押すが、僧侶がそれを必死で抵抗したせいか、二人はバランスを崩してそのまま椅子から転げ落ちていく。
しっかり自分が下敷きになる辺り、舞踏家も優しいのだけれど。
「ゆうくん、こんにちは。そうちゃん、来て、ない?」
あぁ、タイミングってどうしてこうも悪いのかな。
俺が特に何か言う間もなく、冷たい微笑を浮かべたリーパーが二人を見る。いや、舞踏家のほうを見てるな、これは。
「……卑猥奴。いつまで、そうちゃんにくっついてる、の」
リーパーは舞踏家に対して冷たい。まぁ、これも昔からだ。
「リッくん!あのね、今おにぃに谷間見てもらってたの!」
「おいチビ、変なこと言うんじゃねぇ」
あぁ、せっかくこの間壊れた壁を直したばっかりなのになぁ。嫌な予感がするなぁ。
案の定赤目になったリーパーを見て、俺は内心ため息をついた。
「ふぅん……、やっぱりキミは会った日に消しとくべきだったかな。深き孤空、切り裂く光明。我が声に応え、腕に宿れ、可視光線」
リーパーが魔法を唱え、右手を薙ぎ払う。
舞踏家は慌てて起き上がる。今まで舞踏家の頭があった場所に、一筋の亀裂が入っていた。
あ、本気だわ、これ。
「もやし、てめぇ……!」
「動きだけは早くて困るよ。まるで虫ケラみたいで吐き気がする」
舌打ちをした舞踏家が、その手に扇を出現させた。確かにリーパーには舞いは効かないから、やるならこれしかないわけだけど。
「……二人とも、あのさ」
「雪月」
止めようとしたけれど、舞踏家が扇を華麗に振るい、辺りに雪の結晶が舞い始める。あぁ、綺麗ですね、そして寒い。
「業火」
リーパーが火の魔法を使う。床から火柱が上がり、今度は暑くなってくる。
温暖差激しいと風邪引いちゃうなぁ……。
「っくしゅ」
「あぁ、大丈夫?」
俺は着ていた上着を僧侶にかけてやる。
そろそろ止めるかと剣を抜きながら、あぁ今度の修繕費はいくらかなぁと考えていた。