食事は何より大事。
※
「わぁ、すごいですね!あんなに歩いた距離を一瞬で!」
リーパーの家まで帰ってきた僕たちは、リビングでくつろぐ勇者と魔法使いを見て、本当に帰って来れたんだなぁと実感した。
ちなみに僧侶は、まるで我が家のようにしてお茶とお菓子の用意をしている。くつろぎ過ぎだろ。
「これがリッくんだけが使える孤空の魔法よ!一番使うのは空間領域って魔法だけど、他にもあるんだから!」
だからなんでお嬢はそんなに自慢げなんだろう。
僕たちはあの丘から、リーパーがよく出入りしている黒い球体(空間領域だっけ?)に入って、ここまで帰ってきたわけだ。それこそ本当に武闘家の言う通り一瞬で、足として使うならとても便利な魔法だなと僕も思った。
そして、帰った僕たちを出迎えてくれたのは勇者たちだけじゃない。
「やぁ、おかえり」
澄ました顔で紅茶を飲んでいたのは、再び会うことになった魔王本人だ。僧侶に「良い淹れ方だね」と笑いかけている。いや、そこで照れるなよ、おっさん。
「あ、魔王はついさっき来てね」
勇者も説明しようとすんな。だから能天気って言われるんだよ。
「少年、いつどこに刺客がいるかわからん。魔法剣士と呼んでくれ」
「あ、そうだった!すみません!」
「……何が魔法剣士よ、バカみたい」
魔王に毒を吐いてから、お嬢はズカズカと椅子に座った。一応魔王の隣に座るんだ……。
「死霊の女王、いやお嬢と呼ぼうかな」
「だから呼び方」
「指輪を外したね?」
「それ、は……っ」
不機嫌そうだったお嬢の顔が歪んだ。魔王は特に咎める言い方も言葉も使ってないけれど、お嬢を反省させるには十分だったようだ。
「あの、私が捕まったからで、そうちゃんのせいでは……」
武闘家がなんとか口を開いたけれど、上手く言葉が出ないようで、それ以上は何も言えなかった。
「……魔法剣士くん、咎めに来た、わけじゃ、ないんだよ、ね」
ため息混じりのリーパーに、魔王は爽やかに笑ってみせると「もちろん」と立ち上がり、
「君を始末しに来た」
「……だと、思ったよ」
「え、ちょ、ちょっと待ってください!」
勇者が慌てて魔王の手を掴む。いきなりの展開に、僕は、というより、魔王とリーパー以外全くついていけてない。
「リーパーが何をしたんですか!僕たちに戦いを教えてくれてたのがいけないんですか!?」
「違う違う。危ない目に合わせた糞馬鹿ファッ○ン野郎に天罰を与えに来たんだよ」
笑顔で言うことじゃないような、雑言罵倒を浴びせた魔王は「死ぬ覚悟出来た?」と右手に炎を出した。特に魔法を使う様子も無かったのに、やっぱり魔王はすごい……。
「まお、じゃなかった魔法剣士さん、僕たちと会話する時と言葉使い違い過ぎません!?」
「あはは、まぁ今は気にしないでほしいかな。それくらいさぁ……、俺、怒ってんだよね」
冷たい視線をリーパーに投げるけれど、特にリーパーも反抗する気はないのか、
「せめて、家の中、は、やめてほしい、かな」
と外へ行こうとする。けれど、急にその体がグラついてバタリと倒れてしまった。
ちなみに何かにつまづいたわけじゃない。
「リッくん!」
慌てて駆け寄ろうとしたお嬢の手を掴んで、魔王は「ほらね」とため息をついた。勇者も向かおうとしたけれど、それも魔王に制された。
「少年。リーパーの……、いや、赤目の好物って何か覚えてるかい?」
「えぇっと……」
なんだっけな、あのヤバい吸血鬼が言ってた気がする。忘れている素振りの勇者に代わって、武闘家が記憶を辿るようにぽつりぽつりと言っていく。
「奇跡の一族と、女性と……勇者の血、でしたっけ」
「まぁ、勇者というより、珍しい血のほうが合ってるんだけどね。ちなみに血と銘打ってはいるが、実際は生気らしいよ?だから彼らが生気を吸ったものは枯れたり、腐ったり、塵になったりするわけだ」
魔王は勇者とお嬢をその場に留まらせると、倒れたリーパーに肩を貸して立ち上がらせる。
「いい加減、俺でも食えばいいのにね」
「今、何か言いましたか?」
「あぁ、いや何も。それはそれとして、ちょっと落ち着くまで皆外にでも行っといで」
よいしょと階段を上がる二人に、勇者が声をかける。
「あの、僕にも出来ることはありませんか?」
「……大好物の料理がずらりと並んでいるとして、君は我慢出来るかい?ずっと空腹のまま、手を伸ばせばそれはすぐに届くのに、だ。わかったら早く出てくのが最善だと思うよ」
魔王は振り返らずに、でもはっきりと冷たく言い放った。
何も言えなかった勇者は、ただ小さく「行こう」と家を出ていった。
環境都市の中心部にて、僕たちは“くれーぷ”を食べながら話し込んでいた。
「なーにが“出てくのが最善だと思うよ”だ。あの澄ました顔をぶん殴りてー」
「まぁまぁ、言ってることがわからなくはないからさ。魔法使いだって、ご飯があって食べられないのは嫌だろ?」
「あれば食う。何か変か?」
「そうですね、貴方はそういう人でしたね」
巻いてある紙を器用に取りながら、武闘家が呆れたように魔法使いを見た。エルは僧侶に取ってもらいながら少しずつ食べている。
そんな僕たちの中で、お嬢だけがくれーぷに手をつけずに、黙ったままだ。
「そうちゃん……?」
武闘家が心配そうにお嬢を見る。勇者も、店員につけてもらったスプーンでミカンと生クリームをすくって僕にくれながら、お嬢をちらりと見た。
「アタシ、迷惑だったのかな……」
「……食わねーなら食っちまうぞ」
「あ、ちょっと!」
魔法使いがお嬢の手からくれーぷを取り上げる。それをお嬢の手が追いかけるけれど、意地悪な魔法使いは高く掲げて渡すつもりはなさそうだ。
「もう……!返してっ」
武闘家が「魔法使いさん」と少し怒り気味になったところで、魔法使いはお嬢の頭を軽く叩いた。
「食いたくて仕方ねーよな。オレはさっきも言った通り、好きなもんは先に食っちまうさ。我慢が出来るほど出来た人間じゃねーし」
掲げたくれーぷをお嬢に返した魔法使いが、口の端を持ち上げた。お嬢は体を震わせながら、魔法使いを睨みつけた。
「アンタとリッくんを一緒にしないでよ!それにアタシだって、アタシだってリッくんを、なんとかしたい。リッくんがラクになるなら、アタシなんか死んだっていいのに……むぐっ」
魔法使いが自分の食べていたくれーぷをお嬢の口に突っ込んだ。あいつが食べ物を人にあげるとか、天変地異でも起こるんじゃないだろうか。
「まだオレより生きてねーくせに、やけに立派な自己犠牲を口にするんだな。いいか、ハッキリ言ってやるよ。おめーが餌になって誰が得すんだ」
「魔法使いさん!」
「黙ってろ。オレはそんな安っちい自己犠牲や自己満足は大っ嫌いでな。誰も得しねーことは、するもんじゃねーよ」
そこまで言って、それから魔法使いはポケットから鍵をひとつ取り出した。先がひし形になっている、見たことのない鍵だ。
「さてさて、そんな優しい自己犠牲の塊にプレゼントだ。オレにはまぁ、無理だったが、おめーなら行けんだろ」
その鍵をお嬢のくれーぷに突き刺して、突っ込んでいたくれーぷを口から離した。お嬢が「あああ!」と悲鳴をあげる。
「魔法使い、それは?」
「くくっ、魔法使いが持つ鍵は魔法の鍵って決まってんだろ?勇者、おめーも行ってやんな。おめーも行けるはずだからな」
何を言っているのかわからないけれど、どうやらあの鍵を使ってどこかへ行けってことなんだろう。勇者が僕の毛についた生クリームを拭き取って、刺さったままの鍵をまじまじと見つめた。
「鍵穴ならどこでもいいぜ。オレらは家に帰るからよ、用事が終わったらおめーらも帰ってこいよー」
自分のくれーぷを食べきると、魔法使いは「行くぞー」とリーパーの家への道を歩き出す。慌ててくれーぷを食べきった武闘家が追いかけて、僧侶はエルを肩車して歩いていく。
「なんの鍵かなぁ」
「わかるわけないじゃない。でも、行ってみろって……」
鍵を抜いてから、ついていた生クリームを拭き取る。それからお嬢がくれーぷを食べ終えるのを待ってから、僕たちは手頃な鍵穴を探し始めた。