楽園のオアシス、常夏の闇。
「らっしゃい!どうだい?オアシス名物、水マンだよ!」
適当に出店を見ていると、聞こえてきた威勢のいい声に、釣られるようにして僕たちは店先を覗き込んだ。
見た目は“青の国”で魔法使いが食べていた饅頭に似ているけれど、この商人の言い方だと饅頭ではな いようだ。
「水マンってなんですか?」
並べられた“水マン”をよくよく見ながら、勇者が商人に問いかけた。商人は待ってましたと言わんばかりに揉み手をしながら、
「ただの饅頭に見えるだろ?しかし残念!中に入ってるのは、なんと驚き!このオアシスの水だ!」
「はー?おっさん、つくならもちっとマシな嘘をつけ。水が饅頭に詰まってるわけねーだろ。今どきガキでも騙せ」
「お水が入ってるのです~?食べてみたいのです~!」
目をキラキラさせたエルが魔法使いを見上げた。
魔法使いはそれ以上何も言えず、ただ勇者に一言「おい」と言っただけだ。
正直、僕も饅頭に水が入ってるなんて嘘だと思うし、というか、そもそもとして普通の饅頭を食べたことがない。魔法使いがくれなかったしな。
「ゆうちゃ」
「フロイも気になるのかい?」
おう、隣の肉まんがな。
「たべる、まん、たべる!」
「そっか。エルちゃんも気になってるみたいだし、ふたつもらおうかな」
「え」
いや待ってよ!水マンとかどうでもいいからさ、肉まん買ってよ!せめてもの反抗にと跳ねるけれど、勇者は全く気づかずに商人に朗らかに笑って、
「水マンふたつください」
「水マンひとつくれ」
重なって聞こえたそれに、勇者が声の主を見る。
あっちもそれは同じだったようで、声の主は勇者を見ると小さく「げ……」と呟いた。
「剣士じゃないか!久しぶりだね!」
「こっちは会いたくて来たんじゃねぇよ……」
嬉しそうな勇者とは正反対に、久しぶりに見た剣士は、ものすごく嫌そうな顔で僕たちに視線をやった。
「ほらよ、兄さんたち。みっつだ」
「わぁ、ありがとうございます!」
「……はぁ」
勇者は水マンをふたつ受け取ると、ひとつをエルに手渡した。ちなみに魔法使いは、いつの間にか肉巻き棒なるものを五本手にしている。
とりあえず、店先にいると邪魔になるため、どこかに移動することに。
「今日は一人?」
「んなわけあるか。伝説の鍛冶屋がいるって話を聞いたもんだから、新しく剣を打ってもらおうと思ってんだよ」
「鍛冶屋?こんな場所に?」
どれくらいか歩いて、小さな休憩所みたいになっている大きなテントに入る。
中は外よりも数段涼しくて、むしろこのままいたら風邪でも引きそうだ。
「なんだ、知らねぇのか。土妖精に会いに来たんじゃねぇのか」
「会いに来たというか、代わりに行くというか……」
はっきりしない答えの勇者に、剣士は「なんだそりゃ」と呆れ顔をして、テーブルについていた人形使いに手を上げた。
「あれ?勇者くん?」
人形使いは一人で席についていて、よく見ると、椅子には荷物が置かれている。どうやら席取りをしていたようだ。
「よかったら座るかい?まだ僧侶ちゃんも狩人ちゃんも戻ってないし」
「おめぇがどけば解決すんだよ、役立たず」
「いや、オイラがどいても一人分しか……」
「早くしろ、カス」
暴言を吐かれながらも、それでも人形使いは言い返すことはせずに、渋々と席を立った。剣士はエルに「ん」と示してから、自分の場所であろう席へと座る。
早速椅子に座ったエルが、手に持ったままの水マンを満面の笑みで眺めながら、
「では~、パカッといくのです~」
パカッよりも、ふわふわが近い水マンはふたつに割かれる。
「エルちゃん、中身がもれちゃうよ?って、あれ?」
「あれれ~?中身がないのです~?」
ぽっかり空いた空洞を見つめて、エルが「んんん~」と首を捻っている。勇者も自分のを開いてみるも、やっぱり中身は空っぽだ。
黙ってそれを見ながら、肉巻き棒を食べていた魔法使いが「当たり前だろ」と呆れたように言った。
「そもそも、本当に中に水が入っていたとして、だ。蒸す間に無くなっちまうだろーよ」
「つまり……?」
「中身が入っていよーと、なかろーと、うまい商売だってことだよ。ま、これの場合、本体は水なんかじゃねーだろーがな」
魔法使いはエルの手から、ふたつに割れたうちのひとつをつまみあげた。エルが「あ~!」と言うのも無視してそのまま食べる。
「ほー。これは、なかなか……」
全員の視線を浴びながら食べ終えた魔法使いは、食べるように示す。最初に勇者が一口に千切って食べてみた。
「……!」
目がカッと開かれる。
「これ、え、すごい!食べてみなよ!」
言われるままエルと剣士も水マンを食べる。
「わ~、こんなの初めてなのです~」
「なんだこれは……?」
なんだ、僕だけ食べてないからよくわからん。
美味しいとか不味いとか言ってよ。
僕もその感動、かどうかはわからないけど、とにかく味わいたくて、早く食わせろと言わんばかりにテーブルの上を跳ね回る。
「ゆうちゃ!たべる!」
「あ、あぁ、ごめんね、フロイ。ちょっと感動しちゃって……」
勇者が僕のために、水マンを小さく千切ろうとして。
「剣士様ぁ、お待たせしましたぁ。アイス売ってたんでぇ、買ってきちゃいましたぁ」
「お待たせ、した」
ゆる僧侶と狩人だ。二人とも暑いからなのか、少し肌の見える服装になっている。
「あれぇ?それってもしかしてぇ、水マンかなぁ?いいなぁ、食べたいなぁ」
いや、手にアイス持ってるじゃないか。それ以上欲しがるとか、欲張り過ぎだろと思う。
でもそれを見た魔法使いが、目にも止まらぬ早さで勇者の手から水マンをかっさらっていった。しかも半分こにしたやつ、両方を、だ。
「よければどうぞ。しかと堪能してください」
「ほんとぉ?ありがとぉ、魔法使いくん」
受け取ったゆる僧侶が「えへへ」と笑って、魔法使いのほっぺにチュウをした。魔法使いは、なんかよくわからん叫びにも似た声を出しながら喜んでるけれど、僕にとっては全く嬉しいことはない。
「まほうちゅかい!ぼくの!ぼくの!」
「また明日にでも買ってやるよ。今は我慢しとけ」
「なりきんー!」
「うっせー!」
言い合う僕たちに、勇者は苦笑いをしてから、
「魔法使い。あんまりフロイをいじめちゃ駄目だよ?フロイ、明日出発する前にでも買ってあげるからね」
「よかったなー、非常食」
何がよかったな、だ。
怨みを込めて睨んでやったけれど、魔法使いは特に気にしてなんかない。
食べ物の怨みは怖いってこと、たんと教えてやるんだからな!
そのまま僕たちは、しばらく剣士たちと土妖精の鍛冶屋について聞いた後、夜ご飯も一緒に食べて、目的地も同じということで、明日の道程も一緒にすることになった。