煮えたぎる山。
勇者の言葉を借りるなら、ここは“幻想的”な場所だ。
どうやってるのか知らないけれど、家も道も全てが浮いているし、空高く見えるお日様の光だってちゃんと本物だ。
ちなみにあの屋根に乗ってるのは“かわら”っていうらしい。“青の国”で見たレンガとはまた違うんだって。
「ここが宿か?」
「そうだよ。すごく立派だよねぇ」
勇者に習って魔法使いも見上げた。
建物がたくさんくっついているような宿屋だ。どう見てもバランスが悪そうなのに、全く揺れることなく建っている。
「ふっふっふ、これが我らの技術力よ。貴様らとは出来が違うのだよ、でーきーが!」
ここまで案内してくれたクライルが、自慢気に自分の頭をトントンとつついた。
「そっか、クライルは凄いんだね!」
「う……、こいつ、眩しいっ」
勇者は眩しいくらいの笑顔をクライルに見せた。気まずそうにクライルは視線を漂わせるけれど、勇者は特に気づいていない。
「土偶、案内はもういいぞ。帰れ」
「なんでだよ!まだ一緒にいたいだろ?なぁ、いたいって言えよ、なぁ!なぁなぁなぁ!」
「うるせー!エル公が起きちまうだろ!」
いや、一番煩いのはお前だよ……。
もちろんエルが起きる様子はなくて、すやすやと健やかな寝息を立てている。
クライルが気を使ったのか、少し声を小さくして、ついでに背中も少し丸くして「我は……」と話を切り出した。
「我は、知りたいのだ」
「は?」
キレ気味に返した魔法使いを見て、クライルが慌てたように顔の前で手を交差した。
「待て待て待て!貴様らは、この国の成り立ちは知っているか?」
もちろん僕は知らない。
勇者も魔法使いだって。唯一知ってそうなエルは爆睡中だ。こんな時は武闘家が説明してくれたから、いなくなると結構困るものだ。
何も答えない僕たちを見て、クライルは「あー」と頭をガシガシと掻いてから、
「宿に入るんだろ?部屋でゆっくり話そうぜ、そう、ゆっくりとな」
にやりと笑ったクライルは、我が物顔で宿に入っていく。
「……は?土偶も泊まんのか」
嫌そうに顔をしかめる魔法使いを宥めて、僕たちも宿屋に入っていくしかなかった。
「……つまり、炎火竜がこの国を支配していたんだけど、それを封印したと。その封印が解けそうで、その強化にあの鉱石が必要なわけだね」
端的にまとめてくれた勇者に感謝だ。
ちなみにこれだけで終わる話を、クライルはよくわからん武勇伝や、身振り手振り交えてたっぷり話してくれた。
「で?オレらに話したからには、なんかあんだろ」
「物わかりがよくていい!貴様、ただの脳筋じゃないようだ、な……あ、なんでもないです」
杖で頭をコンコンと軽くつつかれて、クライルは体を震わせた後、力強く首を左右に振った。すっかり魔法使いにビビっている。
ちなみに今日は全員同じ部屋を取ってある。エルは魔法使いが入って早々にベットに放り投げた。それでも起きないのだから、ある意味大したものだと思う。
「その封印を強化する手伝いをすればいいのかな?」
勇者は呑気に紅茶を啜りながら、クライルに首を傾げてみせた。
「いや。貴様らに頼みたいのは、我をその炎火竜に会わせてほしいのだ」
「おい土偶、頭ん中まで土が詰まってんのか」
「失礼な奴だな、貴様……。我は炎火竜に聞きたいことがある。そのためにわざわざ封印の鍵も壊したのだぞ?」
……こいつ、今なんて言った?
僕だけでなく魔法使いも固まる中、勇者が「つまり」と苦笑いをする。
「クライルは、炎火竜に会いたくて封印を解いたってこと、かな」
「解いたとは失礼だな。まだ完全には解けていないぞ?解けたら炎火竜が暴れてしまうだろう?」
魔法使いが大きくため息をついて、それからクライルの首根っこを掴むと、窓まで引きずっていく。
「ほー、そーかそーか。お帰りはこちらでーす」
「いや待ってくださいお願いします!せめて扉にして!」
「うるせー。おめーの責任じゃねーか」
「確かに予想よりすごい勢いで解けだしちゃったけど!だからせめてものお詫びで鉱石探してたんじゃん!」
やんややんやと騒ぐ二人。
勇者は少し考えて、紅茶を全部飲んでから、
「ねぇ、クライル。君はなんで炎火竜に会いたいんだい?封印を解くのは危ないことってわかっていたはずだ。それをおしてまで解いたのだから、何か重要なことなんだろう?」
半分体を外に出されたまま、クライルは魔法使いの腕にしがみつく力を弱めずに、勇者のほうをちらりと見て言い始めた。
「いや……。知りたいじゃないか。我らの祖は、何故炎火竜が住むこの地に町を作ったのか。錬金術とは一体なんなのか。今ではほとんど残っていない未知を知りたいと思うのは、それほど非難されることか?炎火竜ならば知っていると、我は考えている」
話を聞いた魔法使いは、尚更呆れたように顔をしかめた。
「おめー、そんな理由で」
「うん。じゃ、会いに行こうよ」
「……は?」
勇者の答えが意外だったのか(もちろん僕も意外だ)、魔法使いはクライルから手を離してこっちに来た。ちなみにクライルは、その勢いのまま窓から落ちてった。「ああぁぁぁぁ」と言う悲鳴と物凄い音が聞こえたけど、とりあえず無視だ。
「勇者、おめー何考えてんだ」
「僕たちはさ、世界を知るためにまたこうして旅してるわけだろ?今まで色んな“人”に会ってきたし、今回だってまた違った“人”に会える機会だよ」
「人、ねー」
魔法使いは息をひとつ吐いて、それから両手を「参った参った」と顔の横まで上げた。
「仕方ねーな。勇者が決めたんなら、行くしかねー」
苦笑いしてるけれど、魔法使いが本当に嫌とは思ってないことはよくわかる。だから勇者も爽やかに笑って、
「よろしく頼むよ、魔法使い」
と手を差し出した。それを握り返して、魔法使いはいつものように、面倒くさそうに、でも少し笑いながら、
「へいへい」
といつもの返事を返したのだった。
「全く。貴公らだけで行かせるはずがなかろう」
入口から聞こえた声に、勇者がビクリと肩を震わせて、魔法使いは諦めたようにため息を零した。
そこにいたのは、クライルを肩に担いだ戦士だ。
「貴公らに何かあれば、魔法剣士殿から嫌味を言われるのは目に見えておるのでな。俺も一緒に行かせてもらおう」
「止めねーのかよ」
「魔法剣士殿は止めはせぬだろう。冒険とは、未知なるものへの知的探究心であり、またそれを止めることなど、何者にも出来はしないと言っているほどだからな。だからといって、怪我をしていいわけではないが」
戦士は豪快に笑う。
担がれたクライルが「離せ!離せよ!」とバタついているけれど、まぁ力の差がありすぎて、自力でどうにかは出来ないだろう。
とにかく、だ。
僕は小さく欠伸をした。エルじゃないけど、砂だらけの道を歩いて、更には食人箱とも戦ったんだ。眠いのは仕方がない。
「ゆうちゃ、ねむ……」
「色んなことがあったからね。今日は休もうか」
「ねむ、ねむ……」
エルの横にふんわりと置かれた僕は、そのまま段々眠く、なってーー。




