船と剣士と僕。
“白の国”。
世界の中心にある国で、なんでも前の魔王が、そして今の魔王が根城にしている島があるとかないとか。
そんなウンチクを聞きながら、“黃の国”から出た船の上に、僕たちはいた。
※
「で?」
船の中のご飯は豪華だ。
見たことない果物とか、やたら柔らかいお肉とか、あとはすごく美味しいミルクとか。
そんなご飯を頬張りながら、魔法使いは話を促した。
「だからですねっ。今から行く白の国は、世界でも唯一の騎士団がいるんですよ!」
「ほー。それはすげーすげー」
絶対思ってない。
だって、口元にソースつけてるもの。
まぁ僕も、勇者が切り分けてくれた柔らかお肉を頬張ってるんだけど。美味しいものの前ではどんな出来事も無意味ってことだね。
「その騎士団がですね、唯一太刀打ち出来なかったのが、あの!四天王なんです!」
さっきからこれだ。
「死霊を引き連れ、闇に現れては彷徨う魂を求める死霊の女王」
お、この肉、肉汁も美味しい。
「破壊の限りを尽くし、奴が通った後は地形が変わると言われる終わらない天変地異」
パンなんて外はカリカリ、中はしっとりしてる。
「見る者を魅了する美貌と、華麗な動きで戦場を舞う戦舞姫」
締めはやっぱりプリンかな。勇者に頼んでもらおう。
「ゆうちゃ、ぷりんー!」
「はいはい。あ、すみませーん」
「全ての魔法を操り、その素顔を見た者に災厄をもたらす存在深淵の主……って、聞いてくださいよ!」
「あ。あはは、ごめんごめん」
机に来てくれた店員さんにプリンを頼んで、勇者は苦笑いしながら頬を掻いた。
「それにしても、武闘家は色々詳しいね。調べたのかい?」
勇者はお肉を切り分けて一口食べる。
僕に食べさせる暇があったなら、自分の食べればよかったのに。相変わらずお人好しな奴だ。
「調べた、というより、私は“白の国”出身でして、新魔王と四人の配下が現れた時、すごい話題になったんですよ」
いつもより興奮してるのか、なんだか息が荒いように見える。僧侶を見ると、我関せずといったふうで紅茶を啜っていた。
「その割に、その新魔王とやらの話はしないんだなー」
だから肉とパンとスープを同時に食べながら話すな。
本当に行儀が悪い。
「あぁ、禁断の業火ですね」
「なんだそりゃ」
「前に話しましたよね、騎士団が戦いに行ったって。その時に魔王が火の魔法を使ったのですが、その力は凄まじく、辺り一体を焼き払ったことからそう呼ばれているんです」
ふーん、魔法って凄いんだなぁ。脳筋魔法使いにはできっ子ないや。
店員が「プリンです」と僕と同じくらいの、おっきいプリンを持ってきた。流石にこんなの食べれないなぁなんて見ていると、勇者が食べるのをやめて、スプーンで僕に食べさせてくれた。
……お礼なんて、言わないけどね。
「私もお友達と推しの話をしたものです。懐かしいなぁ」
「は?推し?」
魔法使いが気になったのか、口の中を一旦空っぽにしてから水を飲んだ。それから肘をついてフォークを武闘家に向けながらにやにやと笑った。
「なんだ?好きな奴でもいるのかー?」
「す、好きとかじゃないです!推しは尊いもので、愛でるものです」
「意味わかんねー……」
魔法使いはまたお肉にかぶりついた。
「誰も素顔を見たことないんだよね?」
「はい、皆さん仮面をつけてますから」
「なのに愛でるのかい?」
「素顔を想像するのも楽しいですから」
「そっかぁ」
勇者は微笑ましく笑って、僕にまたプリンをくれた。
「あ、じゃ“白の国”には先代勇者様の話とか残ってるのかな?」
空っぽになったプリンの容器を下げてもらって、勇者はまた自分のご飯を食べ始めた。
「実は……、勇者様のことはほとんど残ってないのです。勇者様が“勇者”と呼ばれ始めたのは、魔王を倒してからなので……。たくさんの人が魔王討伐に出たようで、誰が倒したなどといったことはわからないのです」
「そうなんだ。ごちそうさまでした」
両手を合わせてから、勇者は「美味しかったね」と笑顔を見せた。もしかしたらこれが最後のご飯になるかもしれないんだ、よく堪能しておくがいいさ。
「あ、でも残ってることもあるんですよ。勇者様と旅していたのは、戦士、武闘家、僧侶、魔法使いらしいですよ」
「オレらとほぼ一緒だなー。てことは、オレらやっぱり選ばれし者なんじゃね?」
いや、お前魔法使えないじゃん。武闘家だって戦えないし。何が一緒だよ、全然選ばれし者じゃないから。
魔法使いもやっと食べ終わったのか、お腹を叩いて「食った食った」と満足げだ。もう行儀が悪いのは諦めた。
ちなみに結構食べたけれど、お金の心配は全くしなくていいんだ。
乗るお金にご飯の分も入ってるから。そのお金、実はリーパーから貰ったんだけどね。植物園の手入れを何日間か手伝って、その報酬として貰ったんだ。
「白の国にはどれくらいで着くんだ?」
「明日の昼だそうだよ。今日の夜もここでご飯が食べられるね」
夜ご飯も美味しいものが食べられると聞いて、魔法使いだけじゃなく、僕も嬉しくなる。船から降りたらまた貧乏旅になるのが目に見えてるし、今のうちにたらふく食べておくんだ。
「じゃ、あとは自由時間で構わないかな?」
「はい、大丈夫です」
「構わないぜー」
「……」
僧侶は特に何も言ってないけど、まぁいつもの感じなら問題ないだろう。
僕たちは各々に食堂を出ていった。ちなみに僕は勇者の頭に乗った。一人になるチャンスを見逃す手はないからな。
この船という乗り物は、電車や魔法船といったものと違って、海の上をおっきな乗り物が進んでいく。沈まないのかと不安になったけど、なんかすごい技術が使われていて沈まないらしい。
その船の、甲板というところに僕と勇者はやって来た。
塩の匂いがする!しょっぱそう!
「うわぁ、海が広いねぇ」
少し風があるから、勇者は僕を落とさないように肩へ置き直すと、手すりにもたれかかって海を眺め始めた。
結構船って早いんだな、もう黃の国が見えないや。
「ねぇ、フロイ」
「?」
勇者の横顔を見る。
「僕はね、君と友達になれて、本当によかったと思ってるんだ」
「ともだち……?」
「実を言うとね、一人で町を出るのは淋しいなって思ってたし、一人だと不安でいっぱいだった。でも君がいたから、僕は町を出ようって改めて思えたんだ。ありがとう、フロイ」
勇者が優しく笑った。
一人で不安。それは僕もそうだった、んだと思う。仲間が段々いなくなって、僕しかいなくて、淋しくて、誰か僕を連れてってよって思ってた。
「ゆうちゃ、ふあん……」
「もちろん今は違うよ。フロイがいて、皆がいて、たくさんの人と出会って……。だからこそ、僕は勇者として魔王を倒したいんだ」
決意に溢れる顔を見て、僕は何も言えなくなって、一緒に海を眺めた。
空には白い鳥が飛んでて、時折海からは何かが跳ねてて、きっと勇者は、この見えるもの全部を守りたいのかなって思った。
「あ!あのガキじゃねぇか!」
「ん?」
静かに見ていた僕たちに、聞き覚えのある声が聞こえた。
それはリーパーに酷いことをして、そして働かされていたあの剣士だ。今はゆる僧侶と片言狩人、人形使いはいないらしい。
「やぁ、君たちも乗っていたんだね」
勇者が嬉しそうに笑う。
剣士は少しムッとして、でもため息をつくと、勇者の隣に並んで手すりに肘をついた。
「死神の旦那にこき使われたからな。船に乗るくらいの金は稼がせてもらった」
「僕たちと一緒だ。リーパーいい人だよね」
「人、ねぇ……。ガキ、お前はなんで魔王を倒したいんだ?」
その質問は勇者にとって意外だったのか、勇者は目を丸くした。けれども苦笑いのような、なんとも言えない笑いを顔に浮かべて、
「勇者だから、かなぁ。勇者だから魔王を倒さないといけないって思うし、その為に頑張りたいって思う。君は?」
「俺様は逆だな。魔王を倒して勇者になる。勇者になれば、あいつらのことも、勇者の仲間だって世界は見るようになって、もうちょっとラクできるようになるだろうしな」
勇者だから魔王を倒す勇者と、魔王を倒して勇者になりたい剣士。似ているようで全然違う二人は、それでも目的は同じだ。
「だったら、僕も勇者で、君も勇者だね」
「はぁ?」
「勇者が一人とは聞いていないし、魔王を倒したいって気持ちが一緒なら、きっと僕らは仲良くなれると思うんだ」
能天気に笑う勇者に、剣士は少し呆れて、でも最初ほどには棘の無くなった苦笑いを浮かべた。
「ガキの言うことは綺麗すぎて聞いちゃいられねぇな。あと敬語くらい使え、俺様はガキより先輩だぞ」
「同じ仲間に敬語は使いたくないなぁ」
あははと笑って、勇者は「また」と剣士に背を向けた。肩に乗っていた僕がこっそり振り返ると、剣士は口の端を持ち上げて、手をひらひらと振っていた。