富裕街、それからなりきん。
夜。
何日間か取ってある宿の一室にて、魔法使い以外の全員が揃って、今日の収穫について話していた。
ちなみにエルは真っ先にベッドに潜り込んで、既に寝てしまっている。これだから子供は……。
「僧侶、そっちはどうだった?」
「……」
「そっか。やっぱり一筋縄ではいかなさそうだね」
なんでわかるんだよって突っ込みは、もう疲れたからしないことにしたんだ。それよりも、せっかく作ってくれたあったかいミルクを飲むことに全力を尽くす。
「僕らはあの後、外の魔物を倒してほしいって依頼がちょうどあったから受けたんだ」
「雪犬の毛皮が欲しいらしく、五匹ほど討伐してきたんです」
特に頷くわけでもないけれど、僧侶はきちんと聞いているらしい。瞬きひとつせずに勇者たちを見ている。
正直怖いから瞬きくらいしてほしい。
「その雪犬に、雪妖精が襲われていてね。助けた形になったんだ」
何軽く言ってるんだ。ご都合主義も甚だしいぞ!
でもこれが勇者の持つ幸運ってやつなのかも。
僕はおかわりのミルクが欲しくなって、ずずずと空のお皿を勇者に押し当てた。勇者は「待ってて」と笑うと、部屋を出ていった。
「勇者さんの魔法、強くなってたんですよ。びっくりしちゃいました」
武闘家も自分のカップに口をつけて、思い出したようにほうっと息を吐いた。
「皆さんもきっとびっくりしますよ!」
そんなに強くなられても困るんだけど。やっぱり二人で秘密の特訓をしてたんだな、くそう……。
不貞腐れる僕に気づいた武闘家が「大丈夫ですよ」と笑う。
「フロイさんも見る機会はありますから!」
いや、違うから。
本当にこいつらは馬鹿だなと僕はジト目をして、それから早く勇者帰ってこないかなぁと考えていた。
翌朝。
勇者と武闘家は、昨日助けた雪妖精に教えてもらった村へ向かうということで、また別行動になった。
僕は今度こそ勇者たちについて行きたかったのだけど、エルが「寒いのです~」とワガママを言うから、もふもふの僕は結局エルのお守りになってしまった。
「僧侶~、今日はどこへ行くのです~?」
両手で僕を抱えたエルからは、朝食で出たパンケーキの甘い香りが漂っている。僕も一枚食べたのだけど、あれは絶品だった。食べられなかった魔法使い、ざまあみろだ。
「今日はね、貧民街を一周しようかなと思っているの。お昼は富裕街で食べてみようかしらね」
「わ~い!美味しいもの食べたいのです~!」
「ふふふ。じゃ、その為にも頑張りましょうね」
エルは「えいえいお~なのです~」と手を振った。
なんで僕を握ってるほうを振るの!やめろ!やめ……、うぐ、うぷっ……。
容赦のない力技に、僕は気分が悪くなるのをただただ耐えていた。これだから子供は嫌いなんだよ!
振られ続けながら着いた貧民街には、昨日と似たような格好の奴らが更に増えていた。耳に入ってくる情報から察するに、今から“お勤め”に行くことがわかる。
「お勤め……。昨日の話から考えると、富裕街へ働きに行くのでしょうけど、一体彼らは何をしに行っているのかしら」
「働くのはおかしなことなのです~?」
「あ、ううん、そうではないのよ。ただね、これだけの人の働く場って、本当にあの富裕街だけで足りてるのかしら……?」
あれかな、“じゅよう”と“きょうきゅう”ってやつかな。
前に聞いたことがある。それが欲しいって思う人と、それをあげる人がいることで成り立つんだってことを。
これだけたくさんの人が働きたいと思っている。でも実際はこんなにたくさんの人はいらないってことなのかな。
「あまり危険な場所には近づかないようにしましょう」
「は~い」
手をピンと立てたエルに優しく笑って、僕たちも富裕街へと向かった。
貧民街は、例えて言うなら段ボール製の家ばっかりだったけれど、富裕街の家は、立派なレンガで造られたものばかりだった。
僧侶が聞いた話だと、地中だからか良質な土がたくさん取れるから、それを火の魔法でいい感じに焼いて、こうして建物を造っているらしい。ならそれを貧民街にも使えばいいのにと思ったけれど、成金は嫌な奴だから、きっとそういうことはしないんだろうな。
「例の成金ちゃんについて、少し聞けないかしら……」
誰かに話を聞こうと辺りを見回すも、身なりのよさげな奴らは優雅にカフェしてて、話す隙はありそうにない。
なら働く奴らに聞いてみようかとするけれど、そもそも、あんなにいた貧民街の奴らはどこにも見当たらないのだ。
「……どこに行ったのかしら」
「ん~、微かなのですが~、魔法力を感じるのです~」
「エルちゃん、わかるの?」
僧侶がエルと目線を合わせる。エルに抱えられている僕とも、自然と目が合う。
「エルちゃんはですね~、魔法が得意な森妖精なのですよ~。魔法力の違いくらいわかるのです~」
「流石ね、エルちゃん。その魔法力はどこからかわかる?」
僧侶に頭を撫でられてご満悦のエルは、少し「う~ん」と考えてから、富裕街のさらなる中心地を指差した。
「たぶん、あっちなのです~。でもおかしいのです~、全然増えてなくて、ええっと……」
上手く言葉に出来ないのか、エルは僕を左右にムニムニと引っ張る。だからやめろってば。
それ以上言えないエルに優しく笑って、僧侶はエルを肩車した。僕はそのまま僧侶の頭へと乗り移る。
「行ってみましょ。何かあれば皆のことは守るわ」
この僧侶なら本当に守れそうだから笑えない。
相変わらず楽しそうなエルとは逆に、僕はこっそりため息をついた。
富裕街でも一番立派そうなその家は、僕たちが探していた成金の家だった。
いかにも高そうな鳥の銅像がふたつ立っていて、まるでそれは、入る人たちを威嚇しているようだ。家を囲っている壁にも、なんか変な柄が書いてあって、成金の趣味の悪さを自己紹介しているみたい。
「変な像なのです~」
「しっ。駄目よ、エルちゃん。人の趣味をとやかく言っちゃ」
「は~いなのです~」
いやでも実際悪いし。
と、見ていた僕たちを、なんだかガラの悪そうな奴らが十人ほど取り囲んでいた。これまた趣味の悪そうなメガネに服装、成金の関係者かな。
「ちゅみ、わるい……」
「こら、フロイちゃんも駄目よ」
「ちゅみ……」
僕はそれ以上を言えなかった。なぜなら、関係者(だと思う)が手にナイフを持っていたからだ。エルなんかは、小さく悲鳴を上げて僧侶の頭にしがみついた。
「……何か、御用かしら?」
「いやぁあんさんたち、珍しい組み合わせやなぁおもてな。ちいーっと付きおうてくれんか?」
「こんなか弱そうなワタシたちに、刃物を持ち出すような人にはついて行きたくないわ」
待て。僕とエルはわかるけど、僧侶お前は違うだろ!
でもそんなことを言っている場合じゃない。早く逃げないと!
「そうりょ!はやく!」
「そうね、フロイちゃん。戦うしかないわね」
違うし!僕が跳ねたのを、焚きつけたみたいに受け取るなよ!
「てめぇら、やっちまいな!」
あぁ!早く逃げないから襲ってきた!
僕は怖くて僧侶の頭にくっついた!
「待ちな」
それは高い壁の上から聞こえた。
その場にいた全員が見上げる。
けれども、あれ?そこには誰もいない。
「う、うわっ」
近くの関係者もどきから悲鳴が聞こえる。
関係者もどきは尻餅をついて、地面には握っていたナイフが転がっている。
それとは反対に、頭にターバンを巻いて、口元をスカーフで隠したカッコつけた男が、両手に短剣を持って立っている。時折、持っている短剣をくるりと回してみせた。
なんだ、只のナルシストか?
「あ、貴方は……?」
「その声……、まーいーか。早く逃げな」
一瞬だけこっちを見て、でもそれ以上は見るつもりも、何か言うつもりもないのか、ナルシスト野郎は短剣を関係者もどきにチラつかせた。
その背中が、なんだか見覚えがある気がして、僕は「なりきん……?」と気づかない内に呟いていた。
「……全く、オレが嫌な奴ならお前らをほっとくだろーよ」
「誰かわからないけど、感謝するわ。さ、逃げましょ!」
「ま、まって!なりきん!なりきん!」
頭から降りようにも、エルが必死で僕を掴むから、僕はあの“成金”が誰だか確認出来なかった。でも、僕は、僕だけはわかった。
だって成金が嫌な奴ってことを教えてくれたのは、そう、あいつしかいないからだ。