ゆうちゃと魔王と僕。
紫の長い髪、禍々しい形の角、悪意に満ちた目。
僕は全身の毛が逆立つのを感じながら、あぁこれが魔王なのかと、立派な椅子に座るそいつを見つめた。
「魔王……、やっとここまで来れた……!」
勇者が剣を抜く。
魔法使いも杖を構えて、未だ優雅に椅子に座ったままの魔王を睨みつけた。
魔王は微動だにせず、目だけ隠したその仮面の下に、楽しくてたまらないという笑みを浮かべる。
「少年、俺も君を待っていたよ。少しは強くなれたかい?」
「ど、どういうことだ!?僕はお前とは初めて……」
戸惑う勇者に、魔王は喉を鳴らして笑うと、その仮面を外し、それから髪に手をかけるとバサリと取った。
「あ、貴方は……!」
澄まし顔だった。
“青の国”で、そして昨日僕と会った、あいつが、魔王……。
勇者は構えていた剣を一旦仕舞った。
「本当に貴方が魔王なんですか?」
「や、こんにちは。魔王城に構えてる最後のボスは魔王って決まってないかい?」
「そういう、もの、かな」
澄まし顔、いや魔王は可笑しそうに笑って、椅子から立ち上がると、僕たちの前に歩いてきた。
「それで?君は勇者だっけ?」
「は、はい!」
「うん。じゃ……」
腰から魔王が剣を抜いた。
「やろうか」
「え?あ、ちょっと」
魔王が床を蹴る。勇者はいきなりのことで剣すら抜けていない!
駄目だ、切られる!
「おらよ!」
魔法使いが杖で剣を受け止めた!
けれど、魔法使いの腕がプルプルしてる。それほど魔王の力が強いってことだ。
「……氷触」
「おわ!」
魔王が剣を右手だけで支えて、左手で氷の魔法を使った。
それは魔法使いの足元を瞬時に凍らせて、その場から動けなくなってしまった。
「魔法使い!」
剣を抜いた勇者が魔王に斬りかかる。それを魔法使いから離れてかわすと、魔王は剣をしまってふわりと笑った。
「弱いなぁ、弱い。それで俺を……、魔王を倒しに来たのかい?」
「僕は貴方と話しに来ただけだ!戦いに来たわけじゃない!」
「それを俺が聞くという保証はどこにもないのに?魔王を甘く見過ぎだと思うんだよね」
勇者が闇雲に剣を振り回す。それをひらひらとかわすだけで、魔王は何も攻撃してこようとしない。“青の国”で見せたすごい魔法や、それこそ森を焼いたという魔法を使えばすぐに僕たちなんて倒せそうなのに。
「僕は貴方を尊敬していたのに!助けてくれて!人がこうして笑って暮らせる国を……、魔王領を作った貴方を!」
「それはそれは、どうもありがとう。でもね」
剣を持つ腕に魔王が手刀を当てた。
勇者は小さく呻いて剣を落とした。
「考えないのかな?これが世界を支配するための、一歩だとか、魔王領の住人が君たちを騙しているとか」
「考えてない!皆楽しそうだった!貴方を信頼し、尊敬していた!だから尚更、僕は貴方と話をしようと思ってここまで来たんだ!」
「そっか」
魔王が何かしら考えるように顎に手をやり、そして。
「ねぇ、お茶の準備出来たよ……って、何してんのよ!」
椅子の奥から顔を覗かせてきたのは、伯の家にいるはずのお嬢だった。
心底驚いたように魔王と、そして僕たちを見た後、怒り心頭というように魔王へズカズカと歩み寄っていく。
「お茶の用意してって言ったのはゆうにぃなのに、なんでこんなことしてるの!せっかくリッくんに送ってもらったのに、これじゃ意味ないじゃない!バカバカバカ!」
「ごめんごめん、つい魔王っぽいことしてみたくてさ。あ。あいつはもう帰った?」
「花を見に行かなきゃって今日はもう帰っちゃったわよ!後で迎えに来るって言ってたけど」
怒るお嬢の頭を撫でて、魔王は「ごめんね」と魔法使いの足元に手を向けた。
「火炎」
それは勇者のものより幾分か強い火だったけれど、魔法使いを焼くことなく、足元の氷だけを器用に溶かした。
戸惑う僕たちに、魔王は最初に見せた笑顔をまた見せ、それから礼儀正しくお辞儀をした。
「改めて、勇者御一行殿。俺がこの魔王領を統べる今代の魔王だ。以後、お見知りおきを。彼女は俺の信頼の置ける配下であり、古き友、今は死霊の女王と呼ばれているんだったかな」
「それ嫌いなのに……」
「そうか?俺は深淵の主と似ていて、結構似合ってると思うよ?」
魔王の言葉に、お嬢は花が咲いたように「ほんとっ?」と目を輝かせる。それを適当に流す辺り、本音か建前なのかよくわからないけれど、お嬢が嬉しそうだしいいのかもしれない。
「さ。歓迎するよ、勇者。話をしに来たんだろう?」
そう言って椅子の裏へ消えていく魔王。
ついていくか少し迷ったけれど、勇者の「行こう」の言葉に、僕たちはついていくことにした。
通されたのは、大きい机がひとつに、それを囲むように椅子が五つある部屋だった。椅子の背もたれにそれぞれ、緑、赤、青、黃、白の石が嵌められていて、ここには本来、四天王が座ることが容易に想像できた。
緑の椅子に魔王が座る。
「さ、好きな場所に座りなよ」
「はい……」
魔王に近い白の椅子に勇者が座り、他の仲間も各々座る。僕は勇者の頭に乗って、お嬢は魔王の横に立った。
「何を聞きたいんだい?」
「えっと、魔王の考えとか……。なんでこういった国を作ろうと思ったのか、とか」
緊張しているのか、伯の家で意気込んでいた勇者とは別人だ。それもそうか、僕も緊張してる。
「まぁ、そうだね。気まぐれ、とか言ったら納得はしないだろうなぁ」
カップに口をつけて、魔王は足を組み直した。
「人間、魔物、魔族、それら以外にも、世界にはたくさんの人がいる。森妖精、土妖精、花妖精、まぁもっといるんだけど。君たちは彼ら、もしくは彼女たちと会ったことは?」
僕たちは首を横に振る。魔王は「だろうね」と微笑んで、肘をついて話を続けた。
「“協会”については話を聞いたんだったかな。協会にとって、彼らですら人と扱ってはくれない。もちろんリーパーも魔族ではないんだけど、彼らにしてみれば得体の知れないモノに違いはないからねぇ」
控えるお嬢が睨んでるけど、魔王は特に気にする様子は全くない。
「で、俺は考えたわけだ。別に協会を否定はしない。彼らが自分と違うものに対して、畏怖するのは人として仕方のないことではあるしね。だからといって、人でないものを排除したくはない。だから」
「だから、ここを作り、魔王や四天王についての噂も流したんですね。近づけさせないように、伯が協力者となって」
武闘家の言葉に魔王が頷く。
「まぁ、君たちみたいな子が来ないわけではないし、観光地化されてもいるから、隠しているわけでもないしね。それで……」
黙って話を聞いていた勇者を魔王が見る。
その視線は驚くほど穏やかだ。
「話を聞いた君は、君たちは、どうするんだい?俺を倒す?それなら今度は本気で」
「まだ」
「ん?」
勇者が魔王を真正面から見つめる。
「まだ、わからない……。協会が、人しかいらないって考えなのは、僕は、間違ってると思う。けれど、その答えを出すには、僕たちは知らなさすぎるとも思う」
「そうだねぇ。じゃ、見てくるといいさ」
立っているお嬢に魔王が示すと、お嬢は指輪に向かって小さく何かを呟いた。
すると、墓地でお嬢が消えていった、そしてリーパーが出入りしていたあの黒い球体が現れたのだ。
「またね、勇者。君の中で答えが出たその時、またおいで。もちろん遊びに来てもいいよ」
魔王が笑顔でひらひらと手を振る。何か言おうとした勇者を遮るように、その黒い球体は僕たちを吸い込もうとしだした。
「え、えええ!?」
最初に僧侶が吸い込まれ、魔法使い、武闘家、そして僕が入りそうになったのを勇者が掴んでくれた。
「ゆ、ゆうちゃ……」
「フロイ、僕から離れない、ように……って、うわああああ!」
やっぱり無理だった!
僕たちも吸い込まれる直前、魔王が笑ったような気がした。
「旅を楽しめ、少年たち――」
「ここは……」
そこは、小さな町の近くの、草原だった。
僕はここを知っている。そうだ、ここは。
「僕の、町だ……」
勇者が旅立った町で、僕が勇者と出会った町。
周りを見ると、僧侶はもう起きてて荷物の確認をしてて、魔法使いは武闘家を起こしていた。
「勇者の町ってーと、なんだ。つまり最初っからってことかよー」
脱力するように魔法使いが崩れ落ちる。と同時に腹の音が鳴って、武闘家が呆れたように、でもしょうがないというように笑った。
「よし!じゃ、今日は皆、僕の家に招待するよ!明日からどうするからは、それから考えよう!」
「はい、勇者さん!」
「駄目だ、動けねー……」
倒れたままの魔法使いを軽々と持ち上げて、僧侶は軽い足取りで勇者に続く。武闘家がそれを見て、にこやかに笑いながら魔法使いに毒を吐いている。
僕はどうしようかと悩んで。
魔王を倒したところを倒してやろうと作戦を変えて、仕方なく付き合ってやることにした。
※
「勇者、おっと魔王」
俺を呼ぶ声に小さくため息をついて、部屋に入ってきた人物に視線をやった。もう勇者と呼ぶなと言っているのに、この美人な彼はいつも言い間違えるのだ。
俺たちが彼を女だと言うと、彼はそれこそ鬼のように怒りだすのに、だ。
「戦舞姫、君はまた女の人のとこに行くのかい?」
「お前も性格わりぃな……。ま、いいや。なんかあればもやしにでも探させろ」
「またそうやって彼を使うんだから」
隣に立つ彼女が、ムスッとした表情を浮かべる。
けれども、かつて仲間だった彼らは、これでもお互いに信頼し合っているし、別に俺が咎める必要もないだろう。
「それで?赤目に関しては何かわかった?」
「ま、目には目を、歯には歯を。化け物には化け物をってか」
「リッくんは違うもん!リッくんは優しいもん!」
「うるせぇ、チビ」
こうやって騒ぐのも昔からではあるけれど、そろそろからかうのもやめればいいのに、とも思う。
「まぁ、とりあえず、協会とは争いたくないなぁ。けれども俺たちの仲間に手を出すなら、それも致し方なしかなぁ」
残った紅茶を飲み干して、俺は「さて」と立ち上がる。
俺は被り物を手にし、肩をパキパキ鳴らした。
魔王を倒しても世界は平和にはならず。
やはりいつの時代も必要悪はいるらしい。
それでも。
「少年たちが安心して世界を冒険できるよう、我ら魔王軍が世界の秩序を保ってやろうではないか」
俺たちは今日も、悪になる。




