吸血鬼。
※
そのまま伯の別邸に泊まった僕たちは、目覚めよく、魔王城のある領地へ向かうことにした。
もしかしたら剣士が魔王を倒したかも?と思ったけど、リーパー曰く「大丈夫じゃ、ない、かな」とのこと。
剣士たちが弱いのか、それとも魔王が強いのか。
まぁ行ってみればわかるよね!
「焼けた大地って、どんなんだろう?」
僕を頭に乗せた勇者が、手元の地図を見ながら呟いた。
「おい武闘家、出番だぞ」
「私をなんだと思ってるんですか!観光ガイドじゃないんですよ?」
「まぁまぁ。頼りにしてるってことだよ。ね、魔法使い?」
魔法使いはにやにやするだけで、何も言わない。それに武闘家も諦めたのか、ため息を小さくついた後、
「魔王が現れた時の話、しましたよね?魔法を得意とするのは深淵の主、まぁリーパーさんなんですが、火の魔法に関しては魔王のほうが長けているのです。最上級魔法である死炎で森ひとつ焼き払い、今でもそこには草すら生えていないらしいです」
死炎。勇者は使えないから、どんなのかは知らないけれど、森ひとつ無くなるって相当ヤバいよね……。
「なー」
先頭を歩いていた魔法使いが、くるりと振り返った。
「四天王サマのお顔はご想像通りだったかー?」
にやけていたのはこれが原因か。武闘家は少し慌てながら、でも少し考えて。
「んんん、もうちょっと、こう、悪人だと思ってました。リーパーさんの顔が決して悪いわけではないですが、あれはいい人ポジで終わる人ですよね」
「あ!それわかるかも!リーパーってなんか、幸薄そうだしね」
本人がいないことをいいことに、好き放題言っている。かく言う僕も、じゃあれが四天王だと言われても、リーパーが死なないってことを知らなければ、たぶんわからない。
あいつ威厳なさすぎなんだよね。
「あ、森を抜けるね!」
木が少なくなっていって、そして。
荒野が広がっていた。
「これが、焼けた大地……」
「いやいや。これを魔王がやったんなら、笑えねーよ……」
地平線が見えることなんて、今まであっただろうか。
それくらい、この大地には、何もなかった。
「これを歩くんだよね?」
「……野宿、決定ですね」
「飯、食えんのか?」
「……」
見渡す限りの大地に、僕たちは陰鬱としながらも、先に進むしかないと歩きだした。
森から何か視線を感じたけれど、うーん、気のせいかな?
途中で休憩を挟みながら、お日様が沈む頃、僕たちは今日の野宿の準備をしていた。
といっても、焚き火をするための木も草もない。火なら勇者が魔法でつけれるけれど、そもそもとして火種がなければどうしようもない。
「ちょっと寒いかもしれないけど、今日はなんとか凌ごうね」
勇者が膝を抱えて笑う。いつもより少し元気がなさそうに見える。
「ゆうちゃ、さむい?」
見兼ねた僕は頭から降りると、抱えた膝の上で跳ねる。毛がないのも気の毒なものだ、ざまーみろだ。
「……剥ぐか」
「え」
「魔法使いさん!?」
「安心しろって。そんなちっこいの剥いだって、一人分にすらなんねーよ」
魔法使いが両手を上げて笑ってみせる。
非常食だとか毛皮だとか、ほんとにこいつは質が悪い。だから嫌いだ。
「まー、剥ぐかどうかは置いといて。なーんかいるんだよな、さっきから」
傍らの杖を手にして、魔法使いは「やれやれ」と立ち上がる。勇者も僕を武闘家に託して、剣を握った。
「闇から襲うのは悪趣味だぜ?出てきな」
魔法使いの言葉に反応するように、辺りに不気味な笑い声が響く。それはどこかで聞いたことがある声で……、そうだ!あいつだ!
「ヒァハッ!いんやぁ、いい勘してますねお兄さん。人間にしておくのが勿体ないくらいだ、あぁ勿体ない」
闇からぬるりと出てきたあいつは、勇者を見て、それから魔法使いを見てにやりと笑った。
「で?今日はなんだ?デートの誘いなら他行けよ」
負けじと皮肉を飛ばすけれど、魔法使いの表情は固い。それはそうだ、僕たちはあいつに勝てなかったんだから。
けれどもあいつは「ノンノン」と指を振ると、
「聞きたいことが出来た。いいか?聞くから答えろよ?これは強制だ」
「答えるわけないだろ!」
勇者が威勢よく叫ぶ。
あいつの額に青筋が浮かんだ気がした。
「強制だっつってんだろぉ?なぁに拒否ってんだぁ?ま。でも今日は機嫌がいいから流してやろう」
張り詰めた空気の中、やけに明るいあいつの声が不気味に響く。
「なぁ。“誰”と会った?」
「……誰、と?」
意図しなかった質問に、勇者が首を傾げる。
「あぁそうだ、プンプンしやがる。え?この香りは何かって?聞きたい?聞きたい聞きたい聞きたい?」
ごくりとあいつの喉が鳴る。
「強い奇跡の魔法を使う奴ってのは、周囲にも恩恵を与えるもんだ。そうだ、質問を変えよう!どこにいる?」
「……」
「答えたくない、か。うん、じゃ、しょうがない。頭開いて直接聞くか」
あいつはケロリと怖いことを言うと、腰から何かを取り出した。
「まずは捕まえないと、なぁ!」
ムチだ!
魔法使いが上に飛んでよける。けれどもあいつは、手首のスナップを効かせてその先端を巧みに操り、よけた魔法使いの足を巻き取った!
「くっ」
「魔法使い!これでも食らえ、氷塊!」
勇者の手からたくさんの氷の粒が出る。それはあいつに当たるけれど、駄目だ全然効いてない!
「ダメ、だ。腹が減って力が……」
ズルズルと引きずられていく魔法使いに、僧侶がしがみついた。けれど、あいつの力のほうが強くて二人とも引っ張られてる!
勇者がムチを切ろうと走ろうとするのを、あいつは爪を伸ばして防ぐ。僕と武闘家は震えるだけだ。
「さぁ、解体ショーの始まりですねぇ」
舌なめずりしたあいつの赤い目が、待ちきれないとばかりに輝いた。
「誰を解体するって……?」
またあの黒い球体が現れた。中から出てきたリーパーが、持っていた鎌でムチを切る。
目が赤い。どう見ても怒ってる……!
「リーパー!」
「皆、大丈夫かい?」
魔法使いを起こして、リーパーはあいつを睨んだ。
あいつが両手で頬を包んで、恍惚とした顔を浮かべた。
「あぁぁぁあああ!久しぶりぃ、兄弟ぃ!」
「ボクはキミと、兄弟になったつもりはないけど?」
「悲しいなぁ、悲しいよ、兄弟。なぁ、兄弟だろ?兄弟に決まってる!で。未だ手元に置いて可愛がってるんだろ?あ!れ!を!」
リーパーは目を細める。
纏う空気は冷たく、いつものほんわかしたそれとは別物だ。
「キミを……吸血鬼を出したのは、協会の人たちかな。全く、厄介なことをしてくれるよね、本当に」
ため息をひとつして、そしてリーパーはふっと笑みを浮かべた。ぞくりとするそれは、あいつが、吸血鬼が見せるそれに似ている。
「ボクの友達に手を出したからには、消えてもらう。この世界にキミの、いやボクらの居場所はないんだ」
「まーて待て待て。俺っちはもう封印されたくねぇ。だから、その、なんだ。逃げる」
ニシシと笑って、吸血鬼はまた闇に溶けていった。
よく見ると、何匹かのコウモリが羽ばたいていくのが見えた。
「リーパー、ありがとう」
駆け寄った勇者が、リーパーにふわりと笑う。リーパーは首を振ると「ごめんね」と目を伏せる。そこには、いつもの白い目の、おどおどしたリーパーがいた。
「来てる、と、思ったから、追いかけたんだけど、勇者くんたちが、どの辺か、わからなくて」
「でも来てくれたなら、僕は嬉しいよ」
「じゃ、ボク帰る、よ。そうちゃんが待ってる、から」
今頃また伯に騒いでるのかと思うと、少し伯が気の毒に思えた。けれども伯も楽しんでいるようだし、あれはあれで似合っているのかもしれない。
来た時と同じように黒い球体を出現させて「じゃあ」とリーパーは微笑んで、その中へと消えていった。
あれで移動できるなら、移動賃いらずで便利だなぁと思った。
「あー!飯持ってこいって言えばよかった……」
地団駄を踏む魔法使いをちょっとだけ睨んで、今日の見張りは久しぶりに交代かなぁなんて考えた。