想像してたのと違う。
※
その湖は、お店からそれほど離れてはいなかった。
途中、観光案内所みたいなところで住民証とかいうやつを出せって言われたけれど、それはお嬢が持っていたから難なく通れた。
そうして着いたのが、この広い海みたいな水溜まりだ。海と違うのは、潮の匂いはしないし、向こう岸に丘が見えてることくらい。湖ってこんな感じなんだな。
「わぁ、綺麗な場所ですねぇ」
髪を押さえながら、武闘家が湖を楽しそうに眺める。
エルなんかは近くまで走っていって、そっと中を覗き込んでいる。あんまり覗くと僕が落ちるからやめてほしい。
「こんな場所に人魚なんているのかしら」
お嬢が辺りを見回した。
「呼んだかい?」
「え?」
湖ばかりを見ていた僕たちの後ろから、少し低い渋めな声が聞こえた。一斉に振り返った僕たちの前に、上半身が魚で、下半身が人間の、誰がどう見てもヤバい奴が立っていた。
ちなみに下半身は白いパンツ?を履いている。勇者や魔法使いが履いてるのとはなんだか違う。
「なんでブリーフなんですか!?」
「ねぇね下がって!こここコイツはアタシがやるから!」
「うわ~ん、怖いのです~!」
泣きわめくエルなんかは戦力外として、やはりというべきか、慌てながらもお嬢は指輪に何か呟くと、鎌を手に出現させた。
「こっちに来たら三枚に下ろすわよ!」
強気な発言だけど、手は微妙に震えている。
「おいおい、そんなに怖がらなくてもいいじゃないか。怪しい奴じゃないんだからさ」
どう見ても怪しい。
いや、怪しいというより、ヤバい奴だ。
「近づかないで!ちょっとアンタ、森妖精なんでしょ!アイツを焼きなさいよ!」
鎌を構えたままお嬢がエルに叫ぶように言う。エルは腰からスティックを抜くと、
「エルちゃんはエルちゃんなのです~!ちゃんと呼ぶのです~」
「わかったから早くしなさいよ!」
「らんぼ~な人なのです~」
ほっぺを膨らませながらも、あのキモい奴をなんとかしたいのはエルも同じようで、手にしたスティックをくるくると回しながら歌い始めた。
「くるくるくる~。回れば楽しい~、皆で楽しい~」
「何よそれ!」
「ちょっと静かにしてほしいのです~。メラリン、メラリン。いっぱい焼けて、まっ黒焦げ~。ご~か~!」
エルがスティックを人魚(仮)に向ける。
その先が一瞬赤く光ったかと思うと、そこから激しい炎の渦が人魚(仮)を包むように向かっていった!
「ぎゃあああ!」
人魚(仮)に当たった!香ばしい匂いが漂い出して、僕は思わず唾を飲み込んだ。
「さ、刺身より……焼き魚をご所望だった、とは……」
生きてる!?
いい感じにこんがり焼けた人魚(仮)は、口からフハッと真っ黒い煙を吐き出すと、
「人の話は聞こうや。見た目で判断しちゃいけませんって言われなかったか?ん?」
「き……」
「き?」
お嬢が鎌から手を離した。
「キモいのよ、馬鹿!」
「ぷぎゃ!」
人魚(仮)のほっぺにお嬢のビンタが入ったのは、結構すぐだった。
腕組みして仁王立ちするお嬢。
目の前で正座する人魚(仮)。
離れた場所ではエルが花冠を作っているようで、一心不乱に花を摘んでいる。時折武闘家がそれを手伝いながら、お嬢と人魚(仮)の話に相槌を打っている。
「で?アンタは人魚なの?」
「見てわかるだろ?」
いや、僕が思っていたのは、上半身が人間で下半身が魚の生き物だと思っていたんだけど。その、奴はどう見ても……。
「人魚というより、私には魚人に見えるんですが……」
それな。僕も思ったわ。
「やだねぇ、これだから人間ってのは細かいんだよねぇ。人魚も魚人も一緒だから」
「リッくんが読んでくれた本の人魚は、もっと綺麗な女の人だったわよ」
「それこそ人間のエゴだな。醜いもの、都合の悪い歴史といったものは、綺麗に、都合のいいように解釈、改変される。それこそ昔から、だ」
いきなり真剣に語りだすなよ、魚人め。
「まぁ、いいわ。アンタが人魚なら、鱗が欲しいんだけど」
「いやいや、やらないし」
「剥がすわよ」
お嬢が人魚の首に鎌を当てる。どちらが悪人かわかったもんじゃない。
「そうちゃん、落ち着いてください」
流石武闘家だ。一応年上なだけはある。
「新鮮なほうがいいほうがいいかもしれません」
お前も同レベルかよ!
首切るよりも、もっと平和的にいこうよ!
僕はエルの頭から降りると、お嬢の足元で跳ねた。
「へいわ!へいわ!」
「もう……、わかったわよ」
お嬢が鎌を引っ込める。けれども警戒はしているみたいで、その目つきは鋭いままだ。
「で。早く鱗ちょうだい」
「んんん、君はさ、顔の皮剥がれたい?」
「嫌に決まってるでしょ。痛いじゃない」
「そうだろ?俺も同じ。だから、いーやっ」
お嬢が再び鎌を出した。いつも怒ってるような目をしているのに、今日はいつもより更に据わっている。リーパーのことが絡むと本当にお嬢は怖い……。
「ま、まぁ落ち着けよ。どうせあれだろ?あれが欲しいんだろ?ほ、れ、ぐ、す、り」
人魚がお嬢にウインクする。図星をつかれて恥ずかしいのか、お嬢が言葉にならない何かを言いながら顔を真っ赤にした。
「うんうん、いいよなぁ。ラブはいい。姿見るだけでキュンキュンしちゃう。俺もさ、好きな子いるんだよね、可愛い子」
「……こんな奴にラブとか言われたくない」
「まぁまぁ」
武闘家が苦笑いして、それからエルの花冠の仕上げを手伝う。もうすぐで出来上がりそうだ。
「それでさ、ものは相談だ。その子が欲しいって花があるんだけどさ、それってあの丘に咲いてんのね。それ取ってきてくれたら、鱗、やるよ」
「自分で行けばいいじゃない。なんでアタシたちが……」
「いやだって、俺魚だし?地上で呼吸できないし?」
いやいや、今話してるし、なんなら普通に息してるよね!?
お嬢も不信感満載じゃないか。もっとマシな理由言えよ!
「……やっぱり三枚に」
再び構えた鎌を見て、人魚があわててヒレを交差する。
「待てったら!いいか?鱗ってのはな、ただ剥ぐだけじゃ意味ないんだって。俺があげてもいいかなって思った奴じゃないと、只の鱗なんだって!」
「はぁ、もう仕方ないわね。ねぇね、いい?」
鎌を人魚の首に当てたままお嬢が武闘家を振り返る。
エルが「出来たのです~」とはしゃぐのに手を叩いていた武闘家が、お嬢に笑いながら「構いませんよ!」と答えた。
「じゃ、行ってくるから、ちゃんと待ってなさいよ。逃げたらただじゃおかないんだから」
「わかったから、逃げないから。それから俺はエッジってんだ。よろしく頼んだぜ」
「あぁ、貴方秋刀魚だったんですね……。湖に、秋刀魚、ですか……」
武闘家が冷えた視線で人魚、エッジを見る。
鎌を仕舞ったお嬢が、早くしろと言わんばかりに反対岸の丘目指して湖のほとりを歩き出す。
エルがエッジに「あげるのです~」と花冠を渡して、走って追いかける。僕は武闘家の肩に飛び乗って、僕たちは丘へと向かうのだった。