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灰の国、奇跡の一族。

 広場を抜けた先は、武闘家が好きそうな服やら小物やらを扱っているお店が並んでいた。


 そこを元気なさげに歩くお嬢の背中が見えて、武闘家はラストスパートとばかりに走るスピードを上げる。


「待って、ください……!」


 手を掴んで引き止めると、お嬢が驚いたように振り返った。目が真っ赤に腫れていて、ほっぺはすごく濡れている。


「何よ、アンタ……。どうせアンタもアタシを悪く言うんでしょ」

「はぁ……はぁ……」


 息切れてて何も話せてないけど!いつも後ろで楽してるからだよ!

 お嬢も感づいたのか、ため息を軽くつくと、武闘家の顔に優しく触れた。


「奇跡の光よ、勇敢なる輝きにてこの者に勇気を。柔らかな気配り(アルストロメリア)

「あ、あれ?体が、楽に……?」

「アンタの身体を一時的に強くしただけ。で、何?」


 ツンケンした態度に、僕はムッとするけれど、武闘家は特に気にする様子もなく、むしろにこりと笑うと、


「食べ歩き、しませんか?私、同じような年の子と、そういうのしたことなくて憧れてたんです」

「え、何……」

「美味しいお店、教えてください!」


 グイグイくる武闘家に負けたのか、お嬢は小さく「いい、けど」と呟いた。武闘家は僕を肩に乗せ直すと「早く行きましょう」と手を引っ張り出した。




 どれくらいかお店を回って、僕たちはあの広場へ戻ってきた。当たり前だけど、もう勇者たちの姿はどこにもない。


「美味しかったですね!」

「う、うん……」

「私が一番よかったのは、やっぱりクレープ屋さんのカスタード生クリームですね!」

「な、何言ってるのよ!ミカン生クリームに決まってるでしょ!」


 すぐさま反論したお嬢を見て、武闘家は微笑んだ。お嬢も釣られたように笑って、それから「ありがとう」と視線を足元へやった。


「素直になるって、難しいですよね」

「……」

「リーパーさんのこと、好きなんですよね?」

「……」


 お嬢は、何も言わなかった。

 けれども、こくんと頷いた瞬間に落ちた涙が、武闘家への返事だったようだ。


「リッくん、は……っ」


 お嬢の声が震えてる。


「アタシなんかより、ずっと……長生き、してて」


 武闘家が、震えるお嬢の肩を優しく撫でる。


「アタシなんか、全然っ、子供、で……っ」

「はい……」

「アタシと一緒に、いてくれるのも、アタシが、一人ぼっちだから……」

「……そう、でしょうか」


 武闘家の言葉に、お嬢が視線を上げる。


「私は、皆さんのことはよく知りません。けれども、長い時間を生きてきたリーパーさんにとって“特別な誰かと過ごす”というのは、きっと相当な覚悟だと思うんです」

「かく、ご?」

「だって、貴方はリーパーさんより早く死んでしまう。リーパーさんは、その“特別な誰か”を必ず看取る立場になってしまう。過ごした時間が長ければ長いほど、その傷は深くなってしまう。なら“特別”って作りたくないと思いません?一人でいたいって、私なら思っちゃいます」

「……っ」


 また泣き出したお嬢の背中を、武闘家は優しく擦る。

 僕もお嬢が泣くのはなんとなく嫌だったから、武闘家の肩からお嬢の頭に飛び乗って、そのまま跳ねてやった。


「おじょ、おじょ!」

「……アンタも、励ましてくれてるの?ロディアみたい」


 ロディア?あ!あの時の嫌味なフワリンか!

 あいつと一緒にされるのはとても癪だったから、反抗してさらに強く跳ねた。


「もう……、わかった、わかったから。ねぇ、アンタいくつ?」

「私は十八ですよ。魔法使いさんより年下なのがちょっと悔しいですが……」


 それを聞いたお嬢が、頭に乗っていた僕をむんずと掴んで、ふにふにと触りながら何か言おうとしている。

 やめろ、花が取れちゃうだろ!


「あ、あの、さ……」

「はい、どうしました?」

「ねぇねって、呼んでいい……?」


 武闘家は少し驚いて、でもすぐに笑うと、お嬢をこれでもかというほど強く抱きしめた。間にいる僕のこと忘れてない!?


「もちろんですよ!私も貴方のこと、そうちゃんって呼んでいいですか?」

「ふがっ、もがもがっ」

「し、仕方ないわね……。ねぇねって呼ぶの許してくれたし、許可してあげるわ。と、特別よ!有り難く思ってよね!」

「ふがー!」


 とりあえず放せよ、苦しいだろーー!





 日も沈んだ頃にお嬢は落ち着いて、お嬢の案内でリーパーの家にやって来た僕たちは、突如中から聞こえてきた魔法使いの声に飛び上がった。


「一緒に暮らしてるだーー!?」


 武闘家とお嬢がお互いを見て、それからお嬢が扉を開いた。


「リッくん、ただいま」

「あ!そうちゃん、おかえり!大丈夫?何もなかった?」


 奥から慌てて出てきたリーパーが、けれどもお嬢の姿を見て目を赤くした。


「ごめんなさい、泣いちゃった……。アタシ、まだ帰らないほうがよかった?」

「いや、大丈夫……。ボクもごめんね」


 額を押さえるリーパーは、誰がどう見ても苦しそうだ。まるで何かを我慢しているような……。


「……食べる?」

「そんなわけない!なんでキミは、そう……っ」

「……顔洗ってくる」

「そうしてくれると助かるよ」


 武闘家に「奥入ってて」と伝えると、お嬢は足早に違う部屋へ入っていった。


「武闘家ちゃん、ありがとう。さ、ご飯出来てるからおいで」


 まだ赤い目のままだけど、リーパーはいつものように優しい笑みで僕たちを迎えて奥へと消えていった。


 二人で暮らしているには少し広めのテーブルに、美味しそうなオムライスが八つ並んでいる。一番小さいのが、きっと僕のだろう。


「それで?聞きたいことって何かな」


 リーパーが席について、勇者のほうをちらりと見る。ちなみにお嬢はまだ戻っていない。


花妖精(ニンフ)についてなんだけど」

「その前に、私からいいですか」


 ご飯に手をつけていない武闘家が、真剣な眼差しをリーパーに向ける。


「貴方と、吸血鬼(ヴァンパイア)は何者なんですか?彼女は……、そうちゃんは奇跡の一族なんですか?」

「……それは」

「そうよ」


 お嬢がズカズカとリーパーの隣に座る。


「そうちゃん、なんで今隣に座るかなぁ……」

「食べないんでしょ?」

「それは、まぁ、うん……」


 深いため息をついて、リーパーは両肘をテーブルについた。


「アタシは奇跡の一族、最後の生き残り。ちなみにリッくんの好きなものはアタシの涙」

「うん、違うからね?変な誤解与える言い方しちゃ駄目だよ?」


 お嬢のコップに飲み物を注いで、それからリーパーは砂糖の入った容器をお嬢に手渡した。


「あれ?奇跡の一族って、確か一夜にして滅んだっていう……」


 そういえば、前に武闘家が話していた気がする。

 オムライスにがっついていた魔法使いが、スプーンを指先で器用に回しながら、武闘家に「おい」と声をかけた。


「だから私はですね……はぁ、もういいです。私も学校で聞いた限りですが、その昔“灰の国”と呼ばれる国で栄えていたのが奇跡の一族だと言われています。灰の国は小さな国でしたが、他の追随を許さないほどの魔法力と技術力で栄えていたそうですよ」

「エルちゃんも知ってるのです~。今から、え~と、長老様がまだ二百才くらいの時にですね~、一瞬にしてその国は無くなったらしいのです~。その際に姿を見せたのが、赤目の人間だったらしいのです~」


 長老って今いくつだよ。


「確かに、地図を見ても灰の国なんてないもんね。あれ?でもそれならなんで、奇跡の一族は最近までいたんだい?」


 勇者が食べる手を止めて、不思議そうにお嬢を見た。


「アタシのご先祖様は灰の国がヤバいって時に、北、つまり“青の国”へ逃げたのよ。他にも“緑の国”へ逃げた血筋もいるって聞いてるわ。ま、会ったことないけどね」


 砂糖がたっぷり入った紅茶をかき混ぜながら、お嬢はリーパーに「ねぇ」と視線をやった。


「リッくんならわかるんじゃないの?その血筋の人」

「んー、わかると思うけど、たぶん、その子は自分がそうだとは知らないと思うよ。だからボクも、知ったとしても言わない」

「そっか」


 溶けきってない砂糖がゴリゴリと底を這う音が聞こえる。どんだけ砂糖入れたんだろう、味覚おかしいんじゃないかな……。


「……あまり、聞かないほうがいいとは思ったのですが、十年前の事件は、もしかしてあの赤目の……?」


 お嬢だけでなく、デザートのケーキを食べていた魔法使いもピタリと止まった。エルだけが「美味しいのです~」とフォークに差したケーキを掲げていた。


「アイツは、楽しそうに皆を……」

「ごめんなさい、もういいです……。本当にごめんなさい……」

「ううん、いい。ねぇねに悪気ないのわかってるから」


 お嬢は紅茶を飲み干すと、椅子から思いきり立ち上がって武闘家に近寄った。


「ねぇね!今日一緒に寝よ!アタシまだまだ話したいことがあるの!」

「そうちゃん……、もちろんですよ!夜更ししましょう!」


 武闘家を立ち上がらせて、その背中をグイグイ押すお嬢が「リッくん!」と振り返る。


「今日リッくんの寝る場所ないから!」

「わかってるよ。ボクは今日寝るつもりないから、二人で使うといいよ」


 苦笑いするリーパーにお嬢が明るく笑って、二人はそのままリビングを出ていった。


「キミたちも、今日は泊まるんでしょ?部屋はあるから、使うといいよ」


 後始末を始めたリーパーに、勇者は「ありがとう」と笑う。その隣で、魔法使いとエルが最後のケーキはどっちが食べるかで揉めていた。





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