食人箱。
※
結構歩いた、と思う。
エルが駄々をこね始めるくらいには。
「も~、歩けないのです~。人形使い、おんぶなのです~」
「ごめ……、オイラも体力あるほうじゃないから……」
そう言って、人形使いは膝に手をついて乱れた息を整え始めた。エルと人形使いはまぁ、予想通りだし、魔法使いが一人だけ元気なのも予想通りだ。
けれどもゆる僧侶だけは別で、見た目とは反対に結構余裕があるのか、息ひとつ乱れていない。魔法使いが隣を歩くゆる僧侶に笑いかけ、
「大したもんだな。身体でも鍛えてんのか?」
「違う、けどぉ、違くはないかなぁ」
なんともゆるい答えである。
「んとぉ、あたしたちってぇ、奇跡を自分にはかけられないのぉ。でもぉ、冒険者様たちとご一緒してぇ、危ないとこに行く時もあるでしょぉ?皆様の足を引っ張るわけにはいかないからぁ、ある程度修行するんだよぉ」
えへへと笑うゆる僧侶。
修行って、瞑想とかお祈りとか思ってたけど、どうやら想像していたのとはだいぶ違うらしい。厳しいとは聞いたことがあるけれど、精神的よりも肉体的な問題のようだ。
「僧侶ちゃん、こう見えて腕相撲では剣士くんより強……な、なんでもない」
「うんうん、なんでもないんだねぇ。よかったぁ」
ゆる僧侶が、手にしていた短い棒を両手で握りしめてふわりと笑った。杖、にしては短いし、エルが持つスティックと比べると長い。一体あれはなんだろう。
二人のやり取りに、魔法使いは喉を鳴らして笑った。
「なんにしろ、頼もしいことこの上ないってわけだ。安心しな、愛しの剣士サマんとこにはちゃーんと送ってってやるよ」
「ありがとぉ」
笑い合う二人を、少し後ろから眺める人形使い。疲れてるというより、なんだか恨めしそうな目をしていて少し怖い。
人形使いに「疲れたのです~」と騒いでいたエルでさえ、その目力に駄々をこねるのをやめたほどだ。
「そうだよなぁ……、オイラみたいな非力な奴じゃ釣り合わないよなぁ……」
盛大にため息をついて項垂れる人形使い。
エルは少し考えてから、精一杯背伸びをして、人形使いの頭を撫でようとした。もちろん身長差もあって、全然届いていないのだけど。
「よしよしなのです~。エルちゃん、歩けるから頑張るのです~!」
「エルちゃん……」
人形使いは元気を振り絞るように、なんとか笑顔を作ってエルに見せると「よし」と自分のほっぺを叩いた。
「どうしたのです~!?」
「いてて……。ちょっと気合を入れただけさ。エルちゃんが頑張ってるのに、オイラが挫けてちゃ駄目だからね」
よいしょとエルをおんぶして、人形使いはもたもたしながらも歩き出した。魔法使いが「まー、頑張れよー」とにやにやして、ゆる僧侶はなんとも言えない顔で人形使いを見ただけだった。
更に歩いて、僕たちは、次第に熱くなっていることに気づいた。
最初に異変を感じたのはエルで、鼻息荒い人形使いを半ば蹴り飛ばす感じで背中から降りた。反動で倒れた人形使いが、途切れ途切れにエルの名前を呼んでいる。
「エルたん?」
「……魔法力なのです~。こっちなのです~」
あぁ!勝手に走っていくなよ!
「クソッ、あのバカやろー!人形使い、おめーはここで待ってろ!」
「え?ま、待って……」
もちろん、魔法使いの頭に乗っている僕も待てるはずがなく、情けない声を後ろに聞きながら、魔法使いとゆる僧侶はエルの後を追い出した。
「きゃ~なのです~!」
エルの悲鳴だ!
魔法使いが走る速度を上げる。僕は、風を受けて飛んでいきそうなのをなんとか堪えて、必死に頭にくっついた。
「エル公!」
角を曲がった先、そこは少し広い場所になっていて、所々に鉱石のようなものがツンツンと出ている。
その中のひとつの前で、ずんぐりした体型の何かが震えていて、エルはそれを庇うように手を広げて立っていた。
二人と僕たちの間にいるのは、食人箱と呼ばれる人型の魔物だ。人で言う腰の部分に箱がついていて、顔には“ハズレ”と書かれた紙が張ってある。
正直、箱から舌を出しているのはビジュアル的にも嫌なので、是非仕舞って頂きたいものだ。
「なんで食人箱が……!」
「魔法使い~!助けてなのです~!」
「話がよく見えねーが、待ってろよ!」
魔法使いが杖を握りしめて走り出す。
食人箱が気づいたのか、気味の悪い叫びを上げながら振り返った!紙の張ってある顔を横からぶん殴ると、食人箱はあっけなくも吹っ飛んだ!
「無事か、エル公!」
安心したのか、エルはふにゃりとほっぺを緩ませると、そのまま泣きながら抱きついてきた。
「魔法使い~」
「今はやめろ!」
力任せにエルを引き離して、魔法使いは片手に杖を握ったまま辺りを見渡した。
「……!上か!」
食人箱は器用に足だけで天井からぶら下がっていた。垂らしたままの舌から滴る涎が気持ち悪い。
魔法使いが杖を投げつけるけれど、それを素早い動きでよけると、食人箱はゆる僧侶に向かって跳躍した。
「ゆる子!」
魔法使いが焦った様子でゆる僧侶を見る。
てかなんだ、ゆる子って!
でもゆる僧侶は焦る様子を見せず、あの短い杖を横に構えた!
「気持ち悪いのは嫌いなのぉ。ごめんねぇ」
それは一瞬だ。
食人箱の箱から出ていた舌が、床にべたりと落ちた。煩いくらいの悲鳴が反響していく。
「仕込み杖たー、なかなか珍しいもん持ってんなー」
魔法使いが杖を拾い上げて、とどめだと言わんばかりに頭に向かってフルスイングした!
食人箱はもろに食らって、そのまま壁に激突すると、灰になって消えてしまった。
「いつもはぁ、剣士様や狩人ちゃんにお願いするんだけどぉ、こんな時くらいはねぇ」
「人形使いには頼まねーのか?」
ゆる僧侶は短い杖(仕込み杖だったっけ)の刃を拭いてから、再び杖へと戻すと、少し困ったように眉を寄せた。
「人形使いは役立たずだからぁ、戦わなくていいんだよぉ」
「ふーん。役立たず、ね」
それ以上は何も言わず、魔法使いはエルの元まで歩いていくと、まだ小さく震えている人影を指差した。
「で、それはなんだ」
ずんぐりした体型に、作業服を着た姿。
その人影はゆっくりと顔を上げると、辺りを見渡した。
「どうやら我を狙う刺客は排除されたようだな」
「は?刺客?」
「機密情報を持っていると睨んで我を狙ってくるとは……、どうやら機関は我の居場所を特定していると見える」
なんだこいつ。頭おかしいのかな。
魔法使いも意味がわからないと首を振る。
その中で、ずんぐり野郎だけが何かを考えているように歩き回って、そしてゆる僧侶の前で立ち止まると、
「奴らの監視の目はここか!」
とゆる僧侶に抱きついた。
もちろんすぐに、魔法使いに殴られたのだけど。