ある魔王の憂鬱 四
今日は本を取りに、魔王城の中に作らせた資料室へと向かっていた。
資料室にある本は、元はリーパーの隠れ家にあったもので、その数はゆうに千冊を超えている。これでも全部持ってきたわけではないと言うのだから、流石は世界中の本を読み漁ったと言うだけはある。
そのほとんどが歴史書で、次に魔法書、軍学、薬学、更には児童書、ちょっと変わり種な、まぁマニアックな本もあったりする(俺には刺激が強すぎて読んでない)。
そこまで広くない魔王城の三分の二を占める資料室は、一階の広間をぐるりと囲むように作られている。
ちなみに入口は一箇所だけだ。
たまにリーパーがいるぐらいだと簡単に考えていた俺は、扉を開けて、隅の棚へ近づくにつれ聞こえてきた謎の会話に、立てたくもない聞き耳を立てる羽目になる。
「駄目、だってば……。そう、ちゃん……」
「いいじゃないの!減るもんじゃないし!」
「いや、だって、これ……、恥ずかしい、よ」
いや、資料室で何してるか知らんが、聞いてるこっちが恥ずかしい会話をするのはやめてくれ。
「えぇと、ここをこうして……っと」
「待っ……て。それは、ほんとに、恥ずか、しい……っ」
え、邪魔していいのこれ。
俺は棚に手を上げた状態で、己の心に問うてみた。
……妹は応援したい。でもここは資料室なわけで。
てかまだ十代ですよ!お兄ちゃんは、まだそういうの早いと思うんです!
だったらやることは決まってる。
「リーパー、僧侶!なーにしてるんだ?」
なるべく、今来たばっかりですよ感を出しつつ棚から顔を出した。
二人は机を挟んで座っていて、リーパーの手を僧侶が触っている。いや、手というより、爪?
「あ、ゆうくん」
「あー!ゆうにぃも丁度いいところに!早く座って!」
事態が飲み込めず、呆然とする俺に「座って!」と再度僧侶の怒鳴り声が。俺は「はい」と大人しくリーパーの隣に座った。
机には、いくつかの小瓶と、そして何に使うのかよくわからない小物が並んでいる。
「あの、僧侶さん?これは一体何を……」
「手、出して」
有無も言わず手を出すよう示され、俺はまた「はい」と大人しく両手を出した。
「今ね今ね、学校でネイルアートっていうのが流行っててね!アタシもやろうと思ったんだけど、最初はリッくんで練習しようと思って!」
「あー、なるほどね」
隣のリーパーの爪を見ると、これまたカラフルに、そして可愛らしい花が描かれている。なんだ、結構上手いじゃないか。
「リッくんならね、失敗しても爪剥がせばいいから気楽に出来るの」
「それはやめてやれ」
「えー。あ、動いちゃダメ!」
失敗するたびに爪を剥がされることを想像して、手先が震えていたらしい。また怒られ、俺は「はい」と気を引き締め直した。
てかリーパー、流石に笑ってないで怒れよ。愛しのそうちゃん、変な方向へ走ったらどうすんだ。
「でも、ゆうくん、何か本、探しに来たんじゃ、なかった、の?」
「あ、そうなんだけど」
「魔王様は、二人の会話を盗み聞きしてたんだよなぁ?」
突如後ろから聞こえた声に、俺は声にならない叫びを上げながら振り向いた。反動で手が動いた気がしたが、そんなことを気にする余裕なんてない。
「舞踏家!?ななななな何言ってるんだよ!ぼ、僕はそんなことしてない!」
「はは、素が出てんぞ」
「てかいつからいたんだよ!」
舞踏家は「あぁ」とにやけながら、
「我らが魔王様が、配下のご様子を影から見守っていたところから」
「全部じゃないか!あぁ、もう、ほんとやだ……」
俺はため息と共に項垂れた。
「ゆうにぃ」
「ん?」
「動かさないでって言ったでしょ!」
「すみませんでした!」
瞬間、僧侶からの熱い平手打ちが飛んできた。
ちなみに俺のネイルアートには、器用に“彼女募集中”と一文字ずつ描かれていた。