皆揃って大団円!
「フロイ!魔法使い!僧侶!」
入ってきた玄関で、勇者が手を振っている。隣に並ぶ武闘家が抱っこしているのが、どうやらあの雪妖精の番らしい。
確かに顔色があまり良くなさそうだし、心なしか息使いも荒い。
「上手くいったみてーだな!」
「そっちもね!本当にありがとう、魔法使い」
「礼なら全部終わってからだ!ずらかるぞ!」
僕たちは最早扉のない玄関を飛び出して、これまた堂々と門を抜けようとした。けれど、背後から聞こえた「離すのです~!」と叫ぶエルの声で立ち止まる。
エルを背後から抱き上げていたのは、なんとも特徴のない小さなハゲたデブのおっさんだった。もしかして成金か?
「エルちゃんを離せ!」
剣先を成金(仮)に向けながら勇者が吠える。けれど、エルの喉元に突きつけられたナイフを見て、それ以上何もすることが出来ない。
魔法使いが動こうとするけれど、途端に鳴り響いた腹の音に、武闘家が今までで一番冷めた視線を魔法使いに向けた。
「こんな時まで、貴方という人は……!」
「いつもより動いたからな、しかたねー」
「うわ~ん!怖いのです~!」
怖いわりに叫ぶ余裕はあるのかと言いたい。
成金(仮)は「静かにしろ!」と、エルの目の前にナイフをちらつかせて黙らせると、僕たちにナイフを向けた。
「貴様らが、この偉大なる私の宝物を奪いに来た盗賊だな!屋敷も滅茶苦茶にしおってからに……、一生奴隷としてこき使ってやるからな!」
うわ、話しながら唾飛ばしてるよ。汚い、気持ち悪い。一番近くにいるエルが更に泣くのを見て、僕は少し同情した。
だけど正直、どうしようも出来ない。魔法使いはもう燃料切れだし、武闘家は雪妖精を抱いてるし、勇者が魔法を使ったらエルを巻き込みそうだ。
これが俗に言う、万事休すってやつかと思っていると、なんだか隣から殺気を感じた。
「……その子に」
僧侶が何か言っている。
「おい、動くなと言っt」
「その子に手を出すんじゃねぇ!この(放送禁止ワードだから伏せるよ)が!」
気づいた時には、僧侶のゴリマッチョパンチが成金の顔にめり込んで、そのまま成金を一発ノックアウトした。
え、こわ……。魔法使いより脳筋、いやあの下は筋肉だし、元々が脳筋だったのかもしれない。
「僧侶~、怖かったのです~」
抱きついてきたエルを肩車して、僧侶は何事も無かったようにまた無表情に戻った。魔法使いが吹き出して、勇者の肩を軽く叩く。
「帰るぞ。ややこしいのは面倒だからな」
「そうだね、早く雪妖精たちを会わせてあげないと」
顔面がめり込んだまま伸びている成金、未だに気絶して起きないモブたち、それから半壊した屋敷をほっといて、僕たちは明かりが灯り出した街の中を走り出した。
街の中央を抜ける。
卵型の闘技場って、ひとけがないとここまで静かなんだな。僕たちの足音しか聞こえないや。
更に奥へ、奥へ。目指すのは、大事な番の待つ場所。
見慣れた貧民街に入る。
起き出した住民が僕たちを見て、それから抱っこされた番を見て、声高々に歓声を上げている。
中には「こっちだ!」とリーダーの家を指差す人もいる。
走る。限界を越えて。
「リーダー!」
ノックもせずに、いつもなら「お邪魔します」と丁寧に入る勇者でさえ、今この瞬間だけは扉を乱暴に開けた。
リーダーに支えながらなんとか歩いて出てきたのは、僕たちが最初に会った雪妖精だ。番を見ると、驚いたように目を見開いて、それからふらふらと僕たちに、いや武闘家が抱っこしている番に歩み寄った。
「ぁ、あぁ……。妾の大切な、大切な宝物……。人の子よ、礼を言うぞ……」
雪妖精はすがるように番に抱きついた。
よかった、死ぬ前に会えて、本当によかった……。
僕だけでなく、勇者も、武闘家もエルも僧侶も、涙ぐんでいる。魔法使いは背を向けててわからなかった。
抱っこされた番が、その目をゆっくりと開ける。そして雪妖精の姿を確認すると、
「何、その口調……」
と心底気持ち悪そうに雪妖精を見た。
え?え?僕だけでなく、勇者も驚いたのか首を傾げている。
「ほんなん言われても、めっさ心配したんやで!いきなりハゲデブに連れてかれてもてさ!」
待って待って。さっきまで自分のこと、“妾”とか言ってた人と同一人物で合ってる?
「力もどんどん弱くなってまうし、でもウチだけじゃ助けに行けんが?」
「ほやけど、人様に迷惑かけてまで助けようとせんでええし」
だから誰だよ!
頭に疑問符を浮かべる僕たちを見て、雪妖精が深く頭を下げてから、番に「はよ降りねや」と頭を軽く小突いた。
番は文句を言いながら、でも武闘家には「おおきんのぅ」と笑ってから床に降りた。
「あ、あの……、二人はそれが本当の姿なんですか?」
勇者の言葉に二人は同時に頷いた。
「ほやで!なんか弱気になってもて、つい昔の口調が出てもたわ!」
「びっくりしたやろ?さ、はよ村に帰ろっさ」
二人はお互いの手をしっかりと握りあう。
それから呆れ顔のリーダーに振り返って、朗らかな笑みを見せた。
「元気なようで安心したわ。やっぱ来てよかった!」
「もう捕まんじゃねえぞ、母さん」
「か、母さん!?」
一同にハモった僕たちをほっといて、雪妖精と番は「またのぅ」と手を振って元気に出ていった。悠長に手を振り返しているのはリーダーくらいで、僕たちはどういうことかとリーダーと扉を交互に見つめた。
「話してなかったか?俺も含めて、この貧民街に住んでる奴らは、ほとんど雪妖精たちに育てられたんだ」
「それは、なんで……」
「人を育てるのは金がいるからな。赤ん坊の時に、地上に捨てられちまうのさ」
リーダーはなんてことないように言って、頭をガシガシと掻いた。
「あんま気を使わんでくれよ。俺らはそれが当たり前で、父さんや母さんたちに感謝してもしきれないんだからな」
「おか~さんがいっぱいいるってことなのです~?」
「ま、そういうこったな」
エルは少し考えて、ほっぺを膨らませた。
「羨ましいのです~。エルちゃんたちは兄弟はたくさんいても、おか~さんはたった一人しかいないのです~」
「ま、森妖精はそうだろうな。さてあんたら、俺らからも礼がしたい。大したことは出来ないが、今日は泊まってってくれ」
そう笑うのを合図に、外で待っていたであろう住民たちが一斉に押し寄せてきた。口々にお礼を言ったり、僕たちを褒め称えてくれたり、好きなものを聞かれたり。
日中はそうやって笑い明かして、夜は僧侶のロウソクに火をつけて怖い話で盛り上がって。
そうして僕たちの“青の国”での冒険は終わり、次なる目的地“赤の国”の土妖精に会いに行くことになったのだ。