人食い花。
痛い。
全身が、とても痛い。
隅でエルは泣いてるし。
武闘家は蔓に絡み取られて動くことも出来ないし。
そしてお嬢は、
手から離れてしまった鎌を、悔しげに、見つめていた。
※
小高いそこは、見晴らしがそれなりに良かった。
通ってきた場所から後ろを見ると、さっきの湖が綺麗に丸い形で見えた。
お日様は半分をとうに過ぎているし、これならお昼ご飯のひとつでも持ってくればよかったなぁ。
「エルちゃん、お腹空いたのです~」
「もう、これだから子供は……。ほら、これあげるから我慢しなさい!」
そう言ってお嬢がポケットから小さな包み紙を出した。エルがそっと開けると、中から四角い茶色の何かが出てきた。
「わ~、チョコレ~トなのです~」
嬉しそうにに口に含んで、エルは「ありがとなのです~」とお嬢ににっこりと微笑んだ。
お嬢はフンッと鼻を鳴らしたけれど、微妙にほっぺが赤い。どうやら照れているらしい。
「そういえば、そうちゃんはなんでそんなに指輪をつけているんですか?」
僕もそれは疑問に思っていた。
両手の親指、それから左手の薬指以外の計七本に指輪をはめている。
「リッくんが作ってくれたのよ。それぞれ用途が違うんだけど、外しちゃいけないのがあって、それがこれ」
お嬢が右手の小指を示す。質素なそれは、他のと比べても一番貧相だ。
「アタシは……、ううん、奇跡の一族は、その辺の僧侶とは比べ物にならないくらい奇跡の力が強くてね、いるだけで“わかる”んだって。だから、普段はこれで抑えて普通の人くらいにしてるの」
「あれで普通くらいなんですか……、凄いんですね」
武闘家の言葉に、お嬢は「そんなことない」と弱々しく首を振る。
「アタシは皆みたいに戦えない……。皆が痛い思いしてるのに、アタシには力がない。魔法を覚えようと学校にも行ってるのに、そもそもとして素質がないの……」
あぁ、だから鎌とか剣で戦ってるわけだ。いや、それでも仮にも四天王なのだから、この武闘家よりは強いと思うんだけど。
「私もですよ」
「ねぇね……?」
武闘家がお嬢の頭を優しく撫でる。
「私も、いつも皆さんに助けてもらってばっかりです。それでも私が皆さんと一緒にいるのは……、いたいのは、私がいたいからです。そうちゃんは違うんですか?」
お嬢は首を強く振って、それからまた気の強い目で武闘家を見上げた。
「アタシも!皆といるの、楽しいのよ!おにぃは意地悪だけど……」
「おにぃ?」
「戦舞姫よ。鬼みたいなことばっかり言うから、鬼ぃで“おにぃ”なの!本人には内緒なんだから!」
口に指を当ててにやりと笑うお嬢に、武闘家はくすりと笑って「内緒ですね」と同じように口に指を当てた。
丘のてっぺんが見えた頃、エルが嬉しそうな声をあげて走り出した。何事かと武闘家が慌てて追いかけると、エルは、足元の小さな虹色の花を眺めているようだった。
「きれ~なのです~。初めて見るのです~」
「花ってこれ?」
「これ以外見当たりませんねぇ」
僕も武闘家から降りて辺りを探すけれど、確かにこれ以外に花は咲いていない。
それにしても、虹色とか趣味悪いと思う。
「一本しかないのに抜くのは忍びないですね」
「でもないなら仕方ないじゃない。ほら、早く抜いて帰りま」
お嬢が花に手を伸ばした時だった。
葉っぱが意思でも持ってるかのように、お嬢の手に巻きついたのだ!
「……っ」
お嬢が隣のエルを乱暴に蹴り飛ばした。
エルは小さく悲鳴を上げながら、僕たちのほうへ転がってくる。
「そうちゃん!?」
「ねぇね、逃げて!」
花はみるみるうちに大きくなって、花の中心部に大きな口を開けた。花は葉っぱでお嬢を掴むと、食べようと口の前にお嬢を持ってくる。
「だ、め……。手が動かせ、ない……」
それじゃ鎌も剣も出せないじゃないか!
お嬢が食べられちゃうよ!
武闘家がエルを起こして、それから力いっぱい体を揺すった。
「エルちゃん、魔法を!」
「ほえ~、任せるのです~。くるくる~。回れば楽しい~、皆で楽しい~」
やってる場合か!
花が口からなんか液体を吐き出してきた!
武闘家がエルを抱えてそれを華麗によける。
「ビュ~ビュ~、バサバサ。吹かれて遠くへ飛んでっちゃえ~。わかばかぜ~」
スティックの先が今度は緑に光って、先端から風が発生する。それはお嬢を掴んでいる葉っぱを刻んで、お嬢は地面に放り出された。
上手く着地出来ずにお嬢が転ぶけれど、いつもの文句は飛んでこなかった。
「そうちゃん、大丈夫ですか!?」
武闘家が叫ぶけれど、僕は知っている。
エルを抱える腕が震えていることを。
「だい、じょうぶ……」
「早く自分に奇跡を!」
「……出来ない、の」
「え?」
武闘家が固まる。もちろん僕も固まった。
「奇跡はですね~、相手を思いやり慈しむ心から起こる魔法なので、自分に奇跡は起こせないのです~」
それ早く言えよ!
あぁ、でも確かに、今まで会ってきた人で自分に奇跡をかけてる人はいなかった!
「それなら早く逃げましょう!エッジさんには、私からも謝りますから!」
エルを自分で立たせて、武闘家はそう提案した。お嬢は少し悔しげに唇を噛み締めたけれど、何も反論することなく頷いた。
けれど、花は僕たちを逃がす気はないのか、地面から大量の蔓を生やすと、あっという間に僕たちを取り囲んだ。
お嬢が鎌で蔓を切るけれど、それは切っても切ってもどんどん生えてくる。
「なら、これで……!」
指輪を外して放り投げる。
それは伯の家で見た五本の剣になって、周囲の蔦を全て刻んだ。
「早く!」
お嬢が声をあげる。
花が怒ったのか、低い唸り声と共に口からまた液体を吐いてきた!
その液体はエルに向かう!
お嬢がすぐさま間に入ったかと思うと、右手を液体に向かってかざした。薄い壁みたいなのが出来たかと思うと、液体は壁に弾かれて地面にかかる。
「こ、怖いのです~!帰りたいのです~!」
「帰りたいなら逃げるのよ!」
「うわ~ん!」
ついに座り込んでしまったエルに、お嬢もその場から動けず、蔦を再生しきった花が、うねうねと体をくねらせた。
お嬢が左手の人差し指をちらりと見る。
「やっぱり、リッくんがいなきゃ……。でも、でもアタシ、頼ってばっかは……」
「きゃあ!」
ハッとしてお嬢が顔を上げる。
蔦は武闘家を縛りあげている。今度は武闘家を食べるつもりだ!
「ねぇね!離して!離してよ!そうよ、アタシのほうが……」
お嬢が震える手で右手の小指に手をかける。
「駄目、ですっ。外しちゃ……!」
「アタシのほうが美味しいんだから!」
お嬢が指輪を外した。
その瞬間、お嬢から光の柱が空まで登っていった。その光はすぐに消えたけれど、花の興味を引くには十分だったようだ。
「そうちゃん!」
悲痛な武闘家の声が聞こえた。
「リッくん、来て……!お願い!」
お嬢が手を組んで指輪に呟いた。
けれども何かが起こるよりも早く、先端の尖った蔦がお嬢を串刺しにしようと伸びてきた!
もう駄目だ!
「人魚たちの狂宴!」
「え?えぇ!?」
かっこいい台詞と共に、湖のほうからたくさんの魚人いや人魚たちが走ってきたのだ!
人魚たちはそのまま花に突撃すると、ボカスカと花をぶん殴り始めた。
ポカンとする僕たちに、軽快な笑い声と共に現れたエッジがウインクしてみせる。
「やっ、元気?」
「なんでアンタが……?」
「呼んだよね?」
肩を震わせたお嬢が、エッジを鋭く睨みつけて、それから力強いビンタをぶちかました。
「呼んでないわよ、バカ!」
「ぎょぎょぎょー!」
軽く吹っ飛ぶエッジを見ながら、お嬢は鎌や剣を使うよりも、拳で戦うほうが強いんじゃないかなと僕は眺めていた。