花妖精
翌朝。
僕たちは、いや、僕と武闘家、エル、それからお嬢の四人は“環境都市”の外れにある、小さなお店へとやってきていた。
「ここが、花妖精のお店、ですか?」
「そうよ。昨日の作戦を、早速実行するんだから!」
まず、昨日の作戦というのを、僕はまだ何も知らない。
いやそもそもとして、なんでこんな面子なのかというとーー。
※
「え?花妖精って僕たちは会えないんですか?」
朝ご飯を食べていた勇者が、ぽかんとした顔をしてリーパーを見た。
中央にサラダの乗った皿を置いてから、リーパーは「ううん」と苦笑いをする。ちなみに目はもう白い。
「会えない、わけじゃ、ないんだけ、ど……。花妖精は、男の人、を、惑わせてしまう、から」
「アンタみたいな弱っちい奴じゃ、幻惑にかかるのがオチってだけよ。ま、リッくんくらい、自我が保ててしっかりしてるなら別なんだけど」
ふふんと鼻を鳴らして、お嬢が得意気に腕組みをした。別にお嬢の手柄でもなんでもないのに、なんでいつも偉そうなんだろう。
「単に、花妖精がボクみたいな、老体に興味が、ない、だけだと、思うよ」
「老体じゃないもん!リッくんはリッくんだもん!」
「あはは……」
騒ぐお嬢の頭を優しく撫でてから、リーパーは自分のコップに口をつけた。
「じゃ、アタシとねぇねで行ってくる。元々、アタシが花妖精に用があったから丁度いいわ」
「え?で、でもそうちゃん、何かあった、ら……」
お嬢はリーパーの手を払いのけると、席で「リンゴがウサギさんなのです~」とはしゃぐエルの手を掴んだ。
「はえ?」
「この子連れてく。リッくんより魔法は使えないけど、いないよりマシでしょ?」
「なんのお話してるのです~?エルちゃんは、ちゃんと魔法使えるのです~」
ほっぺをプクッと膨らませるエルを半分無視して、お嬢は「いいでしょ」とリーパーを睨みつけた。それでも渋るリーパーに、武闘家が「お願いします!」と頭を下げる。
勢いがよすぎてそのまま机に頭をぶつけた。
「痛いです!」
「ねぇね、大丈夫!?治す?」
「だ、大丈夫、です……」
結構いい音したし、武闘家は涙目だけども、それでもなんとか笑ってみせた。
「……わかった、よ。でもそうちゃん、約束、して?何かあれば、喚ぶんだ、よ?」
「わかってるわよ!子供じゃないんだから」
腕を組んで、フンと鼻を鳴らすお嬢に、武闘家が少し苦笑いして、それから「ごちそうさまでした」と席を立つ。エルも半ば無理矢理お嬢に立たされた。
もちろんエルは不満げだけど、それをお嬢が気にする様子は全くない。
「あ、リーパー。僕もお願いがあるんだけど」
「何……かな?」
「皆が帰るのを待つ間、魔法を教えてほしいんだ」
勇者の申し出は意外だったのか、リーパーは目を何度かパチクリさせた。
僕的にあまり強くなられると困るから、リーパーには反対してもらわないと!それにリーパーって強いはずだ、下手したら死んじゃうし。
「ゆうちゃ!まほう!あぶない!」
「フロイ、心配しなくても大丈夫だよ。危ないことはしないから」
「ちがう!ゆうちゃ!いや!」
イヤイヤと跳ねる僕を見ていた魔法使いが「そーゆーことか」と手を叩いた。
「こいつ、武闘家たちと行きてーんだよ。駄々こねやがって……食っちまうぞ」
「いやー!」
駄目だ、ここにいたら食われる!
跳ね回る僕を見兼ねたのか、武闘家が「魔法使いさん」と言いながら抱きかかえてくれた。
「じゃ、そいつ頼んだぜ。オレもコイツと、深淵の主とやってみたいんでな」
にやりと笑う魔法使いに、リーパーは「もう……」とため息をつく。そんなリーパーと魔法使いを交互に見て、お嬢が小馬鹿にするように、
「アンタみたいな奴、リッくんが魔法使うまでもないわよ。せいぜい、頑張って魔法を使わせることね」
「ほー。それはそれは、楽しみだぜ」
指を鳴らし始める魔法使いを無視して、お嬢は「行きましょ」と我先にと出ていく。引きずられるようにして出ていったエルが「おやつ食べてないのです~」と泣き言を言っていた。
※
まぁ、そんなわけだ。
ジト目でお店を見上げる僕とは対照的に、お嬢は目をキラキラさせながらお店の中を眺めようとしている。
「よし。じゃ、入るわよ」
お嬢が先頭に立って扉を開ける。続いて僕たちも入るけれど、店の中には人一人いなかった。
「すみませーん!ちょっと、誰かいないの?」
お店のカウンターまで行ってみるけれど、店員すら見当たらない。
「留守……、でしょうか?」
武闘家が並べられている商品を見て回る。
花ももちろんだけど、透明の容器に入った花とか、いい匂いのクリームだとか、あと変な小瓶とかが置いてある。何に使うんだろう。
僕も武闘家の肩から降りて、カウンターの上を左右に跳ねる。あ、花クッキーだって。これは美味しそうだ。
「あの」
ん?声が聞こえたぞ?
僕は声のほうへ行ってみることに。
「あの、何か御用でしょうか?」
「え!?」
カウンターの隅にいたのは、僕と同じくらい。つまり手の平サイズの女の子がいたのだ。背中に羽が生えてるから、もちろん人間じゃないことは明白だ。
「あ、やっと見つけたわ。ねぇね、これが花妖精よ」
お嬢が呼ぶと、武闘家だけでなくエルもやって来て、初めて見る花妖精をじっと見つめた。
「エルちゃん初めて妖精に会ったのです~。エルちゃんたちと違うのです~」
確かに、エルたちは耳が尖っているだけで、背丈は人間とあまり変わらない。
けれど、今目の前にいる花妖精は、どこからどう見ても人間じゃない。
「あああ貴方様は死霊の女王様。きょ、今日はどうされました?」
「惚れ薬、欲しいんだけど」
ほ、掘れ、薬?
あれかな、リーパーの植物園の庭でも掘るのかな。
「ま、待ってください。前にも申しましたが、あれはそもそも材料の調達が厳しく、いや、それ以前にですね、ファンクラブの方々から怒られちゃいますよ……!」
花妖精は早口でまくし立てると、飾ってある小瓶の影に隠れてしまった。
けれどもお嬢はそれを摘みあげて、
「第一ね、勝手にそんなもの花妖精の間で作らないでくれる?いくらリッくんが、故郷を無くしたアンタたちを保護したからって。いい?リッくんにはアタシがいるの!」
「うぅ……」
涙目の花妖精はしばらく黙って、それからおずおずとお嬢を見上げる。
「材料だけお伝えしますから、それで勘弁してくれませんか?」
「……わかったわ」
お嬢が花妖精をカウンターへ戻した。花妖精は乱れた髪を手櫛で整えてから、花妖精にとっては大きな引き出しから紙を一枚引っ張り出してきた。
それは“黃の国”の全体地図のようだ。
「ここに、湖があるのは知ってますか?」
「知ってる、けど……」
そこで口籠ったお嬢を不思議がって、武闘家が隣から地図を覗き込む。
「何かあるんですか?」
「ここは、リッくんが行っちゃ駄目だって……」
リーパーの植物園の為に来たんじゃないのか。だったら行くべきだと思うんだけど。
行くなら行くで早く終わらせたくて、僕は地図の上を跳ねた。
「おじょ、いく!ぶとうか、エルたん、いる!」
「そうですよ!私もエルちゃんも、フロイさんもいるんです!」
武闘家に背中を押されたのか、お嬢はこくりと頷くと、花妖精が指している場所に視線を落とした。
「で?何を取ってくればいいわけ?」
「相変わらず気がお強いですね……。では“人魚の鱗”をお願いします」
「“人魚の鱗”?よくわかんないけど、いいわ。任せなさいよ」
地図を畳んでからポケットにしまうと、お嬢は無言でお店を出ていった。武闘家が「ありがとうございました」と花妖精に会釈して追いかける。
僕はエルの頭に飛び乗って、
「エルたん、いく!」
「お散歩なのです~!」
と、意気揚々に湖へと向かったのだった。