砂渦道中。
翌朝、増えている面子に対して驚くこともなく、パパさんは僕たちの先頭を歩くようにして、また砂だらけの道を歩き出した。
ちなみに朝早くて、出店はまだ開いていなかった。
たまに起こる風に巻き上げられる砂がうざったい。目に入ると痛かったから、なるべく目に入らないように、勇者の懐から顔を出すだけにする。
「なぁ、このおっさん、何モンだ?」
パパさんと初対面の剣士が、隣を歩く勇者に耳打ちする。勇者がそれになんて答えようか迷っていると、豪快な笑い声が聞こえて、パパさんが振り返らずに答える。
「俺は旅の戦士だ。元は俺と友人で土妖精に会いに行く予定だったんだが、生憎友人が忙しくてな、代わりに勇者殿が向かうことになったのだ」
「あ、そ、そっすか……」
気迫に押され気味に、剣士が苦笑いを浮かべる。いつも横暴な態度だけれど、一応年上には気を使うらしい。
「どれくらいで着くんですか?」
「はっはっは、そうだな。あと……いや、すぐだ」
すぐ、とパパさん、いや戦士が言った直後。
足元の砂がどんどんと崩れていって、まるで大きな渦みたいになっていった。中央に見える穴に砂が落ちていくのが見えて、あの中に入ってしまったら死んじゃうんじゃないかと冷や汗が出る。
「ゆうちゃ!」
僕は勇者と離れないようにとくっついたけれど、どんどん足が滑っていって。
「うわぁぁああああ!」
穴に、吸い込まれていった。
「……い、お……。ひじょ……、おい」
誰かの声が聞こえる。
「おい、食っちまうぞ、非常食」
「いやー!」
僕は跳ね起きた。
そして僕を呼んでいたであろう、魔法使いを睨みつける。
「なりきん!」
「へいへい。怪我はねーな?」
怪我、と言われて僕は辺りを見回した。
僕は魔法使いに片手に乗せられていて、そして、まだ倒れたままのエルがいる。エルに奇跡の魔法をかけているのは、あのゆる僧侶だ。
「ゆうちゃ?」
勇者がいない。
なんで?僕と一緒だったのに。
「ゆうちゃ!」
「うるせー。今探してんだろ、少しは黙ってろ」
いやお前、何もしてないじゃないか!
僕はたまらずに手から飛び降りたけれど、盛大なため息と共にまた魔法使いに摘みあげられてしまった。
いやいやとよじる僕を半分無視して、魔法使いは奇跡をかけているゆる僧侶の隣に座る。
「すげーな、奇跡って」
「そんなことないよぉ。魔法使いくんもぉ、守ってくれてありがとぉねぇ」
「大したことしてねーよ」
「ふふふ、照れ屋さんなんだねぇ。よし、終わったよぉ」
何を話しているのかよくわからなかったけれど、とりあえずゆる僧侶がエルから手をどけると、エルはうっすらと目を開けた。
「あ、れ、れ~?」
「よー、エル公」
「エルちゃんなのです~」
エルは身体を起こしながら訂正すると、最初の僕と同じように辺りを見回した。
広いこの場所は、まるで“青の国”の地下街みたいで、でも地下街とは違ってなんだかジメジメしている。天井も高くなくて、上からは少しずつ砂が溢れてきている。
「皆、起きたようだね」
駆け寄ってきた人形使いに「よー」と片手を上げて、魔法使いは立ち上がった。
勇者じゃなかったことにがっかりしたけれど、とりあえず知ってる顔がいくつかあってよかったのかもしれない。
人形使いは相変わらずジェシカを抱いている。吸い込まれそうになりながらも離さないなんて、ある意味すごい根性の持ち主かもしれない。
「近くを見てきたけど、オイラたち以外はいないみたいだ。出口も見当たらないし、どこに行けばいいのやら……」
「おっさんは“すぐ”だと言ってただろ?てことは、ここが土妖精の住処じゃねーのか?」
「可能性はあると思う……。ここの土、僅かに発光してるし、彼らが使う特殊な鉱石が取れる場所かもしれない」
人形使いは壁を触って、それから指先についた微かな土に目を細めた。言われてみれば、確かに地下にしては少し明るい。
「とりあえず、ここにいてもしゃーなし。エル公も起きたことだし、歩いてみっか」
「だから~、エルちゃんなのです~」
ほっぺを膨らませるエルを無視して、魔法使いは先頭に立った。僕のことを忘れずに頭に乗せてくれる辺り、それなりに僕のことは敬っているのかもしれない。
「僧侶ちゃん、オイラたちも行こう」
「あたしに指図しないでよぉ、人形使いのくせにぃ」
ゆる僧侶は人形使いに冷たい視線を送って、それから「魔法使いくん」と駆け寄ってきた。人形使いはため息と苦笑いをして、エルに手を差し伸べる。
「エルちゃん、だっけ。オイラから離れないようにね」
「ん~?エルちゃんは強いから~、むしろ人形使いが離れないように注意するのです~。エルちゃんが守ってあげるのです~」
「そ、そっか、ごめんね」
エルが腰に手をやって、鼻息荒く人形使いを見上げた。見た目は完全に大人と子供なんだけど、エルからすれば、人形使いは守るべき“子供”なのかも。
とりあえず歩き出した僕たちは、この先にある現実離れした光景に息を呑むことになるだなんて、まぁ誰が予想しただろうか。