荒くれの寝床。
“黃の国”でリーパーとお嬢に見送られて、僕たちは二度目の魔法船に乗って“青の国”に来ていた。
前来た時は闘技大会をやっていて、そこそこ賑わいがあったんだけど、今はあの時ほど人はいない。これがこの町の当たり前なんだろうな。
「なーにする?特に知り合いもいねーしよ」
町中を歩きながら、さっき買ったばかりの饅頭にかぶりついて魔法使いが言った。ちなみに中身は粒餡っていうのが入っていたらしく、一口目で「粒かよ!」って文句を言っていた。
「知り合いはいないけれど、僕たちは妖精に会いに来たんだろう?」
「じゃ、どこにいんだ?」
「うーん……、どこだろうね」
困ったように笑いながら、勇者がほっぺをかいた。
確かに目的はある。けれど、その手段がわからないし、そもそもここに妖精っているのかな。
「エルちゃんは同じ妖精として、何か知っていませんか?」
僧侶の隣を歩くエルが「え~」と頭を両手で抱えた。
「エルちゃんはですね~、森から出たことないのです~」
そうだった。忘れてた。
魔法使いなんかは、最初から期待していなかったみたいで「だろーな」と言って、残りの饅頭を口へと放り込んだ。
「じゃ、皆で手分けして情報収集をしようか。夕方にあの酒場に集合でどうかな?」
「わかりました!私は市場のほうへ行ってみますね!」
それだけ言うと、武闘家は我先にと走り出してしまった。
「市場ねー……」
魔法使いがちらりと周囲を見る。その先には、なんだかガラの悪そうな奴らがいて、武闘家の走ったほうを見ていた。なんだろ、空気悪いなぁ。
それに気づいた魔法使いが、小さく舌打ちしたのが聞こえた。
「一人だと寄り道するかもしんねーし、勇者、ついてってやれよ」
「うん?わかったけど、魔法使いはどうするんだい?」
「オレはそうだなー。ま、その辺うろついてみるさ」
それだけ言って、魔法使いは武闘家とは反対方向へ歩いていってしまった。勇者が肩に乗った僕をエルの頭に乗せて、
「じゃ、僕は武闘家を追うよ。フロイは僧侶とエルちゃんといるんだよ」
「え!?ゆうちゃ、ゆうちゃ!いっちょ!」
待てよ!何考えてるかわからんおっさんと、役立たずのエルのお守りなんて嫌だよ!
「ゆうちゃ!」
「あ、早く行かないと見失っちゃう!じゃ、頼んだよ!」
誰に、何を、頼んだんだ!
エルの頭の上で跳ねていると、エルが「も~」と僕を両手で抱えた。
「フロイ、ワガママ言ったら駄目なのです~。お子様ですね~」
お前が子供だよ!このロリババア!
僕はせめてもの反抗にと手から抜け出そうとするけれど、こいつ掴む力強すぎだろ!少しは加減を考えろよ!
「むー、むー!くる、ちい……!」
「わ~、フロイふかふかなのです~」
僕はもう頭がふわふわしてきた、よ……。
意識が朦朧としてきて、僕の旅はここで終わりかななんて考えていると、
「こらっ、エルちゃん。フロイちゃん、苦しそうよっ」
久しぶりに聞いた僧侶の声で現実に戻ってきた。
いや、お前どれくらいぶりに話したっけ。
「は~いなのです~」
エルはまた僕を頭に乗せると、僧侶を見上げて楽しそうにくるくる回った。
いやてか、お前驚かないの?見た目と声が違い過ぎるでしょ!
「よし、僧侶~、エルちゃんたちもじょ~ほ~しゅ~しゅ~するのです~!」
「そうね、頑張りましょ!」
いやだから声!声!
僕が必死にアピールするものの、特に気にする様子もなく、エルはご機嫌に町へと繰り出した。
横に長いこの国は、地下のほとんどが町になっている。
西の“赤の国”とは電車で、東の“黃の国”とは魔法船で行き来していて、では“白の国”とはどうかというと、最近までクラーケンがいたせいで航路が全く発達しておらず。
かといって、魔法船は“黃の国”の所有物だから移動手段には出来ず、未だに行き来する手段はないらしい。
それでもここまで巨大な町を地下に作れた理由は、あるにはあるらしいのだけど、なんだか僕には難しい説明だったから聞き流した。
「はえ~、エルちゃんさっぱりなのです~」
歴史館みたいなところで、僕たち三人は展示された物品を見ながら、時折流れる説明を聞いている。
「あら?見て」
「ややや~、雪妖精ですか~?」
「エルちゃん、わかる?」
僕も飾られた絵を見てみる。それはどことなく、あの時の雪女を連想させるような、青白い肌の女の人だった。
「これは、雪妖精の女の人なのです~。エルちゃんも絵本で読んだだけなのです~」
「そうなの……。でも、これっぽいわね。よし、皆と合流しましょうか」
歴史館を出ようと出口を目指していると、なんだか陰気臭そうな連中が固まって何か話していた。
「……なぁ、あれ」
「あぁ、……だ」
「……になる」
よく聞こえなかったけれど、ああいった怪しい奴には近づかないのが一番だ。特にここは暗くてジメジメしてるし。
「一体何かしらね……。前に来た時より、なんだか治安が……」
僧侶はエルの手を少し強く握ると、急ぎ足で歴史館を出ていく。
けれど、外へ出たところで、僕たちはたくさんの野郎に囲まれてしまった。見た目が全員危なそうで、反抗したら痛い目にあいそうだ。
「ネェさん、フワリンに森妖精たぁ、いいもん連れてるじゃねぇですかぃ」
「この子は大切な子たちよ。貴方たちはなんなの」
僕からすればお前もなんなんだと言いたい。
てかネェさんってなんだよ、ネェさんって。
「まぁ、手荒な真似はしたくねぇ。どうだい、ちっと付き合ってくれねぇかぃ?」
野郎はそれぞれ短剣やムチや根を持っていて、僕だけならまだしも、役立たずのエルと僧侶を連れては逃げ切れないと思う。
僧侶はエルを抱き上げると、
「……わかったわ」
と苦い顔のまま言った。
てか、なんで誰も見た目と声に突っ込まないんだよ!