表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
74/120

食人箱。

 

 ※



 結構歩いた、と思う。

 エルが駄々をこね始めるくらいには。


「も~、歩けないのです~。人形使い、おんぶなのです~」

「ごめ……、オイラも体力あるほうじゃないから……」


 そう言って、人形使いは膝に手をついて乱れた息を整え始めた。エルと人形使いはまぁ、予想通りだし、魔法使いが一人だけ元気なのも予想通りだ。

 けれどもゆる僧侶だけは別で、見た目とは反対に結構余裕があるのか、息ひとつ乱れていない。魔法使いが隣を歩くゆる僧侶に笑いかけ、


「大したもんだな。身体でも鍛えてんのか?」

「違う、けどぉ、違くはないかなぁ」


 なんともゆるい答えである。


「んとぉ、あたしたちってぇ、奇跡を自分にはかけられないのぉ。でもぉ、冒険者様たちとご一緒してぇ、危ないとこに行く時もあるでしょぉ?皆様の足を引っ張るわけにはいかないからぁ、ある程度修行するんだよぉ」


 えへへと笑うゆる僧侶。

 修行って、瞑想とかお祈りとか思ってたけど、どうやら想像していたのとはだいぶ違うらしい。厳しいとは聞いたことがあるけれど、精神的よりも肉体的な問題のようだ。


「僧侶ちゃん、こう見えて腕相撲では剣士くんより強……な、なんでもない」

「うんうん、なんでもないんだねぇ。よかったぁ」


 ゆる僧侶が、手にしていた短い棒を両手で握りしめてふわりと笑った。杖、にしては短いし、エルが持つスティックと比べると長い。一体あれはなんだろう。

 二人のやり取りに、魔法使いは喉を鳴らして笑った。


「なんにしろ、頼もしいことこの上ないってわけだ。安心しな、愛しの剣士サマんとこにはちゃーんと送ってってやるよ」

「ありがとぉ」


 笑い合う二人を、少し後ろから眺める人形使い。疲れてるというより、なんだか恨めしそうな目をしていて少し怖い。

 人形使いに「疲れたのです~」と騒いでいたエルでさえ、その目力に駄々をこねるのをやめたほどだ。


「そうだよなぁ……、オイラみたいな非力な奴じゃ釣り合わないよなぁ……」


 盛大にため息をついて項垂れる人形使い。

 エルは少し考えてから、精一杯背伸びをして、人形使いの頭を撫でようとした。もちろん身長差もあって、全然届いていないのだけど。


「よしよしなのです~。エルちゃん、歩けるから頑張るのです~!」

「エルちゃん……」


 人形使いは元気を振り絞るように、なんとか笑顔を作ってエルに見せると「よし」と自分のほっぺを叩いた。


「どうしたのです~!?」

「いてて……。ちょっと気合を入れただけさ。エルちゃんが頑張ってるのに、オイラが挫けてちゃ駄目だからね」


 よいしょとエルをおんぶして、人形使いはもたもたしながらも歩き出した。魔法使いが「まー、頑張れよー」とにやにやして、ゆる僧侶はなんとも言えない顔で人形使いを見ただけだった。


 更に歩いて、僕たちは、次第に熱くなっていることに気づいた。

 最初に異変を感じたのはエルで、鼻息荒い人形使いを半ば蹴り飛ばす感じで背中から降りた。反動で倒れた人形使いが、途切れ途切れにエルの名前を呼んでいる。


「エルたん?」

「……魔法力なのです~。こっちなのです~」


 あぁ!勝手に走っていくなよ!


「クソッ、あのバカやろー!人形使い、おめーはここで待ってろ!」

「え?ま、待って……」


 もちろん、魔法使いの頭に乗っている僕も待てるはずがなく、情けない声を後ろに聞きながら、魔法使いとゆる僧侶はエルの後を追い出した。





「きゃ~なのです~!」


 エルの悲鳴だ!

 魔法使いが走る速度を上げる。僕は、風を受けて飛んでいきそうなのをなんとか堪えて、必死に頭にくっついた。


「エル公!」


 角を曲がった先、そこは少し広い場所になっていて、所々に鉱石のようなものがツンツンと出ている。

 その中のひとつの前で、ずんぐりした体型の何かが震えていて、エルはそれを庇うように手を広げて立っていた。


 二人と僕たちの間にいるのは、食人箱(ミミック)と呼ばれる人型の魔物だ。人で言う腰の部分に箱がついていて、顔には“ハズレ”と書かれた紙が張ってある。

 正直、箱から舌を出しているのはビジュアル的にも嫌なので、是非仕舞って頂きたいものだ。


「なんで食人箱が……!」

「魔法使い~!助けてなのです~!」

「話がよく見えねーが、待ってろよ!」


 魔法使いが杖を握りしめて走り出す。

 食人箱が気づいたのか、気味の悪い叫びを上げながら振り返った!紙の張ってある顔を横からぶん殴ると、食人箱はあっけなくも吹っ飛んだ!


「無事か、エル公!」


 安心したのか、エルはふにゃりとほっぺを緩ませると、そのまま泣きながら抱きついてきた。


「魔法使い~」

「今はやめろ!」


 力任せにエルを引き離して、魔法使いは片手に杖を握ったまま辺りを見渡した。


「……!上か!」


 食人箱は器用に足だけで天井からぶら下がっていた。垂らしたままの舌から滴る涎が気持ち悪い。

 魔法使いが杖を投げつけるけれど、それを素早い動きでよけると、食人箱はゆる僧侶に向かって跳躍した。


「ゆる子!」


 魔法使いが焦った様子でゆる僧侶を見る。

 てかなんだ、ゆる子って!

 でもゆる僧侶は焦る様子を見せず、あの短い杖を横に構えた!


「気持ち悪いのは嫌いなのぉ。ごめんねぇ」


 それは一瞬だ。

 食人箱の箱から出ていた舌が、床にべたりと落ちた。煩いくらいの悲鳴が反響していく。


「仕込み杖たー、なかなか珍しいもん持ってんなー」


 魔法使いが杖を拾い上げて、とどめだと言わんばかりに頭に向かってフルスイングした!

 食人箱はもろに食らって、そのまま壁に激突すると、灰になって消えてしまった。


「いつもはぁ、剣士様や狩人ちゃんにお願いするんだけどぉ、こんな時くらいはねぇ」

「人形使いには頼まねーのか?」


 ゆる僧侶は短い杖(仕込み杖だったっけ)の刃を拭いてから、再び杖へと戻すと、少し困ったように眉を寄せた。


「人形使いは役立たずだからぁ、戦わなくていいんだよぉ」

「ふーん。役立たず、ね」


 それ以上は何も言わず、魔法使いはエルの元まで歩いていくと、まだ小さく震えている人影を指差した。


「で、それはなんだ」


 ずんぐりした体型に、作業服を着た姿。

 その人影はゆっくりと顔を上げると、辺りを見渡した。


「どうやら我を狙う刺客は排除されたようだな」

「は?刺客?」

「機密情報を持っていると睨んで我を狙ってくるとは……、どうやら機関は我の居場所を特定していると見える」


 なんだこいつ。頭おかしいのかな。

 魔法使いも意味がわからないと首を振る。

 その中で、ずんぐり野郎だけが何かを考えているように歩き回って、そしてゆる僧侶の前で立ち止まると、


「奴らの監視の目はここか!」


 とゆる僧侶に抱きついた。

 もちろんすぐに、魔法使いに殴られたのだけど。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ