人力魔法力製造機。
水柱の中で苦しそうに顔を歪める勇者。
僕は一瞬だけ、まるで幻想的なその光景に目を奪われて、でもすぐにハッとエルを振り返る。
「エルたん!まほう!ゆうちゃ、ちんじゃう!」
「で、でも、エルちゃんはまだ、五つ目の魔法は上手く制御できないのです~……!」
尚もグズるエルを見兼ねて、僕は自分でなんとかするしかないと水柱に突っ込んだ。
早くしないと勇者が死ぬ。そしたら、僕は一体誰を倒したらいいんだよ。困るのは僕なんだぞ!
水柱は僕を簡単に飲み込んで、そして息をしようとした僕の中いっぱいに水が入ってきた。
「ごほっ」
むせてもむせても水が入る。
苦しい。やっぱやめればよかった。
先に僕が死ぬんじゃないかな。
水で上手く見えない視界の端に、何やらエルを叱咤している僧侶が見える。口が動いているから何か言っているんだろうけど、生憎、僕も意識が朦朧としてきてよく聞き取れない。
僧侶がエルにスティックを握らせ、そして自分もその上からしっかりとスティックを握った。
もう駄目だと、僕が目を閉じた時。
「死炎なのです~!」
火の最上位魔法、死炎が聞こえて、僕はなんとか目を開けた。
二人が持つスティックの全体が真っ赤に染まり、その先から赤い稲妻のような線が走る。
それは僕たちを囚えている水柱に巻き付いて、そして次の瞬間。
激しい爆発音と共に水柱を火が包んでいった!
「出来たのです~!」
「やったわね、エルちゃん!」
僕たちは、蒸発して無くなった水柱から解放されたけれど、まだ魔女もいるし、そんなに喜んでいる場合じゃない。勇者もそれは同じみたいで、剣を杖代わりにして立ち上がると、息をなんとか整える。
「……よね」
魔女が悔しげに勇者を、そしてエルを睨みつけた。
「生まれた時から“持っている”のは便利よね。どれだけ欲しくても、アタイには無いものなのに……!」
「で、でも他の人の魔法力を使うなんて、そんなの、エルちゃん聞いたことないのです~!」
震える手でスティックを握りしめたエルが、まるで魔女を人ではないようなものを見るような目で見る。
「……“灰の国”。そこはかつて、錬金術士たちによって、最高峰の技術力を誇っていたらしいわ」
「錬金術士……?」
「今はもうほとんど残ってないんだけど、アタイ、見つけちゃったのよん。魔法力がない人間に、魔法力を与える方法」
何かに気づいたように、勇者の目が鋭く細められる。僕も、なんとなくわかってしまった気がする。
「……貧民街の人たちはどうしたんだ」
「生きてるわよ?大事な原動力ですもの、死なせたりはしないわ」
魔女はうっとりするように顔を両手で覆って、それから芝居でもするように両手を広げた。
「この扉も、その人たちの力なんだね」
「違うわ、アタイの力。持ってても有効活用出来てないから、アタイが使ってあげてるのよん」
勇者の表情は、見たことがないくらい険しい。怒ってるんだって、僕にもわかる。けれどこの魔女のことは、僕も許せない。
勇者は、剣をゆっくりと天井へ向けた。
「魔女……、君はさっき“持っている”ことは便利だと言ったね」
「それが何か?」
「きっと君は……。いや、お前は、“持っていても”結局は同じことを言うと思う。そして僕は、“持たず”して魔法を使える仲間を知っている」
魔法を使えない、いや、持たずして魔法を使えるただ一人の魔法使い。
「魔法使い!予定変更だ!魔法剣・烈風!」
勇者がそれを言葉にすると、剣に風がまとわりついた。そのまま剣で天井を斬るように動かすと、剣先はまるで届いていないのに、天井が真っ二つに割れたのだ。
崩れた天井から砂埃と共に降りてきたのは、全てを聞いていたかのような笑いを浮かべる魔法使い。武闘家は天井から顔を覗かせている。
「魔法使い」
「わーってるって。この最強魔法使いであるオレ様が、華麗なる爆発魔法をお披露目しましょうかね」
「爆発……?火の魔法なのです~?」
呑気に首を傾げるエル。けれども、すぐに僧侶がエルを抱きかかえるのを見て、僕はとても嫌な予感がした。
魔法使いが懐から、手のひらくらいの玉?を取り出した。片方にだけ、引っこ抜くようなピンみたいなものがついている。
「おめーら!頭抱えとけよ!爆風裂傷弾!」
魔法使いがピンを抜いて床に投げつけた!
その瞬間、ヤバいくらいの眩しさと、耳が張り裂けるくらいの音が響き渡った!今日一番のデカい音に、もう僕の耳は限界だ。
そしてーー。
「わぁぁぁああああ!」
抜けてしまった床に、僕たちは(魔女も含めて)、真っ逆さまに落ちていった。
勇者が落ちる途中で僕を掴んでくれて、そのまま問題なく着地した。
魔法使いも難なく着地を決めて、上から降ってきた武闘家を受け止めた。
「ありがとうござ……」
言いかけた武闘家が、素早いあの動きで魔法使いから離れる。なんでかと思ったら、更に降ってきた僧侶とエルが魔法使いの上に華麗に乗った。
「うご!」
「着地成功なのです~」
「……」
着地というより、下敷きにしたというほうが正しい。実際魔法使いは「早くどけ」と睨みを利かせているし。
僕を頭に乗せて、勇者は辺りをキョロキョロと見渡した。
「ここは……」
「地下だな。ちっと威力がキツすぎたかもしんねーなー」
僧侶とエルをどかした魔法使いも、同じように辺りを見渡した。真っ暗に近いここは、確かに言われてみれば地下っぽい。
落ちてきた穴から、うっすらと明かりが入ってきているのがまだ救いだ。
そうやって辺りを見ていると、少し離れた場所でうめき声が聞こえた。さっきの魔女が、瓦礫に足を挟まれた状態で倒れていた。
「何が、何がっ、魔法よ!こんなの魔法じゃない!魔法っていうのはもっと」
「じゃ、何が魔法なのか教えてくれよ」
魔法使いが迷わずに魔女の元へ歩いていく。あいつ、見えてんのかな。僕はかろうじて見えるくらいなんだけど。僕はよく見ようと、勇者の頭から降りた。
「真っ暗で怖いのです~」
「エルちゃん、ごめんね。今明かりを……」
勇者が火の魔法を使おうとする。けれど、魔法使いがすぐに「つけるな」と制してきたからやめた。不思議そうながらも、それでも勇者は魔法使いの意図がわかったようだった。
魔法使いは魔女を見下ろす。僕からは背中しか見えないけれど、なんだかいつものふざけた感じじゃなくて、もっと冷たい感じがする。
「なー。おめーにとって、魔法ってのはなんだ?力か?癒しか?それとも見栄か?」
「煩い!」
「わかんねーよなー、わかるわけがねー」
魔女は苦しいのか、床を必死で引っ掻いて瓦礫から出ようとしている。魔法使いはかがんで、そんな魔女と視線を合わせた。
「魔法ってのはな、仲間の為に……、仲間やダチの道を作る為のもんなんだよ。おめーみたいな奴には、理解できねーだろーがな」
そう言って魔法使いは立ち上がり、勇者に歯を見せて笑った。勇者も大きく頷いて、それから再び剣を構えた。
「ここを……、地下にあるものを任せてもいいかい?」
「任せとけ。そーゆーのはオレの役目だからな」
「よし!武闘家、エルちゃんを連れて上に向かおう!僧侶は魔法使いと残ってくれ!」
「ゆうちゃ!ぼくも!」
「魔法使い、フロイを頼んだよ!」
「へいへい」
なんでだよ!明らかにこっちのが危なそうだろう!
でも勇者は片手に剣を、もう片手にエルの小さな手を握って、瓦礫の山を上へ向かって身軽に上がっていってしまった。武闘家も勇者の手を借りながら、皆ほどではないけれど、すぐに上へと行ってしまった。
「ゆうちゃ……」
「ま、泣くな非常食。すぐに追いかけてやるからよ。そう、すぐに、な」
魔法使いが僕を僧侶の肩に乗せてくれた。そして懐から短剣を取り出すと、くるりと器用に回してみせた。それを見た僧侶が、懐からロウソクを取り出す(昔買ったあれだ)。
「……やっぱり魔法使いちゃんだったのね」
「なんだ、バレてたのかよ」
魔法使いは「ははっ」と笑い、それからそのロウソクに手をかざした。どうやったのか知らないけれど、その手をどかすと火がついていた。
段々周囲が明るくなっていって。
「なに、これ……」
うっすら浮かび上がってきたのは、壁に埋め込まれたたくさんの人間たちだった。皆苦しそうな、痛そうな顔のまま、埋め込まれていた。
「確かにこれは、刺激が強そうね」
「ロウが手に垂れて、無事なおめーもやべーけどな」
「神の加護よ」
「へいへい」
魔法使いは苦笑いして、それから冷たく魔女を見た。魔女が小さく悲鳴を上げたのが聞こえた。
「ね、ねぇ待ってよ。わかるでしょ?持っていないアナタなら、アタイの気持ちが!」
「……はんっ」
鼻で笑った魔法使いは、僧侶に「非常食にも、見せたくねーなー」と少しだけ悲しそうに言った。それを見た僧侶が「それなら」と懐から何かを取り出す。
縄だ。
「何も魔法使いちゃんが背負うこともないんだし、これで、ね?」
「いーもん持ってんじゃねーか。んじゃ、ここを、こうして、と……」
縄を受け取った魔法使いは、すごく楽しそうに何か作業をしている。僕からはよく見えないけれど、こいつがこんなに楽しそうな時は、大抵よくないことがほとんどだ。
「そうりょ?まほうちゅかい?」
何が起こっているのか見たくてもぞもぞしていると、魔法使いが手を叩いて僕たちを振り返った。
「っし。出来上がりだ」
そこには、どうやったのかわからないけれど、あの魔女が逆さ宙づりになっていた。ちなみに手は、あの時買ったであろう、輪っかがふたつついた拘束具みたいなもので後ろに拘束されている。
「何するの!離して!離してよ!」
魔女は一生懸命動こうとしている。でもろくに動けず、ただ左右に揺れるだけだ。
それを楽しげに眺めていた魔法使いが、伸びをひとつして、今まで見たことないくらいの、誇らしげな笑みを浮かべた。
「あいつは、持っていないオレを“魔法使い”と呼んでくれた。ならオレはいつだって“魔法使い”になるさ。ダチの為に道を作る。それがオレの、オレだけの“魔法”だ!」
「な、何が魔法よ!そんなの認めないわ!」
息を荒くして魔女は言うけれど、魔法使いは気にしていないようで、ポケットからペンを取り出してにやりと笑った。
「さーて。それじゃ、魔法の落書きといきますか」
魔法使いはペンを使って、魔女の額に“肉”と書いた。
「やだ魔法使いちゃん、センスがないわ!ワタシがお手本を見せてアゲル」
「へいへい」
ペンをもらった僧侶は、鼻歌混じりに魔女の顔に極太眉毛を書いた。僕もやりたくて「ぼくも!」と跳ねる。
「はい、どうぞ、フロイちゃん」
もらったペンを口に咥えて、僧侶の両手に乗せてもらいながらなんとか書いていく。
“フロイ様、参上”っと。上出来だ!
「なんだこれ。読めねー」
「まほうちゅかい、なりきん」
「あ?読めねーもんは読めねーんだよ!」
また意地悪しそうになった魔法使いから逃げるように、僕は僧侶の頭のてっぺんに登った。魔法使いは諦めたのか、僕にはもう構うことなく、埋め込まれた人間たちを腕組みして眺める。
「さて。ここの奴らどーすっかなー」
「魔法力を強制的に吸われて、自力じゃもう動けないのね。ワタシに任せてちょうだい」
僧侶はウインクして、半分ほど無くなったロウソクを右手で握り直して、左手を大きく広げた。
「奇跡の光よ。淡い燈火、固い絆、強き心、それらを繋ぎ合わせ言の葉に紡げ。あなたを守りたい!」
始めて聞くその魔法は、僧侶の言葉に合わせるようにして、ロウソクの火がいくつもの小さな燈火に形を変えていく。
その燈火は、埋め込まれた人間ひとりひとりの前で止まると静かに揺れだし、その後体に吸い込まれるようにして消えていった。
「何をしたんだ?」
「魔法力はね、魔法を使える人にとって生命力みたいなものなの。この奇跡は、自分の魔法力を分け与えるもの、みたいな感じかしらね」
「ほー、さすが聖女サマってか」
「もう。白々しいんだから」
二人が笑い合っていると、壁に埋まっていた人間たちから少しずつうめき声が聞こえてきた。
「目を覚ます前に、ワタシたちも勇者ちゃんを追いかけましょう!」
「こいつはどうする?」
「そうね……、彼らに判断してもらいましょう。果たして裁きを下すのは、神なのか人なのか。なんてね」
ウインクした僧侶を見て、魔法使いは「とんだ聖女サマだ」とため息をついた。
二人は勇者たちと同じように瓦礫を登っていく。この際、僧侶が普通に話しているのは、まぁもういいか……。