ある魔王の憂鬱 一
今から十年前。
世界を、ハイスヴァルムを支配しようとする魔王が、ある五人の冒険者によって討たれた。
ハイスヴァルムは平和になり、冒険者たちも、各々の生活に……戻れなかった。
※
「はあああああ?今日の会議来てんの、リーパーだけ?あいつら舐めてんの?」
俺は持っていた書類を机に投げつけた。
わざわざ人数分書いて、可愛い挿絵までつけて、見やすいようにレイアウトまで考えたのに?
「仕方、ないよ。そうちゃんは、学校、だし。せんくんは、娘ちゃんの、誕生日だって言ってた、し」
散らばった書類をまとめてくれながら、古い友、リーパーは苦笑いを浮かべた。
「いやいや、四天王ともあろう者が、学校?誕生日?はぁ……、はい、仕方ないよなぁ。で?もう一人は?」
「知ら、ない。またどっか、転がりこんでるんじゃ、ない、かな」
「相変わらずだな、あいつ」
リーパーが自分と、そして一緒に住んでいる彼女の分の書類を抜いてから、俺に返してくる。俺はそこから一枚抜いて、
「帰りに戦士んとこ行ってこい」
「え?でも、今日、そうちゃんが、早く帰る、から、一緒にご飯作ろうって」
「行って、こ、い」
「う……」
こう強く押せば彼が折れるのをわかった上で、俺はにっこりと微笑んで書類を握らせた。
「ボクの、こと、便利屋か、なんかだと、思ってない?」
「思ってる」
「うぅ……、わかったよ」
ショボくれた顔で書類を持つリーパーに、すまないと思わないでもない。ない、が、こっちは淋しい淋しい独り身なのだ。
やれ誕生日だ、やれ料理教室だ、やれデートだのと、怠けている配下に意地悪だってしたくもなる。
あぁ、彼女ほしい、切実に。
「俺、モテないのかなぁ」
「え?」
「あ、なんでもない」
ヤバいヤバい。
悲しい独り言が漏れてしまった。でも大丈夫、聞かれてないは、ず……。
「ゆうくんは、モテる、と、思うけどなぁ」
「なんでもないって俺言ったよね?何ちゃっかり拾ってくれてんの?何、仕返し?仕返しですか」
怒りの余り、死炎を奴に食らわすとこだった。俺とリーパーが魔法対決なんてしたら、この城どころか魔王領自体が吹っ飛ぶわ。
明日の都のニュースに“深淵の主、禁断の業火に反旗を翻す”とか書かれそうだ。
「じゃ、今日の会議は、なし、でいい?」
「誰がなしって言ったよ。あるに決まってるだろ、さっさと座れ」
「えぇ?二人しか、いないのに……?」
「煩い。魔王様の言うことです、早く座れくださいお願いします」
リーパーは苦笑いし「わかったよ」と席につく。
俺がリーパーに対しこうやってきつく当たるのも、大目に見てほしい。リーパーは優しすぎるのだ、だからこうやって無理を言って頼り過ぎてしまう。
嫌なら嫌って言えばいいのに、リーパーも笑いながら了承するのだから、まぁ仕方ないよな。
リーパーが手元の資料に目を落とす。
「えぇと、新しいエリアの設立、と、新しい住人受け入れ、と……ん?来月のパーティーに、ついて?」
「あぁ、それはな。俺の誕生日パーティーだよ」
「……」
「目を赤くするな、落ち着け」
赤目を細めるリーパーに、俺は咳払いをひとつしてから、このパーティーの重大さについて話し始める。
「いいか?これは俺の二十六才の大事なパーティーなわけだ。盛大にパーティーを催す、客人を呼ぶ、素敵な女性を見つける。これで俺にも春が来る!」
「甘く考えすぎ。もうちょっと現実見なよ」
「現実見てても彼女は出来ないんだよ!それなら夢に走るしかないだろ!」
「……じゃ、ボク行くから」
立ち上がり、孤空の魔法空間領域を創り出したリーパーは、その中へ入る直前で「あ」と振り返った。
その目はいつもの、穏やかな白目だ。
「ケーキ、焼いてくるから、さ。パーティーとか、しないで、皆で、集まろうよ」
「リーパー……」
にこりと笑って消えていく友を見送り、俺はその場に膝をついた。
「ちげぇぇえええよ!そういうんじゃ、ねぇえんだよぉおおお!」
このダサい姿は、かつての仲間以外には、絶対に見せられない。