被った二人。
※
港町に近づくにつれ、潮の香りが強くなっていく。段々海が近づいてきている証拠だ。
海は、前にも見たことはあったけれど、久しぶりだったから実は少し楽しみ。
「見えてきたね」
町の影が見えた頃には、既に夕方だった。
ちなみにそんなに遠くはなかったのだけど、エルがいつまで経っても起きないから、出発したのがお昼過ぎた頃になってしまったのが原因だ。
そんなエルは僧侶に肩車されてご満悦である。ま、あいつの歩幅に合わせて歩いてたら時間が足りないしね(僕はいつも通り、勇者の肩だ)。
エルは歩いてすらいないのに、町に入る頃には寝てしまった。
「船っていくらでしょうね」
「あー、そーいや金考えてなかったかもなー」
ここまで来て考えるのそれ?
もっと早い段階で気づこうよ!
「久しぶりに依頼でも受けようか。今日の夜と宿代くらいならあるし、明日依頼をこなして、船に乗る感じでさ」
勇者の提案に誰も異を唱えず、とりあえずご飯を食べようかと酒場へ向かっている最中だった。それは酒場の前にある、掲示板でのことだ。
「は?無くした?」
「う……、悪いとは思ってるよ……」
「馬鹿も大概にしろよ?またもやしにどやされんぞ」
見覚えのある魔王と、これまた見覚えのある綺麗な舞手が話し込んでいたのだ。
「あ!まお……じゃなくて、魔法剣士さん!」
「へ?」
勇者が無邪気に近寄って、振り返った魔王の手をギュッと握った。魔王は一瞬キョトンとしたけれど、すぐにいつもの澄まし顔に笑顔を浮かべて、
「あぁ、君たちか。どうやら森妖精に会えたようでよかったよ」
「ぶっ……!おま、それ……!」
吹き出して口に手を当てる舞手をちらりと見て、魔王は勇者に「ちょっとごめんね」と言い、舞手と一緒に僕たちに背を向けた。
「後で説教聞くから、今だけは合わせろよ……!」
「くっ……はは……、わあったよ……くくっ」
何かしら会話をして、くるりと振り返った魔王はまた笑顔を見せる。
「次は“黃の国”に行くのかい?」
「はい!前回は西回りだったので、今回は東回りで行こうかと」
「それだと花妖精に会えるだろうね。彼女たちのことは、リーパーに聞くといいよ」
リーパー。魔王の配下であり、深淵の主と呼ばれている奴は、“黃の国”で植物園のオーナーをしている。
確かに花なら詳しそうだし、闇雲に探すより、聞いてみる価値はありそうだ。
勇者は「はい!」と頷いて、それから不思議そうに魔王と舞手を交互に見た。
「お二人は知り合いなんですか?そういえば、前に会った時はお嬢ともいたような……」
「あぁ、彼もまた俺の古き友であり、リーパーたちと同じだよ」
つまりそれって。
勇者たちも気づいたのか、何かを言いかける。
けれども近くを通りがかった女の人が、舞手を見て頬を染めては通りすがるのを見て、魔法使いが気に食わないとばかりに眉を寄せた。
「ほー、大層おモテになるよーで。この女男」
「は?似非魔法使い、今なんつった?」
「顔は良くても耳はわりーみてーだな、女男」
慌てだす武闘家が、勇者の袖を引っ張った。勇者も頷いて、魔法使いの肩を掴んだ。
「魔法使い」
「っせー。麗しき視線を独り占めしやがって。その綺麗な顔に傷つけてやんよ」
指をポキポキと鳴らして、ヤル気満々だ。
対する舞手は、魔王が止めるかと思いきや。
「頑張れ、魔法使いくん」
止めんのかい!
あぁほら、舞手が魔王に対して微妙に怒ってるじゃないか!
「ほぅ、お前はあっちにつくわけだな?」
「俺は未来ある少年たちの味方だよ?もちろん君にも頑張ってほしいけれど。まぁ、ちゃんと手を抜いてやってくれ」
魔王がにやりと笑う。
会話を聞いていた魔法使いが、額に青筋でも浮かぶんじゃないかってくらいに感情を表して、それから杖を勇者に手渡した。
「預けるぜ」
「もう……、怪我はしないように」
「へいへい」
構える魔法使いと、ターンターンと軽くステップを踏み出す舞手。今日は鈴をつけていないから、舞いを披露するつもりはないらしい。
「見てるのが俺らだけってのも淋しいなぁ。よし……、おーい喧嘩だー!喧嘩だぞー!」
魔王が大声を出して周囲の人を集めていく。
酒場からも人が出てきて、あれよあれよという間に観客によって二人は囲まれてしまった。
「なんだなんだ?」
「喧嘩だってよ!」
「どっちが勝つんだ!?」
「賭けだ賭け!」
呼んだ張本人の魔王はというと、爽やかに笑っているだけで、もう干渉するつもりはないらしい。
誰もが見守る中、最初に仕掛けたのは魔法使いだ。
地面を蹴って、拳を舞手の顔目掛けて放つ!
それを舞手はふわりと後ろに下がってよけて、地面に手をつき、両足を使って魔法使いの体を挟むと地面へ叩きつけた!
「がっ……」
「まほうちゅかい!」
舞手が呆れたように頭を掻く。
「おっさんが楽しいとか言うからどんなもんかと思ったが……、大したことねぇな」
舞手が手を叩いて「散った散った」と観客に言う、が。
「……!?」
魔法使いが足払いをかけた!
舞手は体勢を崩しかけるけれど、バク転してなんとか持ち直す。と、そこに起き上がった魔法使いが拳を繰り出した!
それは舞手のほっぺに綺麗に入って、舞手の体をふっ飛ばした!
舞手が殴られた箇所を押さえて、舌打ちと一緒に魔法使いを睨みつける。
「オレも大概だが、お前も人間やめてんなぁ。第一、人の顔殴る奴がいるか、普通」
「オレは言ったはずだぜ?綺麗な顔を傷つけるってな」
へへへと笑う魔法使い。舞手もまた、楽しそうに見える。
「大体なー」
ふらつく体を鼓舞し、魔法使いが地面に血反吐を吐き捨てた。
「オレと被ってんだよ!」
「は?」
観客も含めて、全員の頭に疑問符が浮かんだだろう。
「女好きだし!」
「まぁ、男だからな」
「格闘主体だし!」
「オレは舞いが主体だ」
「モテてるし!」
「……いや、お前は違うだろ」
適切に突っ込んでいく舞手は、呆れたようにため息をついて、それから両手をふわりと振った。いつの間にか現れた大きな扇を見て、魔王が小声で「ヤバいなぁ」と呟いた。
「そこまで言うなら似非魔法使い、武器を持ちな。違いを見せつけてやるよ」
「望むところだ」
勇者から杖をぶんどって、それを構える。
対する舞手が下から上に振り上げ、
「風雅」
とかっこいい単語を発した!
扇から発生した二つの風は、交差しあって魔法使いに向かっていく。流石にヤバいと思った時。
「駄目だよ」
間に入った魔王が剣を抜いて、その風を真っ二つに斬ったのだ!
待って!いつの間にあそこに移動したの?剣を抜くのも、移動するのも全く見えなかった……!
そのまま剣先を舞手に向けて、もう片方の手は魔法使いの杖を握っていた。
僕たちからは、魔王の顔がよく見えない。
「俺は言ったよね、手を抜いてやってくれって。それは駄目だよ」
「……はぁ、わあったよ」
扇が手から消える。
魔王はそれを確認して、魔法使いに苦笑いした。
「ごめんね、ちょっと遊び過ぎたみたいだ」
「……手を」
「ん?」
「手を抜くってなんだよ!まるでオレが弱いみたい、な……っ」
魔王の目が細められる。
口元は笑っているのに、目だけは笑っていないそれは、魔法使いだけでなく、周囲の空気を凍らせるには十分だった。
「嘘は言ってないよ。本当も言ってないけどね」
魔王はそれだけ言って、観客たちに「終わったみたいだよ」と手を振って散らしていく。
それに誰も何も言えず、誰一人としていなくなった頃、魔王が勇者に袋を渡した。
「これ、楽しませてくれたお礼だよ。また会おうね」
「あ、あの……」
何か言おうとする勇者の頭をくしゃりと撫でて、魔王は舞手に「行こう」と示して町中に消えていく。
「殴られ損かよ……、金も渡しちまいやがって」
「いいじゃんいいじゃん」
そんな会話が聞こえてきたのは、まぁ聞こえなかったことにしよう。