巻き込んで、悪夢へ!
目が、覚めた。
そこはさっきいた森と似ているようで、でもなんとなく違うような、そんな不思議な森だった。
辺りを見ると、近くに勇者が倒れているのが見えて、僕は勇者の体や頭に跳ねてやった。もぞりと動いて、どうやら勇者も無事なことがわかる。
「ゆうちゃ、ゆうちゃ」
「ん……、フロイ?あれ、ここは……」
勇者が頭を押さえて立ち上がった。
僕は肩に飛び乗る。
「ここはどこだろう。なんだか不思議な森だなぁ……」
とりあえず勇者は少し歩いて、それから倒れていた仲間を見つけた。僕は魔法使いを、武闘家と僧侶は勇者が起こすことに。
「あ、れ……。勇者さん……?」
「よかった、なんともないかい?」
先に起きた僧侶が、そっと武闘家に薬草を差し出した。それを受け取ってから噛り、武闘家はまだ起きない魔法使いに足蹴を決めた。
「ってー!」
「起きましたか?心配したんですよ?」
「嘘つけ!今蹴っただろ、てめー!」
飛び起きた魔法使いから僕は転がって、そのまま地面へダイブした。僕にも何か一言あってもいいと思う。
「皆、大丈夫かい?」
「武闘家のせいで死にかけたけどなー」
渡された薬草を飲み込んで、魔法使いはギロリと武闘家を睨んだ。もちろん武闘家は横を向いて知らんぷり。
全く、こんな時まで喧嘩はやめてほしい。
「ここはどこだろうね」
「あ!勇者さん、あそこ見てください!」
武闘家が示したほうを見ると、さっきの森妖精が涎を垂らして気持ちよさそうに寝ていた。
「起こしていいのかな?でも一人は危ないよね」
「お人好しもいー加減にしろよ、勇者」
「あら、魔法使いさん。可愛い女の子ですよ?」
「女ならなんでもいーと思ってねーか?」
また口喧嘩が始まる前に、勇者が森妖精に近づいて、優しく肩を揺らした。
「ん……、誰なのです~?エルちゃんはもっと寝ていたいのです~」
「あ、おはよう」
にっこりと笑う勇者。森妖精は何回か瞬きしてから見つめ、それから「あ」と慌てだした。
「悪者なのです~。あれれ~、でもここ……、エルちゃんの悪夢なのです~。大大大ピンチなのです~」
「悪夢?どういうことだい?」
「え~と、え~と。悪者を悪夢に閉じ込めようとしたのですが、どうやらまた失敗したみたいなのです~」
“また”ってなんだ。何回かやらかしてるっぽいぞ、こいつ。
でも勇者は特に気にするわけでもなく「そっか」と森妖精の手を取って立ち上がらせた。
「じゃ、君をここから連れ出さないとね」
「連れ、出す、ですか~?悪者は悪者ではなかったです~?」
「森をいじめたことは本当だから、君にとっては悪者かも」
苦笑いする勇者に、森妖精は「ん~」と少し考えてからふにゃりと笑った。
「エルちゃんのことはエルちゃんって呼ぶのです~」
「そっか、よろしくね。エルちゃん」
「はいなのです~」
森妖精、いやエルはくるくる回ってみせて、それからピースサインをビシリと決めた。
やっぱり、魔王領で見た森妖精より幼い感じがする。エルはまだ子供なのかもしれない。
武闘家も手を出して「よろしくお願いしますね」と笑う。魔法使いは不機嫌そうで、僧侶はよくわからない。
森妖精は武闘家に笑い返してから、その手をふわりと握り返した。
「エルたん、エルたん」
僕は早速マウントを取ろうと、僕のほうが先輩だぞと跳ねた。けれどもエルは目を輝かせると、僕を両手で持ち上げて顔を埋めてきたのだ。
じ、自慢の毛が乱れるだろ!毎日勇者に梳いてもらってるんだぞ!
「わ~、このフワリン可愛いのです~」
「この子はフロイだよ。エルちゃんとも仲良くなれるよ」
「フロイ~、よろしくなのです~」
呼び捨てかよ!子供のくせに。全く、親の顔が見てみたいものだよ。
「よし。じゃ早速エルちゃんの夢から出よう。どうすればいいんだい?」
「夢には、その人が一番怖がってるものが出てくるのです~。それをボカスカやっちゃえば出れるのです~。目を覚ましても出られるのです~」
「エルちゃんの怖いもの?それって一体……」
言いかけた勇者が、ハッとして周囲を見回す。綺麗な花が、いつの間にやら僕たちの回りに咲いていた。
夢の場面がいきなり変わったようなそれに、夢以外でこんな体験するとは思ってなかった(いや、これ夢だった)。
その花をよく見ると、ニタニタと不気味に笑みを浮かべている。そしてモゾモゾと動き出すと、葉っぱを手のように地面についてピョンと飛び出した!二本の根っこで器用に立っている。
気持ち悪っ。
「ぎゃ~!大事なお花に変なものがついてるのです~!早くなんとかするのです~」
「エルちゃん駄目だ、逃げよう!」
勇者はエルを抱っこすると、花の間から逃げようとする。魔法使いも武闘家の手を引いて走り出す。
「待ってくれよぉ、蜜吸ってくれよぉ」
「おいなんか言ってるぞ!武闘家、吸ってやれよ!」
「嫌ですよ!絶対にお腹壊すじゃないですか!」
お腹壊すとかいう問題じゃないよね!?あんな気持ち悪いの、そもそも吸えないよ!
器用に根っこを使って追いかけてくる様は、中々にシュールで気持ち悪い。花の種類も増えてきて段々カオスになってきた。
「アハハ、アハハ」
「甘いんだよぉ」
「吸ってくれよぉ」
もう武闘家なんて半分パニック状態だ。かく言う僕も、こんな悪夢は早く出てしまいたい気持ちでいっぱいだ。
勇者が急に立ち止まった。僕は落ちそうになったのをなんとか踏ん張って、何事かと周囲に目をやる。
「ゆ、ゆうちゃ……」
囲まれている。
花たちは口々に「アハハ」と笑ったり「甘いよぉ」と揺れたりしていて、とにかく気持ちが悪いったらありゃしない。
「どーすんだ!?その怖いものって、こいつらなのか!?」
「わからないのです~。でも森は怒ってるのです~!エルちゃんがいつまでも森を出ないからなのです~」
「森を……?」
「うわ~ん!ごめんなさいなのです~!」
抱っこされたまま泣くエルに呼応するように、周囲の木にも顔が出来て、そして地面までもが揺れだした!
早く出ないとヤバいよ勇者!
「夢、夢……、エルちゃん。今から僕が言うこと、繰り返せるかな?」
「ふぇ……?」
勇者は目を閉じて、コツンとエルと額を合わせた。
「これは夢だ、これは夢だ、これは夢だ。ほら、エルちゃんも。皆も!」
「夢……?夢なのです。夢、なのです~!」
エルが叫んだ瞬間、空にピシリとヒビが入った。
皆の声に反応するように、それは次第に大きくなって――。