幕間
※
“黃の国”と“白の国”を繋ぐ航路に、クラーケンが現れたらしい。
それを聞いた俺は向かおうとしたのだが、どうやら招待していないお客人が“ここ”へ向かっているらしく、久しぶりに顔を見せた友と共にその客人のおもてなしに行こうとしていた。
「あぁ……、もう、なんでこうなる、かなぁ」
白髪の友は、何年経とうと変わらないその姿で、これまた昔と変わらない独り言を呟きながら隣を歩いている。
「まぁ、そう連れないことを言うもんじゃない。そうだ、彼女がそっちに帰ってきただろう?ちゃんと会えた?」
「会った瞬間、首、飛ばされたよ。はぁ、ボクまた何かしたかなぁ……」
何か、というならば、まぁ気づかないことがそれに当たると思うのだが、なにぶん彼は長く生きすぎたせいか、人の感情に疎いところがある。
一緒に旅をして、それもだいぶ変わったと思ったのだが、まだ彼女からの気持ちには全く気づかないらしい。
「ところで、さ。あのこと、なんだけど」
「ん?あぁ、君のとこに来た協会の?」
「うん、そう。やっぱりこのまま、は、よくないと、思う」
ついこの間、彼が管理している植物園に来たという協会の関係者のことだ。
彼が人でないことを知る者は少なく(まぁ見た目が少し変わってはいるが)、しかし彼を直接的に殺そうとしたということは、彼について詳しく知らないとも言える。
「君は何か思い当たらないの?」
「えぇ……?知ってると、思うけど、ボクは最近まで、引きこもってたんだよ……?」
「いやほら、恋愛沙汰に巻き込まれたとか」
ドン!と派手な音を立てて彼が転ぶ。
足元に何もないのに転ぶのも昔からだ。
「あ、あの、さぁ!歩く卑猥奴と、一緒にしないでよ!」
「はは、ごめんごめん」
手を取り起こしてやる。
相変わらずひんやりとした手が、俺の奮う気持ちを落ち着かせるようで気持ちがいい。
彼は手にした黒いローブを頭からすっぽりと被り、腰に下げた白い仮面を顔につけた。
こうして見ると、死神と呼ばれるのも納得してしまう。手に持つ鎌も相まって、それはさらに顕著になる。
「ほら、キミも、早く」
「俺は出なくてもいいかなと。君が出れば大体は収まりがつくし?」
「……はぁ、やっぱり来るんじゃ、なかった、よ」
「それは十年前のことか?」
彼が右手を虚空へ向ける。
「今、かな。行ってくるよ。深き孤空、引き裂く時間。我が声に応え、腕に宿れ。空間領域」
右手の先の空間が歪み、真っ暗な穴が現れる。
彼のみが使える孤空の魔法は、右手でしか扱えないという制限があるものの、そのどれもが強力で、特にこの空間領域に関しては移動手段としては便利だ。
「一応言っておく。気をつけろよ?」
「キミに心配されるほど、まだ、老いてはいないつもり、なんだけどなぁ」
あははと彼は笑って、穴へと吸い込まれていく。
彼の姿が消えると共に穴は消え、歪んだ空間は元の形へと戻っていった。
「クラーケン、ねぇ。一体誰がけしかけたのやら……」
もちろんそれに答えてくれる友は送り出してしまったし、かといって一人芝居で答えを言う趣味はどこにもない。
俺は友が帰るまでひと仕事するかと、来た道を戻りだした。