秘められた錬金技術とは。
覚えてるだろうか。
“青の国”の魔女が、その昔“灰の国”にいたとされる錬金術士についてうんたら言っていたのを。
錬金術士たちは、別にああいった非人道的なことを行っていたわけではなく、むしろ生活の役に立つような道具を作っていたらしい。
微かに残っていたり、発見された資料を元に作ったのが、魔法船だったり、地下電車だったりするわけだ。あれが出来るまでは、国を移動するのは大変だったんだって。
「……へー」
大して興味なさげに相槌を打って、魔法使いは退屈だとばかりに欠伸をした。
食人箱地帯を抜けて、僕たちはクライルの案内で土妖精の里へ向かっている。道中、クライルが意気揚々と話していたのが、冒頭のあれだ。
「つ、ま、り、だ。貴様たちの生活は、我ら土妖精あればこそなんだから、あの、ね?感謝しましょうよ」
「へー」
「冷たい!」
なんだろ、こいつ一人いるだけで賑やかすぎて、むしろちょっと煩い。エルだけが、背中におぶられたまま気持ちよさそうに寝ている。
「で?あとどんくらいだ?」
「もう少しですぜ、だから我慢してください。乗り心地悪い乗りモンで、いやぁ、ほんとに申し訳ない!」
「人形使い、土偶降ろすか?」
「降ろしたら道わからないから、とりあえずは置いといてよ」
人形使いは、ジェシカの髪を片手で綺麗に纏めながら言った。もう片手は指を立てたままだ。手先が器用なのか、花飾りまでしっかり付けてあげている。
「だ、そーだ。あんまりなこと言ってっと、どつくからな?」
「しゅいましぇん」
本当に悪いとは思ってなさそうだけれど、とりあえずはそれ以上言うことなく、そうして進み続けた僕たちはでっかい扉の前に出た。
鉱石人形の十倍くらいありそうなそれには、コップ?ツボ?みたいな絵と、それを縛るように変な葉っぱが描かれている。
「なんだこりゃ」
「……」
変なものを見るような魔法使い。
逆に人形使いは、その扉を穴が空くほどじっと見つめている。
クライルが上目遣いをして、魔法使いの服の袖をくいっくいっと引っ張った。
「今開けるから、降ろして」
「自分で降りろ」
「あぎゃ!」
今度こそ頭をどつかれたクライルは、効果音でもつきそうな勢いで地面に頭を打って着地を決めた。
「ブツブツ……、あいつ当たりきつくない?ブツブツ……」
まぁ、元から魔法使いは男に当たりがきついし。そうじゃなくても、クライルの行為を顧みれば、魔法使いじゃなくてもきつくもなる。
「じゃ、開けるぞ!奈落より滴る邂逅の王、声に耳を澄ませ!汝が主を受け入れよ!いざ、解門!」
なんかかっこいいような、かっこよくないような、そんな単語をこれでもかと並べて、クライルは最後に扉へと触れた。
「……ぜってー今のいらねーだろ」
それは僕も思った。とりあえず、扉はクライルに反応して開いたし、まぁ別にいいんじゃないかな。
扉の先。
スーツを着こなした土妖精が左右にずらりと並び、一斉に「いらっしゃいませ」と頭を下げてきた。今まで見たことがない建物ばかりで、そのどれもが、四角い箱に三角の屋根が乗っている(後で詳しく聞いてみよう)。
大きな湖の上に作られた町。
そう。これが、土妖精の里と呼ばれる場所だった。
「おい土偶。ここは地下じゃなかったのか?」
エルを背負ったまま降りてきた魔法使いに、クライルがにやぁと嫌味な笑顔を見せた。質問してきたのが相当嬉しいようだ。
「地下、とは違うんだなぁこれが。ここは貴様らが火山と呼んでる山の中さ。あの山の中にはこの地底湖があって、偉大なる祖がこうして町を作ったのだ」
「なんでおめーが威張ってんだ……」
魔法使いは呆れたようにため息をついた。
そんな僕たちに、一番偉そうな土妖精が歩み寄ってきて、深く頭を下げる。
「ようこそ、いらっしゃいました。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「用件っつーか……。なー、勇者が来てるはずなんだが見てねーか?」
「勇者様、でございますか?」
偉そうな土妖精は少し考えて、それから「あぁ」と微笑んだ。
「もしや戦士様とご一緒に来られたお客人ですかな?それでしたら、あちらに」
そう言って示してくれた先で、土妖精の手伝いでもしているのか、重そうな荷箱を持つ勇者の姿が。隣を歩く戦士は、勇者が持っている六倍運んでいる。
「よー。無事だったか」
「魔法使い!そっちこそ無事でよかったよ!」
勇者は「ちょっと待ってて」と僕たちに告げて、荷箱を建物へと運んでからやって来た。
「ゆうちゃ!」
勇者が死んでなかったことに安心して、僕は勇者の頭に飛び乗ると何回か跳ねてやる。
「フロイ、もう、ほら大丈夫だから」
「はなれる!だめ!」
「もう、フロイ……」
勇者は嬉しそうにふにゃりと笑って、それから「ごめんね」と謝ってきた。
僕の知らないとこで死なれたら迷惑だからな。
これからは離れるなよ、この能天気勇者め。
どうやら僕たち以外は全員揃っていたようで、勇者が「おぉい」と手を振った先に、狩人と話している剣士がいる。
剣士は僕たちに気づいたようで、ゆる子を見てパッと笑った後、鉱石人形を見て明らかに顔をしかめた。
「あ、しまった……」
人形使いがほっぺを掻く。
あれ、そういえば怒られるとか言っていたような?
「観念したらぁ?もう誤魔化せないんだしぃ」
「そう、だね。それが良さそうだ」
剣士は大股でズンズンと鉱石人形に歩いていって、その足を思いっきり蹴った。もちろん痛がったのは剣士のほうだ。
「おい、役立たず。なんで喚んでやがんだ」
「それは、まぁ、理由があって?」
「うるせぇ!早く戻しやがれ!」
煩いくらいに騒ぐ剣士に、人形使いは苦笑いをひとつして、ずっと立てていた指をおろした。
すると鉱石人形は元の鉱石の形に戻った。周囲にいた土妖精たちから「鉱石だ!」と歓声が上がると同時に「……賢者、だと?」と囁く声も聞こえる。
「チッ。おい、とりあえず今日はもう休むぞ。宿なら取った、早く行くぞ。僧侶ちゃぁああん、無事?」
剣士は、鉱石に座ったままのゆる子の手を取って立ち上がらせた。遅れてやって来た狩人が「姉さんも、無事……?」と寝ているエルをちらりと見る。
そんな会話をしている僕たちを押しのけて、クライルがあの偉そうな土妖精の前に飛び出して来た。
「偉い土妖精様、鉱石!この鉱石、我、いや私が取ってきたんですよ!見て見て!ほら!」
クライルが言っているのは、もちろん僕たちが“乗ってきた”鉱石のことだ。まぁ、クライルはあれを取りに行ってたみたいだし、乗ってきたことに変わりはないんだけど。
「黙れ、塵。どう見てもこちらの方々が運んで下さったではないか」
「いや、でも私もですね、食人箱にこう、立ち向かってですね」
まだ喚き散らすクライルをほっといて、偉そうな土妖精(グロウスと呼ぼう)は、手元に何かしらの道具を手にすると、それに何かを打ち始めた。
「賢者様、いえ人形使い様。どうでしょう、こちらの鉱石をこの値で買い取りたいのですが……」
「えぇ!?いやこれは流石に、ちょっと高すぎでは……」
渋る人形使いを見かねて、剣士が「いくらだ」とグロウスの手元を覗き込んだ。
「よし、買ってくれ」
即決で言い切ったぞ、こいつ。一体いくらだったんだろう。グロウスは「かしこまりました」と頭を下げてから、土妖精たちに鉱石を運ぶよう指示を出した。
「さ、宿に向かうぞ。僧侶ちゃん疲れたでしょお?こんな役立たずと一緒にさせてごめんねぇぇええ」
相変わらずゆる子にベタベタな剣士は、スキップでもしそうな勢いで奥へと歩いていく。
余りにも気迫がすごくて、土妖精たちが道を開けたくらいだ。
「剣士、怒ってたね。そんなに人形使いが魔法を使うのが心配なのかな?」
「さてな。おいエル公、いー加減起きろ、落とすぞ」
魔法使いはエルを揺する。
「むにゃ……、すぴ~」
「おい……ったく」
諦めたように揺するのをやめて、魔法使いは深くため息をついた。勇者は可笑しそうに笑って、
「魔法使いの背中が、きっとあったかいんだね。百五十才って言っても、まだまだ子供なんだよ。僕らも宿に行こうか、お腹空いてるだろう?」
「あー全くだ。早く子守から解放されてー」
そう言うなら、宣言通りに落とせばいいのに、なんで魔法使いはやらないんだろう。
あれ?そういえば、いつも僕に「食うぞ」って脅すわりに、食べられたこともないし……。
なんだかよくわからん奴だな、本当に。