花畑に夢はあるか。
“白の国”へ行った時とは、比べ物にならないほど小さな船に乗って、僕たちはここ“黃の国”へと辿り着いた。
前に来た時は、国の北部分を占めている“魔法都市”に入って、そこからそのまま船に乗ってしまったから、南部分を占める“環境都市”には一切寄らなかった。
その“環境都市”がここ。
巨大なドームの中に作られた広い街になる。
「うわぁ……」
誰かがそう言って、天高くまである“空”を見上げた。
お上りさん丸出しで恥ずかしいけれど、僕もまた人のことを言える立場でもなくて、同じように見上げる。
「おや、冒険者さんかい?そんなに空ばっかり見てると、どっかのオーナーみたいに転んじまうよ!ま、あれは足元見てても転んじまうか!」
港町と大通りを繋ぐ道で、開店準備をしていた店主が豪快に笑った。
「あ、あの、そのオーナーって、植物園の?」
「なんだい知ってるのかい?オーナーも意外と有名人なのかもしれんなぁ」
出入り口にかかる“クローズ”の看板をひっくり返した店主は、これまた豪快に笑いながら店の中へと消えていった。
「話、聞けなかったねぇ」
「あれ以上聞きたいなら、なんか買えってことだろ。まー、よくあることだ」
「でもこの店……」
僕たちは店にかかる看板と、中を少し覗き込んだ。
豪快な店主には似合わない花々が置いてある。
「花、ねー……。送る相手もいねーし、適当な道具屋で薬を買えばいーんじゃね?」
「送る相手がいないだなんて、魔法使いさんにしては珍しいですね」
「美人がいれば買うさ。まだ会ってもいねーのに買っても枯れるだけだろ?それは花に失礼だからなー」
脳筋でも花に気を使うことにビックリだ。武闘家も目を丸くして、
「雨でも降るんですかね」
と空を見上げた。魔法使いが舌打ちしたのはこの際無視している。
「じゃ~、エルちゃんがお花ほしいのです~。魔法使い、早く買ってくるのです~」
肩車されたエルが、僧侶の頭をペチペチ叩きながら指示している。いや、流石に怒れよ。ろくな大人にならないぞ(百五十才だけど)。
「なんでオレなんだ、自分で行ってこい」
「エルちゃん、お花もらいたいのです~。早くするのです~」
また揉めそうな空気の中、勇者が「いいじゃないか」と先に店へ入っていく。ぶつくさ言いながらも来る辺り、もう魔法使いもわかっているのかもしれない。
外から見るより、もっとたくさんの種類がある花々から、魔法使いは黄色の可愛らしい花を選んだ。同じ種類の色違いも何本か混ぜてもらい束にすると、それを肩車されたエルに突き出した。
「わ~、綺麗なのです~」
花に顔を近づけては、嬉しそうに笑うエルをちらりと見た後、武闘家が魔法使いの脇をこっそりつついた。
「おわっ、何すんだ!」
「フリージア、知ってて選んだんですか?」
「あー……、たまたまだよ、たまたま」
そっぽを向いた魔法使いを見て、武闘家が小さく笑う。
「たまたまですか。そうですね、貴方は甲斐性なしですからね」
「っせー」
僕にはよくわからないけれど、いつも武闘家が魔法使いに言うのとは、なんだかちょっと違う気がした。もう少し僕が物知りなら、きっとその意味がわかったのかもしれない。
僕も花を見ようと店内を跳ねていると、それに気づいた勇者が僕を肩に乗せてくれた。
「ゆうちゃ、はな!」
「花?フロイも欲しいのかい?そうだな……、じゃ、これにしようかな」
え。別に花が欲しいわけじゃないんだけど。
でも勇者は紫色の小さな花を選んだ。花びらがハート型になっていて、ちょっと可愛い。
「はい、フロイ」
「ぎゃっ」
頭にぶっ刺しやがった!痛い!
こうして笑顔で攻撃してくるなんて、流石勇者、侮れない……。
「店主、さっきの話なんですけど」
「あぁ、なんだい?」
花を買ったからなのか、店主は話を少しはする気になったらしい。勇者の言葉に、気前よく返事してくれた。
「オーナーのことは、皆知ってるんですか?」
「知ってるも何も、この“環境都市”に住んでるからね。一緒に住んでる女の子がなぁ、いつ見ても不憫でなぁ」
「その女の子って、僕らと同じくらいの年で指輪をつけてます?」
店主が「よく知ってるね」と勇者をまじまじと見つめた。
「ありゃあ、あれだ。オーナーに惚れて転がり込んだに違いないね。でも肝心のオーナーは全く見向きもしないったら。はっはっは」
お釣りを勇者に返して、店主は「気をつけてな」と僕たちを見送ってくれた。
勇者が挨拶だけ済ませ出てきたところで、僕たちは改めてどうするか話し合うことにした。
「んで?探すには広すぎんだろ」
「でもあれ以上は聞ける雰囲気じゃなかったし……」
「街の人に聞いて回るしかなさそうですね」
とりあえず、都市の全体図すらよくわからない僕たちは、どこかに地図みたいなものはないかと歩き回ることにした。
道行く人に話を聞こうにも、どうやら僕たちがいるのは居住区ではないのか、話を聞くなら何か買えという空気が漂っていて聞きづらい。
そうこうしてる間に、どうやら街の中心地に出たらしい。
たくさん花が咲いている立派な広場へと着いた。ちょっとお洒落なお店がズラリと並んでいて、くれーぷ、しゅーくりーむ、まりとっつおとか書かれてある。
よくわからないけど、甘い匂いがするから、食べ物屋さんなのかな。
「アタシ、バナナと生クリームのやつって言ったじゃない!」
「え?えぇ?ミカンと生クリームって、言って、なかった、け……?」
なんだろう、聞き覚えのある声だ。
声のほうへ行ってみると、探し人であるオーナー、いやリーパーとお嬢がいた。
リーパーが、紙で巻かれた何かを二つ持って、困ったようにお嬢を見つめている。
遠巻きに見ている人たちが「まただわ」「あの子も困ったものね」「オーナーも早く追い出せばいいのに」と口々に言っている。
「……あの!」
二人に声をかけたのは、勇者ではなく、武闘家だった。
リーパーが「あ」と笑って、お嬢がツンとした態度で武闘家を見る。
「良かったら私、買ってきますよ」
「え?でも、ボクが、間違えただけ、だから……」
遠慮するリーパーの隣でお嬢が俯いて、
「……てない」
「え、何?そうちゃん」
「間違えてないって言ったの!早く渡しなさいよ!」
「え?えぇ!?」
そう言ってお嬢は、リーパーが持っていた片方をぶんどった。困惑するリーパーに、勇者が何事もなく笑いかける。
「リー……、オーナー、久しぶりだね」
「あ、うん、久しぶり。どうした、の?」
「聞きたいことがあって来たんだけど、いいかな?」
リーパーは気まずそうにお嬢をちらりと見る。
ご機嫌斜めなのか、お嬢はリーパーと目を合わそうともしない。相変わらず面倒くさい奴だ。
「好きにすればいいじゃない」
「あ、で、でも、一人じゃ、危ない、よ」
リーパーの言葉にお嬢が目を見開いて、それからぶんどった何かを思いきり投げつけた!それはリーパーの顔にヒットして、ぼとりと地面に落ちた。
「もう子供じゃないの!なんで、なんでリッくんは、いつも、いつ、も……っ」
みるみるうちに涙が浮かんで、それが溢れる前にお嬢は背を向けて走り去ってしまった。
「あれ……?ボク、またなんか、やったの、かな……」
地面に落ちたそれを見つめて、呆然とするリーパー。
「……私、行ってきます!フロイさん、行きますよ!」
「え」
なんで僕まで!?
掴まれた僕に、勇者が「オーナーの家に集合でー」と呑気に手を振っていた。