火山へ行くには根性がいる。
土妖精の住む“かざん”へ向かう間に、地下電車内で武闘家から聞いた“赤の国”の話を少しだけしよう。
気候については散々言ってきたから、そうだな、国の特徴について話そう。
町や村、いや集落といったほうがいいのかな。
それらが点在するようにあって、各々独特な風習があるんだって。特に集落はそれが顕著で、今回向かう土妖精も、たぶんそれに当たるんだと思う。
そして何より、かざんに近いこの辺りは、こうした砂だらけの道が続いていて、緑がいっぱいの“緑の国”とも、天候までもが整備された“黃の国”とは全く違っていた。
「あっちー。あとどんくらい歩くんだー」
町よりも更に汗だくになりながら、魔法使いは着ていた服をまた扇いだ。勇者の隣を歩くエルなんかは、既に顔が茹で蛸みたいに真っ赤になっている。
「なぁに、もう少し歩けば中間地点だ。そこまで頑張らんか、若いんだろ?」
「おっさんより若いかもしんねーけどな、暑さは若さでどーにもなんねーよ」
嫌味たっぷりに返した魔法使いに、パパさんは嫌な顔を見せることもなく「若いのはいいなぁ」と、豪快に笑い返した。
勇者はそんな二人を能天気そうに見て、それから「あ」と何か思い出したように手を叩いた。
「パパさんは土妖精と会ったことがあるんですか?」
「城を壊す度に世話になっているな、はっはっは」
どういうこと?城って魔王城、だよね?
そんなにあの城脆いのかな。頑丈そうに見えたけれど、実はハリボテなのかもしれない。
それにしても……。
「ゆうちゃ、あちゅい……」
かざんに近づけば近づくほど暑くなってくる。心無しか、なんだか目の前もユラユラ揺れているような……。
「フロイ?」
勇者が異変に気づいたのか、肩から僕を降ろして、両手で大事そうに持つと、じっと見つめてきた。
「ちょっと待ってね、今水を……。涼雨」
「……何も起こんねーぞ」
「あれ?」
不思議そうに首を傾げる勇者。
いつもなら、頭上からバケツをひっくり返したような水がかかるのに、相変わらず太陽がこれでもかと主張している。
「間違えては、ない、はず……」
なんでもいいからなんとかしてほしい。
毛先はなんだかチリチリするし、べっとりしていて気持ち悪い。
「そんなんじゃ駄目なのです~。こういう火の魔法力が強いとこでは、それ以上の水の魔法力が必要なのです〜。エルちゃんにお任せなのです~」
そう言うエルも、少しだけ疲れが見える。けれどもいつもの明るい笑みを僕たちに向け、それからスティックを握りしめた。
「くるくるくる~。回れば楽しい~、皆で楽しい~。ザブザブザッブ~ン。流れに乗って~、気分も上々~。凄雨~」
エルがスティックを掲げる。
その先から水色の光が走って、それは僕たちの頭上に円を描いた。
「ほう……、流石は森妖精殿」
「エルちゃんはエルちゃんなのです~」
「それは失礼した、エル殿」
パパさんが頭を下げて、すぐ。
円からヤバいくらいの雨が降ってきた!
「おいエル公!」
「エルちゃんなのです~!」
「うるせー!やり過ぎなんだよ!」
雨音が凄くて、二人は怒鳴るようにして言い合いをしている。
でも僕は、この雨がとても気持ちよくて、しばらく勇者の頭に乗っかることにした。
「早く止めろ!」
「知っていれば止めてるのです~」
「なんだとこの……!」
「まぁまぁ、涼しいからいいじゃないか」
べたべたに濡れた勇者が二人を止める。皆元気になったようだ、もちろん僕も。
そんな僕たちが面白かったのか、パパさんが懐かしむように目を細めて、それからほっぺを緩めて笑った。
「どうかしたんですか?」
勇者が、額に張り付く髪を分けながらパパさんを見上げる。
「土妖精と会ったことがあるのか、と聞いたな。昔を思い出して、な……」
「昔?」
「どこまで話していいものか。また、どこから話せばいいものか。そうだな、まだ道のりは長い。休憩がてら、少し話すのもいいかもしれん」
パパさんは「向かうぞ」とまた歩き出した。
僕たちもそれを追いかけて、気づく。
あの雨、あそこから動かないんだ……。
砂だらけの世界に、でっかい水たまり。でも湖とは違うそれは“オアシス”というのだと、勇者がエルに話している。
もちろん僕は知っている。本当は今知ったんだけど、前から知っていたような素振りをすれば、前から知っていたのと変わらないはずだ。
こういったオアシスは、砂だらけのこの国ではとても貴重で、特にこのオアシスは、先代勇者御一行が作ったとされる観光名所でもあるらしい。
そこかしこから聞こえる声は、どことなく魔王領を思い出させた。
「活気に溢れてんなー」
「見てよ、魔法使い!これ!」
興奮気味の勇者が示したのは、このオアシスの成り立ちが書かれた看板だ。
「えーと……“伝説の魔法使いが作ったオアシス”だー?なんだこりゃ」
首を捻る魔法使い。
「武闘家がいれば詳しく聞けたのにね」
「肝心な時にいねーのな、あいつ」
置いてきたの僕たちだけどな。
行商人と何かしら話していたパパさんが、僕たちに気づいたのか近寄り、それから「どうしたのだ?」と看板を覗き込んだ。
「あぁ。これは、先代勇者の仲間に“魔法使い”がいてな、このオアシスは奴が仲間と喧嘩した時に出来たものだな」
「……奴?おっさん、その“魔法使い”と知り合いみたいな言い草だな」
「そ、そうではない。断じて違うぞ」
わざとらしく目を反らしたパパさんに、魔法使いは「ふーん」と鼻を鳴らしてにやりと笑ってみせた。勇者はあまり気にしていないのか、いや、これはオアシスに興奮していて気づいてないようで、さっきから目をキラキラさせてオアシスを眺めている。
「すごい魔法使いなんだろうなぁ」
「おいおい、オレじゃ不満か?」
魔法使いは腕組みして、苦笑いを浮かべた。
勇者はそんな魔法使いに視線をやって、不思議そうにオアシスと魔法使いを交互に見た。
「まさか。僕らの魔法使いは君だけだよ?」
「くっ、ははは。それは光栄なこった」
満足したのか、魔法使いは勇者の肩をバシバシと叩いて、それから集落を見回した。
パパさんが何か少し考えて、それから「うぬ」と頷いた。
「残りは明日にしよう。各自、あとは好きに過ごすといい。奥に一際大きなテントが見えるな?あれが宿だ。金は払っておくから、適当に休むといい」
それだけ言い残して、パパさんはさっき話していた行商人の元へ行ってしまった。
残された僕たちは、初めて来たオアシスに戸惑いながらも、聞こえてきた魔法使いの腹の音に急かされて、早速ご飯が食べれる場所を探し始めた。