ほうれん草は茹でるとうまい。
あれから僕たちは、リーダーのまとめる貧民街まで逃げて、結局お昼はその辺の普通のご飯を食べた。
戻って調べるって選択もあったんだけど、戻るのも危ないし、そのまま宿へ戻ることに。
夕方頃になって、勇者たちが帰ってきた。
二人とも特に問題なかったのか、また途中で受けたという依頼の報酬を手に持っていた。呑気に依頼を受けていたとか、全く、僕たちがどれだけ大変な目に合ったのか教えてやりたいくらいだよ。
「……」
まぁ、そうだよな、お前は話さないと思ってた。
「そんなことが……。助けてくれた人にお礼を言いたいね」
僕だけ通じないこの疎外感。
べ、別にいいけど。だって僕は仲良しこよしでやっているわけじゃないしね!
武闘家が、雪妖精からもらったという林檎をテーブルに置いて、それからそれを切り分けようとナイフを手にした。
けれども、どう見ても持ち方が果物を切るようなそれでなくて、今から人を刺すような持ち方だ。
「ぶとうか!こわい!」
「大丈夫ですよ、切れます!」
何が大丈夫なのか説明しろよ!お前のそれは“切る”んじゃなく、“刺す”持ち方なんだよ!これだから刃物を持ったことない奴は……。
怖がる僕とは反対に、エルが「ウサギさんがいいのです~」と希望を言っている。ウサギどころか指そのものが出そうだ。
武闘家が大きく振りかぶってナイフを林檎に向けて振り下ろした!
「っと。なーにしてんだ?」
「あ、魔法使い。おかえり、大丈夫だった?」
いつの間にか帰ってきたのか、武闘家の後ろに立って腕を掴んでいたのは魔法使いだ。馬鹿力に握られてしまって、ナイフを振り下ろせない武闘家が「離してください」と文句を言っている。
「オレからの報告は、まぁ追々ってことで……。で、ナイフ使って何してんだ」
「見てわからないんですか?切るんですよ」
「ほー。オレには憎しみを込めた一撃を放つように見えるぜ?」
ほんとそれな。
言われて恥ずかしくなったのか、武闘家は真っ赤になって尚も魔法使いに文句を言っている。けれども魔法使いは特に気にせず、手からナイフを軽く取り上げるとテーブルへと戻した。
そのまま切ってくれると思っていた武闘家も、そしてエルからもブーイングが飛んでくる。魔法使いは林檎を手にすると、これまた気にせずガブリとかじりついた。
「切ってくれないんですか」
「なんでオレが」
「魔法使い意地悪なのです~!エルちゃんにウサギさんしてほしいのです~」
エルが魔法使いの腰に抱きついた。それを煩わしそうにしながらも、本気で払いのける気はないらしい。
「あーったく。皿でも借りてこい」
「じゃ、僕が借りてくるからさ。頼むよ、魔法使い」
苦笑いした勇者の頭に乗って、僕も一緒に行くことにする。あそこにいると煩そうだし、それに、昼間のあいつが魔法使いだってことを伝えないといけないし。
部屋がある二階から降りる階段で、僕は早速と言わんばかりに跳ねる。
「ゆうちゃ」
「フロイ?」
「まほうちゅかい、なりきん」
「ははは、フロイはまだそれ言ってるのかい?魔法使いは嫌な奴じゃないよ」
違う!いや、違くない!あいつは嫌な奴だ。
でもそうじゃない。
「ないふもってる!まほうちゅかい、なりきん!」
「ナイフくらい皆持つさ。あ、すみません、お皿貸してくれませんか?」
ろくに会話が通じないまま、宿屋の女将にお皿を借りて、勇者はまた部屋へ戻っていく。その間も僕は、伝えようと必死に跳ねたけど「仲がいいなぁ」と笑うだけで、全く通じなかった。
「お待たせ、お皿借りてきたよ」
勇者がテーブルにお皿を置くと、待ちくたびれたエルが「早くするのです~」と騒ぎ始めた。
「わーったから、座って待ってろ」
「は~いなのです~」
エルはにっこり笑って手を上げると、勇者の手を取って一緒に椅子へ座らせた。武闘家は魔法使いの近くへ座って、その手先を見ている。
「むけたんですね」
「おめーよりは、な」
「相変わらず失礼ですね」
器用にウサギの形になっていく林檎たち。
いくつかむいた後、次に魔法使いは、残りの林檎をお洒落な木の葉の形へと剥いていった。
「……やるじゃないですか」
「教えてやろーか?」
「いいですっ」
ほっぺを膨らませて、ぷいと横を向いてしまった武闘家を見て、魔法使いは少しだけ苦笑いして、それから「出来たぜ」とエルに示してみせた。
嬉しそうにかじるエルの頭を撫でてから、勇者は「それで?」と林檎に手を伸ばした。
「魔法使い、どこから帰ったんだい?」
「開いてりゃ窓も扉も変わんねーよ」
「君らしい」
勇者は口元を緩ませてから、一口林檎をかじる。
「僕は武闘家と一緒に雪妖精の村に行ってきたんだけど、彼や彼女らは、あまり人間と関わらないみたいだ」
「ま、そーだろーな。氷像のことがあるから、だろ?」
「うん。氷像を作ろうとして生まれてしまったのが、あの雪女らしくてね。目の前で番を殺された彼女は、あのまま魔族になったらしい」
悲しい話だな。それなら人間を恨んでも仕方ないよな。
「悲しみに染まったまま、番のいない世界で生きるしか無くなった彼女を救うために、先代勇者様がたが、彼女を倒そうとしたんだって」
「ま、結局魔王にやらちまったわけだなー」
魔法使いもウサギを掴むと口へ放り込んだ。
僕も食べたくて、ウサギにかじりつこうとしたけれど、微妙に大きくて上手くかじれない。気づいた魔法使いが、またナイフを手にすると更に小さく切ってくれた。
「……なりきん」
「非常食、あんまり言ってっと剥ぐぞ?」
「いやー!」
ナイフを器用にくるりと回す姿は、やっぱりあの時のあいつそのままだ。なんで僧侶もエルも気づかないんだ。
剥がれたらたまったもんじゃないと、もぐもぐと僕も林檎にかじりついて、大人しく皆の話を聞いていることにする。
「んじゃ、オレからも報告するかねー」
魔法使いは、懐から筒みたいに丸めた紙を出すと、それをテーブルに広げた。お皿は僧侶が無言で持ち上げてくれた。
「見取り図、書いてきたぜ」
「すごい……!流石魔法使いだ!」
僕も顔を覗かせて見てみる。
地上二階建てで、どうやら地下があるらしい。
「どこに雪妖精がいるかわかるかい?」
「調べてあるぜ。ここだ」
魔法使いが指差したのは、二階の一番奥の部屋だ。知ってるならそのまま連れてくればよかったのに。
「どうやら魔法で部屋そのものを覆ってるらしくてな。雪妖精も体力が落ちてるのか、屋根裏から連れ出すのは無理そうだ」
「なら、魔法をなんとかして“堂々”と連れ出すしかないね」
意気込む勇者に魔法使いがにやりと笑う。
「で、でも魔法はどうするんですか?部屋を覆うなんて、普通の人は出来ないですよ?」
「エル公がいんだろ。ウサギにしてやったんだ、それくらい働け」
「ん~?よくわかないのですが~、エルちゃんに頼ってるわけですね~」
エルは少しだけ得意気に胸を張って、それから「満足なのです~」とお腹を撫でた。結構あった林檎は半分以下に減っている。どれだけ食べたんだ、こいつ。
「実行は明日でいいかな?」
真剣な眼差しの勇者が皆を見る。
「早朝だ。貧民街の奴らが来る前に終わらせる」
魔法使いの言葉に、武闘家が首を傾げた。
「どうしてですか?夜では何か不都合が?」
「……いや?ただ気分だよ、気分」
「気分って、そんな」
何かしら言いたげな武闘家に、空にしたお皿を突きつけて「戻してこいよ」と魔法使いは手を振った。
「人を使わないでくださいよ」
「エル公連れて、風呂にでも行ってこいって言ってんだよ」
「伝わりませんよ!」
お皿を引ったくって、武闘家はエルの手を引いていく。完全に部屋からいなくなってから、勇者が魔法使いをちらりと見た。
「何かあるんだね?」
「屋敷に入る数と出ていく数が合わない。それに加え、怪しい地下ときた。地下までは時間が足りなくて調べてねー。更に聞いたが、帰らない奴がいるときたもんだ。女子供には聞かせたくねー話を耳に入れちまってな」
「なるほど、わかったよ。地下は出来れば調べたいね」
「ま、最優先は雪妖精の救出だ。もちろん全員無事でな」
勇者が力強く頷いた。
けれどもすぐに「あ」と慌てたように頭を掻いた。
「僕は皆より年下だけど、聞いていい話だったかな?」
魔法使いが一瞬目を丸くして、それから思いきり吹き出した。
「くっ、ははは!今さらだなー。オレはおめーのこと、頼りにしてんだぜ?」
魔法使いは可笑しいとばかりに笑って、それから勇者をまっすぐに見つめた。
「だから明日、背中預けるぜ」
「もちろん。あれも完成したことだしね」
勇者も魔法使いを見つめ返す。
何が完成したのかわからないけれど、どうやら二人は二人で、知らない間に特訓でもしていたのかもしれない。
それに少しの焦れったさを感じながら、まだ話を続ける二人をほっといて、僕はベッドにダイブした。難しい話はよくわからない。
そのままウトウトしてしまってーー。
起こされたのは、まだ日も登りきっていない(地下だけど)肌寒い真夜中だった。