炎と魔法と僕。
黒焦げになった狼型の魔物、ウルフを見て、これが魔法というものなんだなと、僕は改めて実感した。
※
立ち寄った街で、最近街の周りをウルフがうろついてるからって、報奨金をかけて討伐者を募っていた。どうやら、そのウルフは珍しく群れを作っているようで、その群れのボスを倒して牙を持ってきてほしいというものだ。
旅の中、お金はこうした依頼をこなして貯めていくのだけど、まぁ簡単にお金が貯まるなら苦労はしない。
「報酬がいいな、これ」
「でも私たちでは倒せないと思います……」
そういった依頼は掲示板に張られている。そこから自分たちに合ったものを選んで、紙を依頼主に持っていて、依頼を受けることを言えば完了だ。
後は討伐した証になるようなものを取ってきて(今回は牙って書いてある)、依頼主に渡して終わり。言えば簡単だけど、そう簡単にいくようなものばかりではない。当たり前だよね。
紙に書いてある金額を数えていた魔法使いは、にやりと笑って、金額を武闘家に示した。
「前から欲しいって言ってた服、買えるぜ」
お金で釣られるわけが……。
「頑張りましょう」
服!?
その為に頑張るって何!しかもお前戦わないじゃん!
勇者と僧侶が道具の買い出しに行ってる間に、なんでこいつらは勝手になんでも決めちゃうかなぁ!
ここは僕が止めなきゃ!そんな強いウルフなんかに挑んで、勇者が食べられたら困るよ!
「だめ。あぶない、だめ!」
「フロイさん、心配してくれているのですね!でも大丈夫です、戦うのは魔法使いさんなので」
あぁ、それならいっか。僕もこの脳筋には思うところがあったんだ。
「は?オレは非力な魔法使い様だぜ?そういう力仕事は勇者にやらせろっての」
「勇者さんは貴方と違って繊細なんです!」
「オレが野蛮みたいな言い方すんな!」
今さら非力とか何言ってんだろうと思うし、自分を野蛮だと思ってないみたいな言い方だし。やっぱりこいつは馬鹿だ。
僕は武闘家の頭から魔法使いの肩にぴょんと移って、その柔らかくもないほっぺをグリグリした。
「まほうちゅかい、がんばれ!」
お前がやらないと勇者が死んじゃうからな。
「ったく、非常食まで一緒になって何言ってんだか……。ん?噂をすればなんとやらってか」
魔法使いが手を上げた先に、買い出しから戻ってきた二人が見えた。紙袋を抱えた勇者が、魔法使いに向かって笑顔を見せる。
「やぁ、二人してどうしたんだい?何かいい依頼でもあった?」
「そうそう!これやろーぜ!」
張ってある紙をぶちりと千切って、魔法使いが満面の笑顔で勇者に渡す。片手で紙袋を抱え直した勇者はそれを受け取って、ふんふんと読んだ後「いいね」と笑った。
僧侶は微動だにせず突っ立っている。ちなみに手ぶらだ。
「よっし、じゃ早速依頼人に話つけに行こうぜ!」
勇者から紙を引ったくって走り始めた魔法使いと、なんだかんだ言いながらも武闘家も追いかける。ちなみに僕は勢いで転がり落ちた。
絶対にあの二人、手伝うつもりなんてない。勇者にやらせるつもりなんだ。
「ゆうちゃ」
「フロイ?」
「あぶない」
受けちゃ駄目だって言いたいのに、この馬鹿勇者は嬉しそうに僕を肩に乗せ直して、
「大丈夫だよ。僕は勇者だから」
追いかけようと僧侶に言って、また両手で紙袋を抱えて勇者も歩き出した。
勇者だから大丈夫という自信はどこにあるんだろう。勇者だから、僕はお前の命を狙っているのに。
※
近くの森まで来た僕たちは、ウルフが群れを成しているという縄張り辺りまで来ていた。
縄張りを作っているのだから、そこに入らなければ襲われないと思うかもしれないが、さっきも言った通り、珍しく群れを成している奴らなのだ。そして群れが大きくなればなるほど、縄張りも大きくなっている。
このままじゃ、街まで縄張りが広がるかもしれないし、街道にも群れが来るかもしれない。
そうなってからでは遅いから、僕らが、僕らみたいな旅人が倒してるんだ。
「この辺だよなー」
杖を片手に、魔法使いが見渡す。もちろんあの杖は殴るためのものだ。
「お腹が減ってないんでしょうか」
手ぶらの武闘家。武器はない。持てないから。
「……」
薬草をスタンバる僧侶は、もういつもの光景だ。
「皆、油断しちゃ駄目だ。相手は魔物だ。油断したらすぐに来るよ」
勇者だけが剣を構えたまま歩いている。
でも頭には僕が乗ったままだ。
「大丈夫だって。いざとなったらオレがとっておきの魔法、見せてやるからさ」
「魔法使えたんですか?」
「切り札だけどな。楽しみにしとけって」
本当に使えたのかな。旅を始めて一ヶ月くらいは経ったけど、まだ一度も見たことない。
疑いの目を向ける僕と違って、先頭を歩く勇者は、振り返らずに「楽しみだなぁ」と笑う。あぁ、これは本気にしてますわ……。
「……待った」
三番目を歩いていた魔法使いが止まった。
不思議に思った武闘家が何か言おうとしたけど、魔法使いに口を塞がれて何も言えてない。
「魔法使い?」
「囲まれてる。獣の臭いだ」
僕は何も臭わない。くんくんとしてみるけど、勇者の頭からのいい匂いしかしなかった。
でも勇者は緊張した様子で森の中に剣を向ける。
「魔法使いでも気づかないなんて……」
「んー、んー!」
「森全体が臭いだらけで全くわからなくてな。強くなってようやく気づけた」
口を塞いでいた魔法使いの手をばしばし叩いて、ようやく離された武闘家が、涙目になって魔法使いを睨みつけた。
「息、出来ませんでした……!」
「わりーわりー」
気持ちはわかる。あいつ脳筋だから、力の加減がわからないんだよ。
「何にしろ、このままじゃ喰われてお終いだな」
魔法使いが杖をくるくる回す。さっき言ってた魔法でも使うのかな。
でも魔法使いは、近くの木に杖をぶっ刺すと、逆上がりの要領でくるりと杖に登って、そのまま枝に飛び移った。
「魔法使い、さん?」
「オレ喰われたくないからさ。その杖は餞別にやるから、頑張ってなー」
それだけ言って、魔法使いは枝と枝を飛び移ってどこかに行ってしまった。ぽかんとそれを見送って、はっと気づいた時には、たくさんのウルフたちに囲まれていた。
涎を垂らしていて、一目見ただけでお腹が空いていることがわかる。目は血走っていてギラギラしている。
最悪だ!僕まで食べられちゃう!
「魔法使いさんの馬鹿!ほんとに行っちゃうなんて!」
泣き顔で武闘家が騒ぐ。でもそれどころじゃない。
勇者が襲ってくるウルフを何匹か斬ってくけど、全然数は減らない。僕も落とされないように引っつくだけで精一杯だ。
「くっ」
ウルフを斬って、それから僧侶は大丈夫かと振り返った。杖を抜いて応戦してるのを見て、勇者が安心した瞬間、武闘家の悲鳴が響いた。
草かげから飛び出してきたウルフが、武闘家の腕にかじりついた!
「武闘家!熱いけど我慢して!灼炎!」
勇者が魔法を放つ。
指先から出た炎はかみついたウルフへ向かって、器用にウルフだけを焼いていった。
「ありがとうございます!でも熱かったです!」
「ごめんね!」
少し赤くなった手を擦って、武闘家は僧侶から受け取った薬草にかじりついた。出血も止まって、赤みも引いて、ほんとあの草ヤバい……。
「でも僕の魔法じゃ、全部を焼くのは無理そうだ……。せめてボスウルフだけでもやれれば……」
数の減っていないウルフを見る。ボスらしきウルフはいなさそうだ。
逃げることも絶望的な状況に、勇者の声に悔しさが滲み出た。こんなとこで死なれちゃ困るのに!
「ゆうちゃ、あきらめる、だめ!かえる!」
「そう、だよね……。そうだよね、フロイ。最後まで頑張ろう!」
なんとか奮い立った勇者は、また魔法を使おうとして。
「待たせたなー!」
「これって……、魔法使いさん!?」
森の奥から聞こえてきた声と、何かが走ってくる音に耳を澄ませる。確かに魔法使いの声だったし、だとしたらこの音はなんだろう。
目を凝らして見ていると、なんと一際おっきいウルフに追われた魔法使いが、こちらに走ってくるのが見えた。え?え?なんで追われてんの。
「勇者!あとは頼んだー!」
魔法使いは器用に木に飛んでウルフの前から姿を消した。待って待って!あのボスウルフ、こっち来るよ!
「そうか!ありがとう、魔法使い!」
勇者は意図がわかったのか、剣先をボスウルフに向けて、そして一瞬だけ意識を集中させたかと思うと、
「賀茂別雷神!」
そう言って剣を突き出した!
先から稲光が走ったかと思うと、ボスウルフの身体を雷が走ったように線が入って、そしてプスプスとウルフの身体はこんがり焦げた。
「流石勇者!」
調子のいいことを言って木から降りてきた魔法使いに、いつも通り武闘家が何か喚いてる。いつもはまたか……と思うけど、今日は僕も魔法使いに文句を言ってやりたい気分だ。
でも。
「一人でボスをおびき出すなんて、危ないじゃないか!」
「へへっ、悪かったよ」
「全く……」
勇者が珍しく怒ったから、僕は魔法使いの頭に乗って跳ねてやるだけにした。
僕の優しさに感謝するといいよ。
ボスがいなくなったことで群れはなくなった。
そして僕たちは牙を抜けなかったから、街までボスウルフを引きずるはめになったことは、まぁここで語らなくてもいいか。