綺麗な氷像には裏がない。
町が広いということは、まぁそれだけ色んな奴がいるということだ。
富豪や貧民、それからお店の主人に客、住民と冒険者とか。
野郎に案内されたのは、町の中心部から離れた、たぶん町の端っこに位置する貧民街だった。
「こっちだ」
風でも吹けば飛んでいきそうなボロ屋に入る。ちなみに地下だからか、風は吹かないし、飛ぶことはなさそうなんだけど。
平屋の奥に通された僕たちは、そこで具合が悪そうに寝ている雪妖精を見つけた。
「わ~、雪妖精なのです~。本物なのです~」
「……貴方たち、一体何を企んでいるの?」
無邪気なエルとは逆に、僧侶が疑いの眼差しを野郎に向ける。すると、雪妖精が寝ているベッドに腰かけていた奴が立ち上がり、僕たちに頭を下げてきた。
「不躾なことを言うようですまんが、雪妖精を助けてほしい」
いきなりのことに困惑していると、雪妖精がうっすらと目を開けて、頭を下げている奴の袖を引っ張った。
「人の子よ、構わん。妾のことは放っておけ」
「でもよ、番に会いたいんだろ?だったら寝てる場合じゃないはずだ」
話が見えない。でもわかることがある。
こいつは、ううん、こいつらは雪妖精を助けたいって思ってる。
「……とりあえず、お話、聞かせてもらえない?」
僧侶が真剣な眼差しで聞くと、頭を下げた奴が少し黙って、それからゆっくりと話し始めた。
「……自分は、この貧民街をまとめている者だ。といっても、貧民街は“青の国”じゃ珍しくない。ここ以外にも貧民街はある。あくまでもここの貧民街をまとめている、と思ってくれ」
「わかったわ、リーダーと呼ばせてもらうわね」
「あぁ、構わない。実は最近、闘技大会中は大人しかった連中が、また騒ぎ出してな……」
エルが「座りたいのです~」と言い出したから、とりあえず雪妖精の寝ているベッドに座らせる。そのまま横になると寝てしまった。空気読めなさすぎ。
「この雪妖精の番を攫いやがったんだ」
「ぐが~、すぴ~」
「……続けてちょうだいな」
リーダー(僕もそう呼ぶことにする)は、苦笑いして首を振ると、近くにいた下っ端っぽい奴に毛布を取ってこさせた。少しボロいけど、エルにはあれで十分だろう。
「あんたら、雪妖精について知ってることは?」
「ほとんど何も。知るために来たのよ」
「そうか。なら少し教えてやるよ」
僧侶にもその辺に座るよう示すと、リーダーは真剣な顔で語り出した。
「雪妖精は、ひとつの核をふたつに分けて番と呼ばれる存在と生涯を共に過ごしている。男女はあるようだが、番に性別差はないらしい」
「番を攫った、と言っていたわね。番を無くすとどうなるのかしら?」
リーダーは少し視線を彷徨わせて、それから思い出したように手を叩いた。
「雪女は知っているか?あれは番を無くした雪妖精の成れの果てだ」
「あの子が……」
僕たちの記憶にも新しいその名は、魔王があの時倒した魔族だった。
それまで黙っていた雪妖精が、重そうに体を動かし起き上がる。気づいたリーダーがそれを支えると、雪妖精は弱々しく首を横に振った。
「アレは、番を無くし、心乱した者の末路。妾たちは番と引き離されると、この身を氷の中へと閉じ込める。だが妾は氷像になるわけにはいかぬ。再び番と会うためにも……」
「ま。その氷像が富豪の間では人気なわけさ」
なんとなく話が読めてきた。
この雪妖精は、どうやらもうすぐ死んでしまうらしい。ということは番とやらも、もうすぐ死ぬと。その時に出来る氷像が欲しい奴らに、その番は捕まえられたんだな。
「話はわかったわ。でもなんでワタシたちなの?」
「いや、妖精を連れてるお前らなら、話を聞いてくれると思ったんだ。お門違いだったなら謝るよ」
疲れたような笑みを向けたリーダーに、僧侶は「そうなの」とひとつ頷き返して、それから寝ているエルを背負った。僕のことは頭に乗せてくれた。
「何にしろ、仲間と話してみないとわからないわ。でもそうね……、勇者ちゃんなら助けてくれるわ、きっと。あぁ、そうだわ」
僧侶はふと気づいたように雪妖精に近づくと、優しい笑みを浮かべた。
「奇跡の光よ、勇敢なる輝きにてこの者に勇気を。柔らかな気配り」
奇跡の魔法だ!お前使えたんかい!
「これで少しは楽になるといいのだけど……」
そう目を伏せた僧侶は、いつものごついおっさんじゃなく、ほんとに癒しの力でも持っているかのような、神々しさがあった。
例の酒場にて集まった僕たちは、早速リーダーから聞いた話をしようとしていた。ちなみに今日は炒飯は頼んでない。
にしても、僧侶が話すつもりなのかな。皆の前で話してるところなんて見たことないけど。
「……」
ほら、何も話してーー。
「そうか、わかったよ。雪妖精を助けよう」
え!?何も言ってないよね!?
「……」
「それは許せませんね」
何も話してないのになんで伝わってるんだよ!もうさっぱりだよ!
僕は運ばれてきた魚の切り身を真ん中からむしゃぶりついて、もう半分諦めたように勇者を横目で見た。
「助けるのはいーが、どこにいんだ?」
「だから、番さんを攫った人のところに……」
「それは誰なんだって聞いてんだよ」
パスタを巻きつけたフォークを武闘家に突き出して、魔法使いは呆れたようにため息をついた。いや、まず行儀が……もういいや。
「確かにここには貧民街がある、が、誰が番を攫ったのかわからねー。そもそも、雪妖精ってのは簡単に捕まるもんか?」
「凄い人が捕まえたのかもしれないよ?」
「……ま、勇者が助けるって決めたんなら、オレは構わねーぜ」
パスタを皿まで舐めつくすようにして食べきった魔法使いが、通りかかった店員に「オススメ定食、三人前で」と告げた。
店員は一瞬だけ驚いたけれど、男三人がいるのを見て納得したのか、店の奥へと消えていった。
「とりあえず今日は食って寝て、明日のことは明日考えよーぜ」
空になったコップに水を注いで魔法使いが笑う。
勇者も「そうだね」と笑うと、食べやすいように切り身を小さく切ってくれた。
ちなみに魔法使いはその後も食べ続け、旅一番の出費になったことでまた武闘家と喧嘩になった。




