嫌な奴は全員成金。
次の日。
僕たちは早速、昨日案内してもらったリーダーの家へと向かった。
貧民街に住んでいる人たちからジロジロと見られたけれど、気にしているのは僕と武闘家ぐらいで、特に魔法使いなんかは慣れている様子だった。
勇者、は気にしてないんじゃなく、そもそもとして気づいてないんだろうな。
「……」
「ここだね」
もう僧侶に突っ込むのはやめだ、僕が疲れるだけだしね。
勇者が扉を控えめにノックして、それから「すみません」と開けた。
「こんにち……うわっ」
開けた瞬間にリーダーが短剣を振りかぶってきた!
それを勇者を押しのけて、前に出てきた魔法使いが杖で受け止める。
「よー、散々な歓迎じゃねーか」
リーダーは苦笑いすると、短剣を腰に戻し「すまんな」と頭を下げた。
「雪妖精を助けてほしいとは言ったものの、やはりその実力は試しておこうと思ってな」
「で、実力は?」
「申し分ない。改めて話そうと思う、奥へ入ってくれ」
奥へ消えるリーダーを見つめる魔法使いが、杖を背負い直し、最初に入っていく。僕は相変わらず勇者の頭に乗ったまま、その後を追いかけた。
エルと僧侶は雪妖精といるということで、僕たちは昨日とは違う部屋へ通された。
リーダーが床に少し大きめの紙を広げる。よくよく見ると、それはこの“黃の国”の全体図だった。といっても、地下のある程度の場所が描かれているだけで、細かな地名などは一切描かれていない。
「さて、ここが今いる貧民街になる」
そう指差したのは、中央から少し離れた場所だ。リーダーはそこから指を滑らせていって、真反対の場所を指して止まった。
「ここいらは富裕街。その周囲をいくつかの貧民街が囲うように密集していて、その貧民街に住む奴らのほとんどは、この富裕街からの“オコボレ”で生きている」
武闘家が不思議そうに首を傾げる。
「オコボレって……」
「ま。あんまりいい意味じゃねーのはわかるだろ?んで、オレらはその富裕街に乗り込む悪人になるわけだ」
にやりと笑った魔法使いに、武闘家が「悪人……」と何か言いたげな視線を向ける。
けれども、魔法使いは気にせずに話を続ける。
「その富裕街の、一体どの家に番はいるんだ?もう調べてんだろ?」
「もちろん。闘技大会を始めて、国一番の金持ちになった奴の家だ」
「ほー、成金野郎か」
なりきん……?なんだろう、聞いたことないぞ。
僕は勇者から魔法使いの頭に飛び移ると、その上で何回か跳ねる。
「まほうちゅかい、なに?なりきん、なに?」
「あ?あー、嫌な奴ってことだよ」
「なりきん……、いやなやちゅ……」
魔法使いは、丁寧にペンで“成金”と書いて説明してくれた。横から見ていた武闘家が
「字、書けたんですね」
と珍しく褒めている。魔法使いが「あのなー」とペンをくるくる回した。褒められてるのに、なんでこいつは不満そうなんだ。
でもそうか、成金は嫌な奴なのか。
「まほうちゅかい!」
「なんだ、非常食」
「なりきん!まほうちゅかい、なりきん!」
「なんでだよ!」
頭に乗って跳ねていた僕を引っ掴んで、魔法使いはムニムニと上下左右に引っ張った。やっぱり嫌な奴だ、魔法使いは成金だ。
でも今回の嫌な奴オブザイヤーは雪妖精泥棒だから、そいつを成金と呼ぶことにしよう。
まだ僕を引っ張る魔法使いを置いといて、勇者が地図に目をやったまま「ううん」と唸った。
「まぁ、その成金のとこに乗り込むとして。僕たちは家の中も、ましてや周囲の貧民街についてもよく知らないわけだ」
「そうですね。家の見取り図なんかがあればいいんですが……」
ちらりとリーダーを見る。リーダーは頭を振ると、
「すまねぇ。そこまではこっちも把握出来てねぇんだ。なんたってあっちの奴らとはあんまり仲良くねぇんでな」
「だろーな。強者に縋りつく奴らと、例え弱者でも、自分で生き抜く覚悟を持った奴らとは違い過ぎるからな。まー、オレとしては、覚悟してる奴らのほうが好きだぜ」
ムニムニしたままかっこよさげなこと言うなよ!
魔法使いは僕を武闘家の頭に乗せて、それから地図に目を落とした。
「見取り図、ねー。中から調べるのがいいんだろーが、成金野郎の家を調べるんだったら潜入か……?いや、それだと……」
「潜入、ですか?それなら、私がメイドとして働きに行くのはどうでしょう」
「あ?させるわけねーだろ。言うならもちっとマシな作戦練ってから言え」
また始まった喧嘩を気にせずに、勇者が「あ」と手を叩いた。なんだろう、嫌な予感がするなぁ。
「魔法使い、あの魔法またやってくれる?」
「あの魔法?どれだ」
「なんだっけ、“白の国”で見せてくれたやつ」
あぁ、あの牢屋から抜け出した時のことを言ってるのか。でもあれ、魔法でもなんでもないよね?
けれど魔法使いは「あー」と思い出したように頭を掻いて、それから手で鍵を開ける仕草をしてみせた。
「行く手を阻む者なしか?」
「そう、それだ!」
「ったく。そんじゃ、オレが中を見てくっから、その間、勇者たちで外の貧民街について調べてこいよ」
少し面倒くさそうに見えるけれど、勇者が「ありがとう、魔法使い」と笑顔を向けると、魔法使いは苦笑いを浮かべた。
「二日、いや明日の夜までには帰る。武闘家、勇者を頼んだぜ。強者に縋る奴ってのは、それ以外何も見えてねーもんだ。他人の幸せ、名声、金、いや幸運さえも、あいつらは啜ろうとするからな」
「……そう、ですね。わかりました」
曖昧な、けれどもはっきりと頷いた武闘家の肩を叩いて、魔法使いは「じゃーな」と部屋を出ていった。それを見ていたリーダーが、疑うような視線を扉へと向ける。
「なぁ、あいつは魔法使いなのか?」
「はい!僕らの大切な仲間です!」
「……そうか、それならいい。しかしあれは魔法使いというより」
最後は小声過ぎて聞こえなかった。でも疑いたくなるのもわかる。
だってあいつ、脳筋で、成金の魔法使いだからな!
僕たちもリーダーに簡単に別れを告げると、富裕街の周囲の貧民街を調べるため、早速向かうのだった。