魔女。
こそこそ、こそこそ。
あぁ、まるでこれじゃ泥棒だよ。いや、今から雪妖精を盗もうとしているのだし、泥棒である意味合っているのかもしれない。
“黃の国”の地下は、当たり前だけれどお日様の光はどこにもない。
ならどうやって夜明けや日没を知るのかというと、この街灯がその役目をしているのだとか。街灯は夜明けが近くなると次第についていって、日没になると次第に消えていく。
その街灯が明るくならない内に、僕たちは足早に富裕街へ向かっていた。ちなみに僕は先頭の勇者の頭に乗っている。
「本当にその作戦で上手くいくんでしょうか……」
不安からなのか、途中で止まりかけた武闘家の頭を魔法使いが小突く。
「やるんだよ。いーか、上手くいくのは運が向いてるからだ。オレらは、上手くやるんだ」
「上手く、やる……。でも出来なかったら……」
明らかに不安な顔は、いつもの武闘家より少しだけ気弱そうに見えた。ちなみに僕は、どういう作戦なのかよく知らない。だから、なんでこんなに武闘家が不安がっているのかがわからない。
「ったく、しょーがねーな。おら、顔上げろ」
「え?」
武闘家が顔を上げた。
すると魔法使いが武闘家のほっぺを両手で掴んで、僕にするようにムニッと引っ張ったのだ。
「ひゃ、ひゃにひゅひゅんでひゅか」
「最強の魔法使いサマがいるんだぜ?今回も、勝利の魔法を華麗にかけてやるよ」
にやりと笑って武闘家を離した魔法使いは、勇者にも笑いかけて「な?」と目を細めた。
「大丈夫、僕らがいるよ!」
「エルちゃんもなのです~」
「……」
僧侶に肩車されたエルも、早朝には似合わない大声でにっこりと笑った。すぐに勇者が人差し指を口に当てて「静かに」とジェスチャーをした。
「皆さん……、そうですね。なんだか私、弱気になっちゃってました!頑張りますね!」
「そりゃよかった。ま、足は引っ張んなよ」
「わかってます!もう……、でも」
武闘家が、さっきまでの不安が嘘のように明るく笑う。
「ありがとうございます」
それに魔法使いは何も言わなかったけれど、代わりに武闘家の頭をくしゃりと撫でた。いつものような乱暴な手つきじゃなく、安心させるように。
「武闘家も元気になったし、作戦の確認をするね」
「はい!」
富裕街に入る少し前で立ち止まって、なるべく物陰になる場所で僕たちは小さく集まった。
「僕と僧侶、エルちゃん、それからフロイで正面から派手に入る」
「私と魔法使いさんは、その隙に裏庭の木を伝って二階まで行くんですよね。魔法使いさんが使った屋根裏まで行って、そこから雪妖精のいる部屋の上で待機」
「お部屋の魔法は~、エルちゃんが解くんですね~」
「そのまま僕たちは雪妖精を攫ったフリをして、また派手に出ていく」
「後はオレらの出番だ。任せときな」
なるほど。つまり、僕は何もしなくていいと。
え、じゃなんで起こされたの!?眠いのに!
僕は気に入らなくて「ゆうちゃ!」と跳ねる。勇者は僕を片手に乗せ直して、
「大丈夫、フロイは僕と一緒だ」
と朗らかに笑いやがった。いや、昨日は一緒がよかったけれど、今日は置いていってもらってよかったよ!
本当に気の効かない奴だ、全く。
「じゃ、僕たちは先に行こう。魔法使い、頼んだよ」
「お互いな」
それぞれに手を振り合って、僕たちは一旦別れた。
僕たち勇者組は、先に成金の家が見える位置まで移動して、それから勇者がエルを見上げた。
「エルちゃん、派手に門を壊せる?」
エルは大きく頷いて、それからスティックを右手に握りしめた。
「くるくるくる~。回れば楽しい、皆で楽しい~。ドンドコドン、ドンドコドン。ドコドコドコドコドンドコド~ン!岩石!」
エルがスティックを振る。
淡い光が先に灯ったかと思うと、門の上に大きな岩が現れた!それはそのまま落ちていって、大きな音を立てて門を壊した!
「よし。僕も派手に行くよ!霧雨!」
勇者が口にした魔法は、辺りを濃い霧で瞬く間に包んでいって、僕たちの姿は見えなくなっていく。
「勇者すごいのです~、エルちゃんも負けてられないのです~!」
「じゃ、エルちゃん。中で魔法対決だ!」
「受けて立つのです~!」
勇者が走り出す。
少し遅れて僧侶がそれを追う。エルは肩車されながら「早く行くのです~」と僧侶を煽っている。完全に馬か何かになっている気もするけれど、まぁ僧侶が気にしてないならいいのかな。
門を抜けた先は、少し広い庭があって、騒ぎを聞きつけた成金関係者(以下モブと呼ぼう)が集まっていた。
勇者は速さを落とさずに、続けて魔法を使う為に大きく息を吸う。
「氷蝕!」
その氷の魔法は、モブたちの足元を凍らせて動けなくした!
戸惑うモブたちに、勇者が「土石!」と一人にひとつずつ、ちょっと大きな石を頭にプレゼントだ!気絶し倒れる直前に、今度は火の魔法で足元を溶かした。
「勇者すごいのです~!」
連続して魔法を使ったせいか、少し息切れしているけれど、それでも勇者はエルに笑ってみせた。
僧侶がすぐに飲み薬の小瓶を勇者に手渡す。それを「ありがとう」と飲み干すと、さっきよりは楽になったのか呼吸が元に戻った。
「エルちゃん、あんまり褒めなくていいよ?」
照れてるのか、ほっぺを掻きながら勇者がエルを見上げた。
「人間の半分は、魔法力を持ってないのですよ~。その中でも色んな魔法を使えるのは少数なのです~」
え。まじでこいつすごい奴じゃないか。
でも勇者はあまり実感がないのか「そうなんだ」とポカンと返しただけだった。
「じゃ、僕は尚更、皆を守らないといけないね」
「エルちゃんも勇者を守るのです~」
「あはは!じゃ、頼りにしちゃおうかな」
嬉しそうにスティックを振り回すエル。勇者はそれを楽しげに見てから、今度は剣を抜いた。
「さて、扉を壊すから皆離れてて!」
ま、待って!僕まだ離れてな……!
「やぁぁぁああああ!」
「いやー!」
力任せに勇者は剣を扉に叩きつけた!
木っ端微塵になっていく扉と、風圧で飛んでいきそうになったのを必死でくっついて耐えた僕。
次からはちゃんと作戦教えろよ!
「さ、皆行こう!」
「派手に暴れるのです~!」
「……」
勇者が先導して廊下を駆ける。
時折、モブが短剣を持って襲いかかってきたけれど、勇者の剣捌きの前じゃ壁にもならなかった。
階段を駆け上がる。
豪華な赤い絨毯が、奥の部屋への道標みたいに敷かれている。趣味の悪い壺やら銅像やらもあったけれど、それに気を取られている暇はなかった。
「あの部屋だ!」
一際立派な金の扉が見えた。
扉の前で立ち止まって、肩車から降りたエルがしばらく扉を見つめる。
「エルちゃん、どうしたんだい?」
「……これ」
エルは呆然と扉を見つめるだけで、魔法を使う様子が全く見られない。
「エルたん?エルたん、まほう!」
「どうして、なんでなのです?なんでこんなに色んな人の魔法力が混ざってるのです~……?」
手からスティックが落ちた。
それを拾うためにかがんだ勇者に、エルは思いきり抱きついた。小さく震える体に、勇者も何も言うことが出来ないでいる。
焦りが見える勇者たちに、廊下の奥から足音が近づいてくる。カツン、カツン、と響く音は、魔法使いが見たら喜びそうなスレンダーな年増の靴音だった。
「あらん?迷子ちゃん?じゃ、なさそうねぇ。森妖精ちゃんかぁ」
「君は誰だ!」
勇者がエルを僧侶に預け、緊張した面持ちで剣先を年増へ向けた。
「アタイは魔女。このおうちでお仕事してるのよん」
「魔女?魔法を使うのか……?」
「違うのです~!この人から魔法力なんて感じないのです~!」
震えたままだけど、でもはっきりとエルは言った。
「この人、この人は……、他人の魔法力を使ってるだけなのです~!」
「他人の?それってどういう……」
気になった勇者が、一瞬だけ“魔女”から視線を外した。
「驟雨」
「!?」
「ゆうちゃ!」
勇者が僕を頭から払いのける。僕は床に転がって、文句のひとつでも言おうと勇者を見る。
魔女が発した水の魔法は、勇者の足元から水柱を作り出し、その中に勇者を閉じ込めていた。
「がぼっ……」
「ゆうちゃ!?ゆうちゃ!」
苦しそうにもがく勇者を、魔女は、醜い顔を更に歪めて、心底楽しそうに、笑ったのだった。