高貴な森妖精。
※
結局僕たちもリーパーの家まで戻ってきた。
閉まったままの扉の前で、お嬢が鍵を握ったまま立ち尽くしている。
「……お嬢」
「わかってるわよ!」
勇者を睨みつけて、それからひと呼吸置いて、お嬢は意を決したように鍵を差し込んだ。
がチャリと鈍い音がして、ゆっくりと開いた先。
「いらっしゃい」
金の長髪と、長い耳が特徴的な男が立っていた。
「森妖精……?」
勇者が呟いたそれに、森妖精(?)は可笑しそうに笑うと、
「大体は合ってるね。それより早く入りたまえ、あまり外界の空気を入れたくはないものでね」
「あ、すみません」
慌てて二人が入る。
改めて男を見てみると、確かに耳は森妖精のそれだけれど、明らかに他の森妖精とは異なるものがあった。
身長だ。勇者よりも、いや今まで会った誰よりも高いそいつは、楽しそうに、そして珍しそうに僕たちを見下ろしている。
「さて。久しぶりに鍵を使ったお客さんのようだが……、どうやらここが何かを理解していないようだね?」
お嬢の手元の鍵を見た後、何かしら考えるような素振りを見せた。
「あ、あの、貴方は?」
「私か?私は高貴な森妖精という者だよ。エーデルフ、と呼んでくれて構わない」
森妖精、とはどうやら違うようだ。何が違うのかはわからないけれど。
僕はキョロキョロと辺りを見回してみる。どうやら何かのお店なのか、棚には色んな小物やよくわからない壺やら置いてある。
「ここは、望みのものが手に入る店、と言ったほうがいいかな」
「望みの、もの?」
「そう。二人は何かしら欲しいものがあるから来たのだろう?」
勇者とお嬢はお互いの顔を見合わせた。先にエーデルフを見上げたのは勇者だ。
「友達を助けたいんです。何が必要とか、欲しいとかはわからないけど、助けられる何かが欲しい」
「ほう、自分ではなく“友”の為だと?」
エーデルフは喉を鳴らして笑うと「失礼した」と口に手を当てたままの格好で勇者を見た。なんだかいけ好かない奴だ。
「その友について、聞いていいかな?」
「それなら彼女のほうが詳しいと思います」
そう言うと、勇者はまだ警戒しているお嬢を示した。エーデルフはお嬢を見、それから更に笑い出した。
「な、何よ!」
「いや?君が来たということは……、そうか、あの化け物はまだ狂っていないのか。大した精神力だ、認めざるを得ないということかな」
「……アンタ、リッくんを知ってるの?」
勇者の影に隠れたまま、お嬢が恐る恐るエーデルフを見上げた。リーパーを“化け物”呼ばわりされたことに対して、やっぱりいい気はしないのか、顔は険しいままだ。
「まぁ、昔、ちょいとやりあってね。それで?欲しいのはそうだな……、腹を空かせた化け物へのご飯かな?」
「あるんですか?」
「まぁ、なくはないさ。それ欲しさに奴は来たくらいだしね」
エーデルフは近くの棚から、森に○が書いてあるラベルを張った小瓶を手に取った。中には飴玉が入っている。
それをもらった勇者が、代金を支払おうとベルトにくくりつけた袋を漁るけれど、大した金額は無かったようだ。
「お金は……」
「あぁ、いい、奴につけておく。だから、今度は鍵を使って来いと言っておけ」
勇者とお嬢は目を何回か瞬きした。そして勇者が嬉しそうに笑うと、
「わかりました!ありがとうございます!」
と頭を深く下げた。お嬢は小さく「ありがと」と言っただけで、特に何もしてない。
エーデルフは特に気にした様子はなかったけれど、興味深げにお嬢を見つめた後、
「人魚の鱗、か。花妖精にでも何か頼むつもりだったか?」
「な、な、なんで……!?」
「やめておけ。アレが作る薬にろくなものはない。素直に、化け物に薬を作ってもらうほうが得策だぞ?」
真っ赤になったお嬢をからかうように笑い、エーデルフは棚の下にある引き出しから、小さな箱を取り出した。
「これをやろう、鱗と交換だ」
「何よ、これ……」
「中には香水の瓶が入っている。お前の魅力を引き上げる代物だ。人の心なんぞを操るより、数倍意味あるものだと思うが?」
お嬢は何も言わなかったけれど、無言で差し出した手に握られた鱗が答えのようだ。鱗を受け取って、代わりに箱を渡したエーデルフが、早く帰れと言わんばかりに手を振る。
「人がこんな場所に長居するものじゃない。まぁ、困ったことがあればまた来るといい。気が向けば歓迎してやろう」
「エーデルフさん……」
勇者がもう一度頭を下げる。
それからお嬢に「早く帰ろう」と手を引いていく。
扉を出る際、肩に乗った僕がちらりと振り返ると、エーデルフは、もうどこにもいなかった。
入った場所と全く同じに出た僕たちは、そのままリーパーの家へ入った。
リビングには、先に帰った魔法使いと武闘家、それから魔王とリーパーがいた。エルはお昼寝の時間らしく、二階で僧侶と寝ているらしい。
「ぁ……、二人とも、おかえ、り」
弱々しく笑うリーパーの目は白い。てか、顔色もよくない。
お皿に盛られたお菓子を食べていた魔法使いが、勇者が持っていた小瓶を見てにやりと笑った。
「会えたよーだな。欲しいもんはあったか?」
「うん!リーパー、これ」
勇者が、持っていた小瓶をテーブルに置いた。直接渡さなかったのは、こいつなりに気でも使ったんだろうな。
魔王が先に小瓶を手に取って一瞬驚いた顔をした後、リーパーにすぐ手渡した。
「これ、エーデルフ、の……。勇者くん、キミは、会えたんだ、ね」
リーパーが噛みしめるように言って、そして飴玉をひとつ口に含んだ。段々良くなっていく顔色に比例して、勇者は少し疲れた顔を見せた。
「なるほど。周囲の生気を少しずつ吸い取る仕組みなわけだ。これならリーパーも大丈夫そうだね」
「う、ん……。全く、あの人の、考えること、は、よくわからないな」
苦笑いするリーパーは、もう全然苦しそうには見えない。
と、それまで黙っていたお嬢が、いつの間に箱から出したのか、あの香水を手首に吹きかけた。
あぁ、なんだろう。
いい匂いがする……。
「リッくん!」
「え、な、何?」
「アタシ、どうかな?」
どうって……、いい匂いだなぁ。って違う違う!
あれ?体が勝手に……、お嬢にスリスリしちゃう!
「フロイ、どうしたんだい?」
「ゆうちゃ、ちがう……!ちがう!」
足首辺りにスリスリし続ける僕を見て、勇者は何かに気づいたのか、あろうことか僕をお嬢の肩に乗せやがった!
「お嬢のことが大好きになったんだね、フロイ!」
「ゆうちゃ、ちが、あぁ……!」
なんで?なんで僕以外効いてなさそうなの!?
魔法使いとか効きそうなのに!
「……っ」
「ゆう、くん……?」
テーブルを叩いて立ち上がったのは魔王だ。顔が赤いのを隠そうとしているけれど、僕にはわかる。
お前も効いてるな?
「俺は……」
「ゆうにぃ……?」
「俺は妹に欲情したくなぁぁあああい!」
それだけ叫んで出ていったのを、皆がポカンと見送る中、僕だけがスリスリしながら冷ややかに見送っていた。