白の国と僕。
クラーケン騒動から一夜明け、僕たちはこうして無事に“白の国”へ入ることが出来た。
今まで回ったどの国よりも人がたくさんいて、服装も少し豪華だ。
船から降りた僕たちは、先に降りていたであろう剣士たちの姿を見かけた。勇者が「剣士!」と手を振りながら走り寄っていく。
「げ。ガキじゃねぇか」
嫌そうな顔をするものの、そこまで嫌ではないのか、剣士は頭を掻きながら勇者に向き合った。
「四人はどこに向かうんだい?」
「ガキに言う必要は」
「オイラたちは、しばらく港町に滞在するつもりだよ。情報収集もしたいしね」
「勝手に言ってんじゃねぇぞ、役立たず」
また悪態をついて、剣士は我先にと歩き出した。それをゆる僧侶と狩人が追いかけて、人形使いが僕たちに「じゃあ」と笑って走っていった。
それに勇者も笑顔を返して「よし」と振り返る。
「僕らはどうしよっか?」
「決めてねーのかよ」
魔法使いが呆れたように脱力するけれど、まぁこれもいつものことだ。武闘家が少し考えて「あ」と何か閃いたのか声を上げた。
「じゃ、私たちも情報収集しませんか?魔王がいると言われているのは、確かにここ“白の国”ですが、正確な場所は騎士団くらいしか知らないんです」
「なんでだ?」
「一般人が近づいたら危ないとかで、正確な場所は伏せられているんですよ。噂は色々あるんですが……。騎士団に聞いたところで教えてはくれないでしょうし、何より騎士団に会うことは出来ないと思います」
確かに一般人が近づいて何かあったら危ないもんな。でも……と僕は辺りを見回した。
お店の商品には、魔王クッキーだの、死霊の女王フィギュアだの、ストラップだのと並んでいて、十分観光地化されている気がした。
「じゃ、とりあえず酒場を探そうか。お金もあるに越したことはないし、適当に依頼も受けよう」
それに反対する仲間は誰一人としているわけがなく、僕たちは初めての、とても大きい街を歩き回ることにした。
港を抜けると少し落ち着いた街並みが続いて、酒場はその通りにあるらしく、僕たちは観光がてらブラブラと向かっていた。
すると、何やら騒がしい声が聞こえてきた。
「もおおお!なんでリッくんじゃないの!なんでおにぃが迎えに来たの!?」
「相変わらずリッくんリッくんリッくん。やかましいわ、マセガキ」
それは少しお洒落な、ショーケースにケーキが並んでいるお店の前だった。
どこかで見たことのあるお嬢と、“青の国”で華麗な舞いを披露してくれた舞手が、激しく言い争っている。いや、一方的にお嬢が喚いているだけかもしれないけど。
「あのもやしなら、あいつに呼ばれて先に向かってるだろうよ」
「またもやしって言った!」
無視しようかとも思ったけれど、この人見知りしない勇者が無視するわけがない。
「あの時の舞手じゃないですか。お礼が言えなかったから気になっていたんです」
「あ?」
手をブンブンと振り回すお嬢を片手で押さえながら、舞手が少し気怠そうに振り向いた。
「あぁ、あん時の」
「あああああああ!あの時の薔薇の!」
「っせぇ、黙ってろ」
ついにお嬢の頭を殴った舞手は、涙ぐむお嬢を放って僕たちに薄く笑いかける。お嬢が恨めしそうに見ているのは、この際無視したほうがよさそうだ。
「また会うなんてな。どうだ?元気に旅出来てっか?」
「はい!魔王も倒せそうなくらい元気です!」
「そうか、そりゃよかった」
そう舞手が笑っていると、ケーキ屋さんからいかついおっさんが出てきた。これまたいつぞやのパパさんだ。
「すまん、待たせちまったな。娘への土産に悩んで……ん?お前、あの時の魔法使い!」
「おっさんじゃねーか!ちょうどいい、決着つけよーぜ」
「望むところだ、この先の街道に空地がある!そこでやるか!」
魔法使いが嬉しそうにパパさんと走っていく。
なんだろう、またバトルものよろしく拳と拳の殴り合いでも見せられるのかな。流石にもう勘弁なんだけど。
涙ぐんでいたお嬢が、舞手の服の袖を引っ張る。
舞手が「あ?」とお嬢を面倒くさそうに見下ろす。
「止めないの?また怒られる……」
「あ。やっべ」
何か思い出したように舞手も言い、それから僕たちに気まずそうにしながらも、
「まぁ、止めに行くからついて来いや」
と二人の後を追い出した。お嬢が僕たちを振り返って、少しきつめに睨んできた。その目にはまだ涙が浮かんでいる。
「早くしなさいよ」
相変わらず口の悪いお嬢だ。
もちろん魔法使いを追いかけないわけにもいかないし、僕たちは追いかけるしかないわけなんだけども。
街道へ出て、道を外れてどれくらいか進んだ頃。
森の中に、ぽつんと空地があった。
そこで魔法使いとパパさんが、また殴り合っているのを見て、舞手が「遅かったか」と頭を掻いた。
お互いの顔を殴り合い、それこそドカバキと効果音でもつきそうな勢いだ。
「もう!早く止めなさいよ!」
「っせぇ、チビ」
「また悪口言った!リッくんに言いつけるんだから!」
「勝手に言ってろ」
最初に見た印象が嘘のように、お嬢は煩いくらいに騒いでいる。いや、舞手の反応を見るに、きっとこっちが素なのかもしれない。
舞手は少し気怠そうに、でも手をはっきりと一回強く叩いた。その音に合わせて、舞手の手足にあの鈴のようなものが現れる。
シャラン。
蝶が羽ばたくようにそれは綺麗で、見たくなくても、見ようとしなくても、自然と舞手の動きを目で追ってしまう。
それは殴り合う二人も同じで、いつの間にかその場にいる全員が、舞手の動きを静かに見つめていた。
「っと、これでいいか」
舞手がまた手を叩く。
それに意識を強制的に戻されて、あぁ終わったのかと瞬きを繰り返した。
「楽しんでるとこわりぃが、おっさん、時間に遅れちまう」
「おっとそうだった。今日はあやつがいないから歩きで向かわねばならんのだったな」
パパさんは参ったように頭に手をやった。それから魔法使いに向き直って、
「ちっと今日は都合が悪い。またの機会にするとしよう」
「しゃーねーな。またな、おっさん」
魔法使いが差し出した手を握って、パパさんはニカッと歯を見せて笑った。魔法使いもにやりと笑う。
「……バカみたい」
お嬢がため息をついた。いつもは口悪いって思うけど、うん、こればかりは僕も同意見だ。
舞手たちと街道まで出ると、何やら馬車が騒がしく街まで駆けていくのが見えた。それを見送って、僕たちも街まで戻ろうと舞手たちに別れを告げる。
「……お前ら」
舞手の声が聞こえて、僕たちは振り返った。
「王都に行くつもりか?」
「王都?」
「“白の国”の一番大きな都です。騎士団が常駐しているんですよ」
すかさず入った武闘家の説明に、勇者が「そうなんだ」と返す。
「そう、ですね。魔王の情報を持っているのは騎士団の人かと思うので、向かうつもりです」
「……なら、協会に気をつけな」
「は、はい……?失礼のないようにしますね」
勇者の言葉に、舞手が苦笑いして片手を上げる。それからは何も言うことなく、街道を行ってしまった。
僕たちも街に戻って、今日の宿でも探そうかと歩いていると。
「王都の近くで騎士団とやり合ったらしい」
「またか。今度は誰だ」
「深淵の主だってよ。鎌のひと振りで一個隊が壊滅したらしいぞ」
「よりにもよって深淵の主たぁ、運がない……」
街中から聞こえてくるそれらに、もちろん僕たちは興味津々だ。すぐに勇者が、話している街人AとBに駆け寄って、詳しく話を聞こうと声をかけた。
「すみません、詳しく聞かせてもらえませんか?」
「なんだい兄ちゃん、冒険者かい?」
Aが勇者と、そして僕たちをまじまじと見つめる。確かにこの辺の人たちとは格好が違うから、わかりやすいのかもしれない。
「兄ちゃんも見ただろ?さっきの馬車、負傷した騎士様がたが運ばれてきたんだよ。都だけじゃ手が回らんからね」
「騎士団も諦めりゃいいのに。四天王どもは、こちらから手を出さない限り何もしてきやしないんだから」
もうどっちがAでBかわかんないけど、とりあえず、さっきの馬車には騎士が乗ってて、四天王にやられたらしい。
でも四天王は、手を出さなければ何もしてこないと言う。
どういうことだろう。
「まぁ、兄ちゃんももし都に行くなら気をつけな。さてそろそろ昼休憩も終わりだ。兄ちゃんも行った行った」
しっしっと手を振られてそれ以上は何も聞けず、勇者は渋々と戻ってきた。
「どーする?さっきの馬車、探すか?街のどっかにはいるはずだぜ?」
「……いや、都を目指そうと思う」
「話を聞きにいかないんですか?」
魔法使いと武闘家に頷いて、勇者は街の出口を改めて見る。
「舞手たちは都に行くって言ってた。早く追いかけて、四天王が出たことを教えないと」
勇み足で歩き出した勇者だったけど、僧侶がその肩をぐいと掴んだ。
「え、なんだい?」
「……」
「そうだね!買い物はしないと!」
今することじゃないよね!?
そんな僕のツッコミはもちろん無いことにされて、勇者たちが街を出たのは、日が傾き始めた頃だった。