観光と魔族と僕。
「悪と魔法と娯楽の国!魔王領へようこそ!」
軽快な音楽と、派手な光の装飾、それらに僕たちが圧倒されていると、にこやかに笑いながら森妖精の女の子が出迎えてくれた。
初めて見る森妖精に、魔法使いは鼻の下を伸ばしている。さっきまで「飯、飯」とか騒いでいたのが嘘のようだ。
「えぇと……」
「はい!大人四名様と、ペット一匹でございますね!今回は観光ですか?討伐ですか?」
「あの、僕たち初めてで……」
戸惑う僕たちを見て、森妖精は「かしこまりました」と朗らかに笑うと、手でそれぞれに示しながら、
「左手に進んだ場所にあるエリアが、各地の名物が堪能できる料理エリア、そこから時計回りに、魔法エリア、娯楽エリア、宿泊エリアとなっております。娯楽エリアと宿泊エリアの間にあります橋を渡った先が、魔王城のある討伐エリアとなっております」
なんだろう。エリアごとに分かれてるって、楽しませる気満々じゃないか。でも魔王は、こういうのを作りたかったんだろうな……。
「もちろん討伐だろ?」
「私は観光もしてみたいです」
「はー?オレたちは魔王を倒しにだなー」
また始まった。
もうすぐ旅も終わるのに、いつまで経ってもこの二人は変わらない。ま、最後に笑うのは僕なんだけどね。
……うん、終わるんだよね。
「あ。じゃ、今日観光して、明日討伐にしようよ!すみません、それでもいいですか?」
森妖精が、手に持ったバインダーを見る。挟んである紙を何枚かめくって、にっこりと笑った。
「はい、構いませんよ。明日ですと、一日中暇して……あ、いえ空いております。何時になさいますか?」
「あまり朝早いのも嫌だしなぁ……」
「昼までには終わらせて昼飯食いてー」
勇者は「それなら」と考えて、
「十一時でお願いします」
「はい、かしこまりました。強さですが、新人、熟練者、悪夢とありますが……、皆様は新人ですね」
勝手に決められちゃったよ!
「はい、お願いします!」
勇者、それでいいの?舐められてるよ!
僕が一生懸命に伝えようとしてるのに、勇者は「フロイ、待っててね」と渡されたバインダーに何か書き始めた。
「オレら以外にいねーのか?魔王倒しに来た奴とか」
書いている間に、魔法使いが森妖精に質問した。
森妖精は「いらっしゃいましたよ?」と微笑んだ。
「昨日、剣士様がたがいらっしゃいまして、熟練者で挑んでいきました。ちなみに熟練者コースですと、四天王ひとりと戦えるオプションがついてきます。今週の担当は、えっと……戦舞姫様ですね」
「明日は?明日も戦舞姫か?」
急に魔法使いが真剣な顔つきになった。女の人の話が絡むとすぐこれだよ。
「明日からはですね、死霊の女王様です。最愛の人から奪った、ごほん、譲り受けた鎌で戦うスタイルなんですよ」
「よし。勇者、熟練者にしよーぜ」
「え?もう書いちゃったよ?」
魔法使いが頭を抱えてしゃがみ込んだ。武闘家が意地悪そうに見下して、鼻で笑った。でも、僕も武闘家と同じ気持ちだ。
たまには女の人から離れればいいんだ、脳筋め。
勇者はバインダーを森妖精に返した。それに頷きながら目を通して、森妖精は「はい」と顔を上げた。
「確認しますね。大人四名様、本日観光で、明日討伐でお間違いないでしょうか?」
「あの、明日魔王と話すことは出来ますか?」
「魔王様と、ですか?」
きょとんと首を傾げた森妖精に、勇者が力強く頷いてみせた。
「それは、どうでしょう。魔王様は気分屋ですから」
ふふっと微笑んで、森妖精はバインダーを抱えてくるりと回る。
「ではでは、改めまして。ようこそ!悪と魔法と娯楽の国、魔王領へ!」
そう、焼けた大地を抜けたらそこは。
テーマパークだった。
街ひとつを高い壁で覆われたこの“国”は、森妖精も何度か言っていたけれど、悪と魔法と娯楽の国、魔王領。
住人の半分が魔物もしくは魔族で、もう半分が人間だ。皆が穏やかに暮らしていて、そこには、小さな理想が出来上がっていた。
「なーんか不思議だよなー」
遅めのお昼ご飯を食べていると、肘をつきながら食べていた魔法使いがそう零した。
何が、とは聞かなくてもわかる。
「非常食を連れてるオレらも似たよーなもんだけど、こうして改めて見ると、人間と魔族も同じだよなー」
「だから魔王はここを作ったんだと思うよ。でも、ここが全てじゃないのも、きっとわかってるんだ。だから僕は聞きたい」
「わーってるって。お、あのねーちゃん美人だなー」
水を飲みながら目で追う先は、エプロンを身につけた店員のお姉さんだ。でも魔法使いの視線は顔というより……、
「いでっ」
魔法使いが武闘家を睨みつけた。
澄ました顔をしているけれど、テーブルの下で足を踏みつけたのを僕は知っている。
ちなみにここのお会計は、伯宛につけることにした(困ったら言っていいって言ってた……言ってたっけ)。
夜まで観光という名の自由時間になったから、僕は一人で出歩いていた。
ここには僕を狙うような悪い奴はいないし、ゆったり一人時間を堪能できる。たまにはこういうのも大事だよね。
ぴょんぴょん跳ねていると、なんとピンクのフワリンを見つけた。彼女は誰かを待っているのか、お店の軒先でぽつんと佇んでいた。
「なかま!なかま!」
僕は嬉しくて、挨拶代わりに思いきり跳ねた。
彼女は僕をちらりと見て、
「いなかもの。わたちになにかようでちか?」
え。結構流暢に話すじゃないか。しかも口悪っ。
「わたちは、まちびとがいるのでち。はなちかけないでくれまちか?」
ちょっと泣きそう。
女の子相手に泣かされたとか情けないけど、でも泣きそう。
「ロディア。ごめんごめん、待った?」
「あ!ま……まってないでちわ!」
ピンクのフワリン、ロディアは、名前を呼んだ奴のとこに嬉しそうに跳ねていく。僕もそれを追うと、なんと“青の国”で見た澄まし顔がいたのだ。
「あれ?君は確か、雪女の時の……。どうしたんだい、迷子かい?」
澄まし顔は右手にロディアを乗せて、そして左手に僕を乗せてくれた。勇者の手みたいにあったかいけど、勇者より少し大きくて、ごつごつしてる。
「君がいるってことは、そっか。さっき入ったのは……、なら楽しみだ」
澄まし顔はくすくす笑って、それから近くの従業員っぽい人に僕を預けた。従業員が澄まし顔を見て「あ」と何か言いかけたけれど、静かにと人差し指を口に当てた澄まし顔に、従業員は頭だけ下げた。
「君とはまた会うことになりそうだね。その時は、勇者に会えるのを楽しみにしているよ」
ロディアを頭に乗せ直して、澄まし顔は鼻歌交じりに街の中に消えていった。
僕はそれを見送って、そろそろ勇者と合流しようかと、従業員から飛び降りて反対方向に跳ねていった。




