森の谷、里。
※
「あ。剣士くん、勇者くんが起きたみたいだよ」
うっすらと見えた先には、僕たちを心配そうに見ている人形使いの姿が見えた。
「あ、れ?人形使い……?」
「待って。すぐに起きないほうがいいよ。あ、僧侶ちゃん、奇跡の魔法お願い」
呼ばれてやって来たゆる僧侶が、勇者の目を隠すように手を優しく置く。呼応するように溢れる光に合わせて、ゆる僧侶が奇跡の魔法をかけていく。
「おはよぉ、勇者くん。奇跡の光よぉ、優しき息吹にてぇ、この者の傷を癒せぇ。明るい希望」
「ぁ……、これ気持ちいい、か、も……」
「ふふふ、おねぇさんの優しさに甘えなさぁい」
そのまま少し経って、ゆる僧侶が手をどけると、顔色がいつもよりいい勇者の姿が。
軽くお礼を言って起き上がる勇者に、どうやら焚き火の番をしていたであろう剣士が鼻で笑った。
「僧侶ちゃんの奇跡は気持ちいいだろ?でも僧侶ちゃんは俺様にベタ惚れなんだわ、すまんな」
「うん、それはいいことだよ」
「……相変わらずだなぁ、ガキ」
剣士が苦笑いして「ん」と棒に刺さった魚を突き出してきた。勇者は「ありがとう」とそれを受け取って、美味しそうにかぶりつく。
僕にはゆる僧侶があったかいミルクをくれた。このゆる僧侶が、今だけはゆる聖女に見える。今だけ。
辺りを見回すと、魔法使いに武闘家、僧侶はまだ眠ったままなのか、横になったまま起きる気配がない。ちなみに離れた場所で、エルと狩人が話しているようだ。
「皆は大丈夫かな?……あつっ」
「まぁ、もう少し待て。にしても……」
剣士が呆れたように勇者を見る。
「森妖精の森に、なんの準備もせずに入るとか正気か?」
「森妖精の森?」
「なんだ、知らねぇのか。これだから何も知らねぇガキは……」
剣士は人形使いに「おい」と丸投げして、剣を片手に森へと消えていった。
「あの、森妖精の森って……」
「森妖精が隠れ住む里、つまりこの森なんだけど、侵入者避けに魔法がかけられてあってね。里へ行くには、森妖精に認められた証を持っているか、森妖精本人たちの案内が必要なんだよ」
その両方がない僕たちは、まんまと魔法にかかったというわけだ。
あれ?ならなんで剣士たちは大丈夫なんだろう。
勇者も同じことを疑問に思ったんだろう。人形使いが勇者を見て、
「狩人ちゃんは、森妖精に育てられたんだよ。あの子の妹でね、だから道を知っているんだよ」
「それで……」
妹?どう見てもエルのほうが幼く見えるけど……。
離れた場所で話していた狩人とエルが、僕たちのところまでやって来た。
「掟」
「そっか。勇者くん、よかったらこの子を里まで送ってあげてくれないかな」
「構わないけど、もう魔法は大丈夫かな?」
狩人がこくりと頷く。
「森妖精に、魔法、効かない。道、真っ直ぐ。里、ある」
「わかったよ、ありがとう。エルちゃん、一緒に帰ろうね」
にこりと笑って勇者が出した手を、エルは少し戸惑い気味に握り返した。
「……ごめんなさいなのです~。悪者ではなかったですね~」
「ううん。森をいじめたのは僕たちだから。こちらこそ、ごめんね」
まだ涙が残る目をエルはぐいと拭って、太陽みたいに明るく笑った。
勇者はエルにも火に当たるよう言い聞かせて座らせると、自分もその隣に座る。そしてゆる僧侶からもらったミルクを飲みながら、剣士が消えていった方角をじっと見つめた。
「そういえば……、君たちは魔王と戦った?」
「言ったら剣士くんに怒られそうだけど……、戦舞姫に剣士くんが見惚れちゃってさ。そしたら、見ていた魔王が“話にならん”って僕たちに転移魔法を使ったみたいなんだよねぇ……。初めて見たよ、転移魔法……」
あぁ、あれをやられたわけね。
それにしても、戦舞姫かぁ。さぞかし綺麗な人なんだろう。
僕も一度でいいから見てみたいものだ。
「さて勇者くん、悪夢で疲れてるだろうし、見張りはオイラたちがするから、もう休むといいよ。明日はたぶん大変だろうから」
「でも皆がまだ……」
「大丈夫。君が起きたのなら、皆もその内起きるはずだから。その間はオイラたちで見張りを」
「ふぁぁ。疲れちゃったぁ。人形使い、見張りよろしくねぇ」
さっさと横になって、すやすや寝てしまったゆる僧侶を見て、人形使いはため息混じりに、
「オイラが見てるからさ……」
と遠い目をしたけれど、たぶん、いつも人形使いは良いように使われてるんだろうなと、僕は思わずにはいられなかった。
翌朝。
昨日の勇者みたいに顔色の良くなった三人が、改めてエルをまじまじと見つめていた。
ちなみにもう剣士たちとは別れている。目的地は“黃の国”だと言っていたし、もしかしたらまた会うかもしれない。
「で?そのエル公を里まで送るって?」
「エルちゃんはエルちゃんなのです~。変なふうに呼ばないでほしいのです~」
持っていたスティックをくるくる回して、エルはふんとそっぽを向いた。
「エルちゃんさん」
「エルちゃんなのです~」
「……エル、ちゃん」
「はいなのです~」
面倒くさいな、こいつ。勇者の肩から、僕はそっとエルを睨んだ。
「エルちゃんは、なんで里から出たんですか?」
「そ、それは、その……」
エルはモゴモゴと口籠る。
そんなエルを見かねたのか、僧侶がエルを肩車した。途端にはしゃぎだしたエルは、少し「う~ん」と頭を捻るような仕草をした後、
「掟なのです~」
「掟?」
「はいです~。あ!里はそこなのです~」
エルが前方を指差す。けれども木が茂っているだけで、特に何か見えるようなことはない。
腰に差したスティックを手にして、それをエルがクルクルと回すと、木と草が左右にさっとどいて、そして蔓で出来た門のようなものが現れた。
「さ、通るのです~。ここが森妖精の里です~」
急かされるように言われて、最初に勇者、魔法使い、それから武闘家に僧侶とエルちゃんが門をくぐった。
木造の家々、屋根は基本草で作られている。エルより少し大きく、勇者たちと同じくらいの人たちが、軒先で話していたり、お店で品物を取り扱ったりしている。
「わぁ、ここが森妖精の里かぁ」
勇者が物珍しそうに里を見ている。僕も初めて見る里に興味津々で、あまり勇者のこと言えないんだけどね。
近くを通りかかった男の森妖精が、肩車されたエルに気づいて声をかけてきた。
「あ、エルちゃん!どこ行ってたの?長老様が探してたよ!」
「え~、それは大変なのです~。勇者~、一緒に長老様に会ってほしいのです~」
ふてぶてしい態度だな。
けれども勇者は嫌な顔ひとつせず、むしろ大きく頷いてにっこりと笑った。
「いいよ。長老様に森妖精についても聞きたいしね」
「わ~い、ありがとなのです~。長老様は奥の木に住んでるのです~」
僧侶の肩から指を差して「あっちなのです~」と足をパタパタさせている。僧侶も怒ればいいのに、特に怒る気はないらしい。
そうして僕たちは長老に会うことになるわけだけど、簡単に了承したことを、僕は恨むことになるわけだ。