土妖精。
正座させられているこいつ、そう、あのずんぐり野郎だ。これが土妖精らしく、追いついてきた人形使いが呆れ顔で説明してくれた。
「ほー。土妖精はこんな変人ばっかなのか?」
「そういうわけじゃないと思うんだけど……」
懐に抱えたジェシカの頭を撫でながら、人形使いは首を傾げる。ちなみに体力は元に戻ったらしい。
土妖精は少し縮こまっているあたり、さっきのことは悪いと思ってはいるらしい。まぁ、当のゆる僧侶(魔法使いに習ってゆる子と呼ぼう)は、余り気にしてないみたいで、毛先をくるくると弄んでいる。
「き、貴様ら、我にこんな真似をしてただでは」
「おめーみてーな奴に、何が出来んだよ」
「ひ、ひぃっ。ぼ、暴力は反対だぞ!わ、我らのバックには貴様らの機関よりも強大な組織が蠢いていてだな」
なんだ、早口でよく聞き取れなかった。
「わかんない!」
「エルちゃんもわからないのです~!ど~して、魔法力がこもった鉱石を取っていたのです~?」
エルの言葉に、土妖精はつーんと横を向いてしまった。余りの態度の悪さに、いつもは呑気なエルが不機嫌になるくらいだ。
「ど~して」
「輝きの土妖精」
「……は?」
魔法使いだけじゃない。
僕も、人形使いも、同じ単語を口にしていた。誰もが聞き返せない空気の中、深く息を吸った人形使いが「なん、だって……?」と苦笑い気味に聞いた。
「我の名だ、かっこいいだろ?ちなみに今考えた」
「……」
魔法使いが無言で杖を握りしめる。いきなり叩かないだけ、今日は幾分か優しい。
「二つ名って強そうだろ?ほら、かの魔王軍だって名乗ってるし?」
鼻ほじしながらそう言って、土妖精(なんだっけ、クライルとか言ってた)は指先についた鼻クソをフッと吹いた。エルが「嫌なのです~」とすぐに離れる。
知ってるとは思うけれど、魔王軍の奴らは自分で二つ名を名乗っているわけじゃない。周囲が呼び始めただけで、実際、お嬢に関して言えば相当呼び名を嫌っていた。
「……わかったよ、クライル」
「わかればいいのだ」
「それで、クライルはなぜ鉱石を取りに?」
「土妖精が鉱石を取らずして何が土妖精か。貴様もしや……、その目は飾りで本体はその人形だな!?」
「うん、違うよ?そっちの目が飾りかな?」
人形使いは口元をヒクヒクさせながら、それでもなんとか冷静に話をしようとしている。ゆる子は興味がないのか、僕たちが来たほうをボケっと見ているだけだ。
「まぁ、貴様の本体がどっちであろうと我の任務は変わらん。本当ならば、総督が手配した仲間が来るはずだったのだが……。どうやら機関によって妨害を受けているようだ」
「仲間?もしかして剣士くんたちのことかな?」
ぽつりと零れたそれに、魔法使いが顔をしかめる。
「勇者のことかもしんねー。一緒にいるならそれでいーんだが……。おい土偶、機関の妨害ってなんだ?」
「土偶じゃなくて……、はい、土偶です」
クライルは、杖で頭を軽く二回叩かれたからか大人しく土偶を肯定して、それから少し言いにくそうにもじもじしだした。
「いや、その、ですね。貴方様がたのお連れ様のことはよくわからないのですが、わたくしめが妨害を受けておりましてね」
「それってぇ、もしかして食人箱ぅ?」
「えぇえぇ、そうですとも!奴ら最近冒険者が来ないからってなもんで、こうやって鉱石を掘りに来る奴を片っ端から狙ってやがるんですよ!」
頭の杖を跳ね除ける勢いでクライルは立ち上がって、それからゆる子が見ている先を指差した。
「げ」
さっきは一匹しかいなかった食人箱が、ゾロゾロとこっちに向かって歩いてくる。一匹でも二人がかりだったのに、十匹以上いるこの状態をどうするんだよ!
「これはなかなか……」
「流石にやべーだろ……。逃げるぞ」
魔法使いは僕を頭に乗せ直して、それからエルをおぶった。クライルにも「てめーもだよ」と言うけれど、クライルは首を横に力強く振った。
「我は任務があるのだ!土偶と呼ばれようと、妨害を受けようと、完遂してみせねばならんのだ!」
「また連れて来てやるよ!早くしろ!」
それでも引き下がらないクライルを見兼ねたのか、人形使いがため息をついて、それから「任せなよ」と近くの鉱石に触れた。
「ちょっとぉ、人形使い!」
「剣士くんには黙っててね。バレると怖いからさ」
人形使いは、口元に人差し指を当てて、ゆる子に苦笑いした。
「クライルは鉱石を運びたい、けれどこの場もなんとかしないといけない。なら、オイラが適任だからね」
人形使いが触れている部分が、虹色の光を放ち始めた。そして反対の手で、中指と人差し指を立て、あの時のように力強く言葉を口にした!
「我が力を贄にし、現世に姿を現さん。鉱石人形!」
鉱石が壁からゆっくりと出てくる。
黄色に光る目が出来て、それから手足が造られていく。人形使いの三倍はありそうなその人形は、雄叫びをひとつ上げ、そして食人箱の群れへと突っ込んだ。
「相変わらずすげーな……。あれも魔法か?」
「……う」
ゆる子が悔しげに唇を噛む。
「奇跡でも、皆が使うような魔法でもないよぉ……。なんで、使っちゃうの……」
いつものゆる子とは雰囲気が違くて、それほど一緒にいるわけでもない僕たちでさえ、人形使いの“魔法”は何か違うのだと気づく。
エルなら何かわかるかもと、僕はエルの頭に飛び移った。
「エルたん、なに?あれ、なに?」
「え?え~と、あれは、その……」
話しづらそうなエル。いや、話しづらそうというより、なんと言えばいいのかわからないようだ。
エルがもたつく間に、人形使いは食人箱をあらかた潰し終えたようで、額に汗を光らせながら「お待たせ」と振り返った。
「じゃ、このまま鉱石人形を歩かせるから、皆乗るといいよ。道案内はよろしくね」
魔法使いがエルをおぶったまま人形をよじ登る。上から手を貸して、クライルとゆる子を引き上げ頭やら肩に乗ると、最後に人形使いが手に乗って、人形はゆっくりと歩き出した。