牢屋と騎士と僕。
“白の国”の都へ着いた僕たちは、あれよあれよと言う間に騎士たちに囲まれ。
気づけばここ、牢屋へ放り込まれていた。
「出せー!出しやがれー!早く飯を出しやがれー!」
鉄格子を揺らしながら、魔法使いが猛獣のごとき雄叫びを上げている。上に続く階段の近くに立っている兵士っぽい人が、すごくすごく煩そうに顔をしかめた。
「あぁもう、魔法使いさん、煩いですよ!ご飯なら朝食べましたよね!?」
「うるせー!朝食べてようが食べてなかろうが、減ったもんは減ったんだよ!」
ほんとに滅茶苦茶な理論だけれど、確かにそろそろお昼なのかもしれない。僕もお腹が空いてきた。
「飯ー!」
ついに寝転んで地面を転がりだした。ここまでこいつが腹を空かせているのはまぁ珍しい。いや、最近だとクラーケンの足をガツガツ食べていたし、食料にそれほど困っていなかった、が正しいのかもしれない。
「君たち!いや、そこの君だけなんだが。少しは静かにしたまえ!一応捕らえられた身であろう?」
「うるせー!文句あんなら飯を出せ!」
兵士が魔法使いが入っている牢屋の前まで歩いていく。何かくれるのかと期待した魔法使いが、ほいっと掛け声と共に起き上がった。
「いいかな、君。罪人……かどうかはジブンには知らないが、ここにいる間くらい大人しくしたまえ」
「罪人かわかってないのに見張りたー、いいお仕事してんな、兵士サンよー」
「き、君、口の利き方にはもう少し気をつけたまえ」
顔を真っ赤にした兵士が、鉄格子の間から魔法使いの胸ぐらを掴む。喧嘩でも始まるのかと、僕は内心ワクワクだ。
「へーへー、それはすんません。でもさー、兵士サンも相手には気をつけたほうがいいぜー?」
「は?君何を……」
魔法使いがにやりと笑って、鉄格子の鍵の部分に手をやった。ガチャンと音がして扉が開いていく。
「き、君、どうやって!?」
兵士が慌てて手を伸ばすけれど、魔法使いはそれをヒラリヒラリと楽しそうによけていく。悔しそうに地団駄を踏む兵士を横目で見ながら、
「オレを遮れるのは美人だけってな?行く手を阻むものなし」
「流石だよ、魔法使い!」
「どこが魔法だ!」
間髪入れずに兵士が突っ込む。そうですよね、僕もほんとにそう思いますわ。
魔法使いは口笛を吹きながら僕らの牢屋を眺め、それから「どーすっかなー」と兵士を横目で見た。
「き、ききききき、君!早く戻りなさい!」
「そう言われて戻るわきゃねーだろ」
のらりくらりとしながら笑う魔法使い。ちなみに僧侶は隅で座禅を組んでいる。
兵士が牢屋の前をうろつきながら、頭を抱えて右に左にと歩き回る。
「あ、魔法使い」
「ん?どした?」
「脱獄は駄目だ。それは悪いことだからね」
真面目な顔で言い始める勇者に、魔法使いはふっと口元を緩めた。いや、ここで出てけばいいじゃないか、馬鹿なの?あ、馬鹿だった。
「ま、それもそうだなー。じゃ、戻る条件をつけるか」
「条件?呑めるものと呑めないものが……」
躊躇う兵士に、魔法使いが「簡単だ」と壁に背を預けた。
「飯、持ってこい」
もっと違うこと言えばいいのに、こいつも馬鹿だった……。
兵士がこっそり持ってきたパンを頬張りながら、魔法使いは大人しく牢屋へ戻った。ちなみに毒味はしていない。まぁ、魔法使いは毒くらいじゃ死なないだろうし。
「……本当に戻るとは」
「約束だからなー」
魔法使いが食べ始めるのを見てから、武闘家もパンを千切って食べ始めた。僧侶はまだなんかしてる。
「魔法使いは優しいからね。約束は守ってくれるよ」
「褒めるな褒めるな。照れるじゃねーか」
いや、まず勝手に出て脅したよね。それで優しいって言われても説得力がない。
「それに、兵士サンは何も知らねーって言ってたからな。オレたちがここで逃げて責任問われるのも可哀相だしなー」
最後のパンを飲み込んで、魔法使いは「ごっそさん」と手を合わせた。
兵士がそんな魔法使いをしばらく見つめ、それから意を決したように口を開いた。
「ジブンは、君たちが何をしたかは知らないし、君たちも何もしていないのだろう。けれども何故捕らえられたかはわかる」
「あ?どーゆーことだ」
兵士が、階段を気にしつつ、なるべく僕たちに聞こえるくらいの声量で話を続ける。
「四天王は知ってるな。どこから入った情報かはわからんが、都に向かっているという伝令があった。その直後から、都に入ってくる冒険者を一旦捕らえているのだ」
「つまり、僕たちを四天王だと疑っていると?」
「まぁ、上はそう考えている。他にも、変な人形を抱えた四人組も捕らえたそうだ」
人形を抱えた四人組……。
いや、そんな偶然あるわけないし、第一、あの人形はクラーケンを倒す為に使ってしまった。今は手ぶらのはずだ。
勇者が何かを思い出したように、鉄格子に掴みかかる勢いで兵士に詰め寄った。
「あの!三人組の冒険者いませんでしたか!?一人は女の子で、あと美人な人と、それからえぇと」
「ゴリラ」
「そう、ゴリラ!」
待て。
魔法使いも何しれっと酷いこと言ってんの。勇者も訂正しろよ!
てか、何そのパーティ。猛獣使いどころか珍パーティだよ!むしろ見てみたい。
「いや……、ゴリラは知らんな」
僕も知らないよ。
「そっかぁ、じゃ伝令が来る前に入れたのかな?」
「まー、騎士に囲まれても、あの美人が腰振れば問題ねーだろ」
言い方!それ語弊ありまくりだからやめて!
「美人がいたのか、ジブンも見てみたかったなぁ」
「あれは目の保養になるぜ?何せ、人を虜にしてやまない動きだからなー」
確かに舞手は美人だった。けれども本人は、それを言われることをものすごく嫌っていたはずだ。
ここに本人がいたら、きっと蹴り飛ばされていただろう。
食べ終わった武闘家が、口周りを服の袖で拭ってから同じように鉄格子に近づいた。
「兵士さん。私たちはいつ出れるのでしょう」
兵士は「うーん」と首をひねる。
「騎士のお偉い方が見に来て判断してるからなぁ。君たちの番は、その四人組の後じゃないかな」
「見るだけでわかんのかよ」
「さぁな。ジブンにはわからん」
と、そこで兵士が階段を少し振り返った。
「っと、噂をすれば、だ。大丈夫、君たちは解放されて終わりだよ」
兵士がウインクをして下がっていく。
代わりに来たのは、兵士よりもごつい鎧を着込んだ奴だった。顔も覆われていて、正直男か女かもわからない。
「さて、お主らはっと……、ん?少年、その剣はどうした?」
鎧が見た(たぶん見てる)のは、勇者が腰から下げている伝説の剣だ。
「これは、伝説の剣です。僕は勇者ですから」
勇者が剣を抜いてみせ、きらりと輝きを見せつけた。
それを見た騎士が、さっきの兵士に「鍵を開けろ」と厳しく言いつける。兵士は慌てて鍵を開けると、こっそりと「よかったな」と耳打ちしてくれた。
「勇者様とは気づかず、このような場所に投獄してしまったこと、深く心からお詫び致します。王様にぜひお会いして頂きたいのですが、お願いしてもよろしいでしょうか」
鎧野郎は他の牢屋も開けるよう言って、僕たちが全員出たのを確認すると、
「では皆様、どうぞこちらへ」
と階段を上がっていった。
僕たちはお互いの顔を見合わせて、それから階段を上がった。
流石は国一番の都だ。
来たときは門から入った瞬間に囲まれて、街並みを見る時間すら無かったからな。
こうやって改めて見てみると、たくさんの高い建物とか、高そうなお店屋さんとか、それから歩いてる人の着てる服も少し豪華だ。
「これはどこへ向かってるんですか?」
用意された馬車に乗り込んだ勇者が、景色に目を奪われながら鎧に聞いた。
「都の中心です。お城がありますので、どうぞお越しくださいませ」
「飯はあるのかー?」
「はい、もちろんです。お好きなものを仰って頂ければ、すぐにご用意致しましょう」
魔法使いがガッツポーズする。いい加減、ご飯以外にも意識を持っていこうよ……。
あれよあれよと言う間に、僕たちはお城へ着いた。
急な訪問にも関わらず、王様は僕たちを快く迎えてくれて、夜には豪華なパーティーまで開いてくれた。
「おーーー!うまそー!」
魔法使いがご馳走の並んだテーブルに走っていく。
武闘家も気遅れしながら、普段着ないドレスに少し恥ずかしながらも、魔法使いと同じようにテーブルへと歩いていった。
なんでも、ここいらの偉い人がほとんど招待されたようで、あちこちに、キラキラしたものを身に着けた人たちがいっぱいいる。
うーん、チカチカする。
「ゆうちゃ……」
僕は勇者に近寄ろうとしたけれど、勇者の周りにも人がいっぱいいて近寄れなかった。しょうがなく僧侶のとこに行こうとしたけれど、僧侶は渡された水?を飲んで吐いていた。
僕はそっと離れた。
あー、一人か。
いや別にいいけどね。
……友達って言ってたのに。友達だから、ずっと一緒だって言ってたのに。
「ゆうちゃ、うそちゅき……」
淋しくなって、いやいや、勇者の隙を伺おうと、僕はやっぱり勇者の側にいることにした。
けれども勇者がどこにもいない。
「ゆうちゃー」
呼びながら跳ねてみるけれど、人の足がたくさんあってよく見えない。
人がいっぱいいる場所は、いつも勇者が肩に乗せてくれた。
ご飯も、勇者がいつも食べさせてくれた。
不安になりそうな時は、勇者がいつもいてくれた。
なのに、いない。
「うっ、うっ……ゆうちゃ……」
悲しくて泣いてるんじゃないぞ!
僕が潰されるかもしれないから、怖いから、泣いてるんだからな!
「おや。君はさっきの……」
僕をひょいと持ち上げてくれたのは、牢屋で別れたきりの兵士だった。
こいつもここにいたのか。
「勇者殿とはぐれてしまったのだな?よし、ジブンが一緒に探すとしよう」
「……ん」
兵士は僕を肩に乗せて、賑やかな会場を回ってくれる。けれど勇者はどこにもいない。
「もしかしたら王様の元かもしれませんね」
会場を出て、僕を乗せたまま兵士は歩いていく。
窓から見える景色はもう夜だ。早く勇者を見つけて、あったかいお布団に入るんだ。
王様のいる玉座ってとこに入る前に、見張りっぽい人がいたけれど、兵士が僕のことを説明したらすんなり通してくれた。
「……案外通してくれるもんですな。勇者殿の姿を見れて浮かれてるんですかな?」
あははと笑いながら扉をくぐる。
そこにいたのは、
血溜まりの中、倒れている勇者の姿だった。