死神。
ピンクの花、ポカポカ陽気、綺麗なガラス張りの建物。
そしてそれに全く似合わない、狂った笑い声。
「オーナー!オーナー!」
勇者が倒れたオーナーを揺するけれど、いやいや、頭に矢が刺さって生きてるわけないでしょ!能天気もいい加減にしろよ!
「あっはっは!狩人ちゃん、よくやった!これで依頼完了だ!」
入口を見ると、弓を構えたままの片言狩人。はしゃいでいるゆる僧侶に、高笑いの剣士。人形使いだけが真っ青なまま震えている。
「剣士……、なんでオーナーを!」
「オーナー?なんだ、依頼にあった魔族ってオーナーだったのか?」
きょとんとして剣士は言う。そんな四人の後ろから、なんだか背の低い胡散臭そうなじじいが顔を覗かせた。
「協会の情報では、そいつは死神らしいですからねぇ。魔法の国にこんなものを作って何を考えているかわかりませんが、今まで尻尾を掴めなかったのが不思議なくらいですよ。まぁ、死神じゃなくとも、死神だと上に報告すればいいだけです」
じじいが高笑いして「後は任せましたよ」と出ていく。
魔法使いが我慢ならないと杖を構える。
こんなの、こんな当てずっぽうな理由で倒されちゃったオーナーが可哀相すぎるよ!僕も我慢できずに跳ねた。
「お前ら、依頼ならなんでもやるのかよ……!」
「ち、違う。俺様たちは、ただ依頼をやっただけで……」
空気が重苦しい。
いくら依頼だといっても、オーナーが本当に魔族かなんて保証はないのに。
魔法使いがゆっくりと杖を構えて、まさに一触即発だ。けれどその時、
「……痛いなぁ、もう……」
「え」
オーナーが、起き上がった。
頭に矢は刺さったままで。
全員が、もちろん剣士たちも、信じられないとオーナーを見る。
「死なないだけで、痛くないわけじゃ、ないんだけどなぁ……」
刺さった矢にオーナーが触れると、それは簡単に腐って崩れてしまった。
「え、え?まさか本物、の……」
「死神かぁ、そう呼ばれるの、何百年ぶりかなぁ。あ、今の人も、そう呼んでるんだっけ……?」
何言ってるんだ、こいつは。
何百年?今の人?
驚きと混乱で動けない僕たちに、半ば錯乱状態の剣士が叫ぶ。
「か、狩人ちゃん!」
慌てふためく剣士が狩人に指示を飛ばす。狩人も慌てて矢を構え、放った。
けれどもそれは手元が狂ったのか、勇者に向かっていく。
「ゆうちゃ!」
駄目だ刺さる!思わず目を閉じたけど、勇者の痛がる声も聞こえてこず、僕は恐る恐る目を開けた。
オーナー、いや、死神が勇者を庇って身体に矢を受けていた。
「オーナー!」
「心配ない、よ。ちょっとだけ、痛い、けど」
刺さった矢がまた腐っていく。
死神が薄気味悪い笑みを剣士たちに向けた。手に、突如として現れた大きな鎌を握って。
「ねぇ、キミたち。ボクを、狙ってるんだよ、ね?ここじゃなんだし、外、出ようか」
「ぁ……あ?なんだ、体が、勝手に動いて……?」
剣士たちは何か操られているみたいに、フラフラと屋上から出ていく。それに続くように出ていく死神は、出る直前に僕らを振り返って、
「ごめん、ね?」
と悲しげに微笑んだ。
五人が出ていった後、武闘家が腰を抜かしたようで座り込んでしまった。
「武闘家、大丈夫かい?」
近くにいた僧侶が武闘家をおぶる。武闘家の顔は、信じられないものを見たかのように真っ青だ。
「嘘、信じられないです……。まさか、本当に、死神がいただなんて……」
「リーパー?」
「不老不死と言われる存在で、なんでもその力は全てのものを腐らせ、魂を消滅させると聞いたことがあります。でもそんなの、お伽話でしか聞いたことありません……」
でも確かにあのもやしは矢を腐らせたし、何より頭に矢が刺さって死んでなかったのだ。剣士たちからの言葉に否定だってしなかった。
え?今まで会った強い奴らより、数段ヤバくない?
勇者は震える武闘家の頭を優しく撫でる。少し背伸びしないと届かないのは、この際愛嬌だ。
「……でも、あの人は、命を育てるのが好きだって言ってた。場所を移したのだって、花を傷つけたくなかったからだと思うんだ。僕にはね、あの人が悪い人には思えないんだ」
そうだよ。悪い剣士をやっつけるなら、別にここでもよかったんだ。
でも花があって、あのもやしは水やりしてて、手紙を見て嬉しそうに笑って。例え本当の死神だとしても、僕らと、ううん人とのどこに違いがあるんだろう。
「助けなきゃ」
「はー?剣士ならほっとけって」
「違うよ。あの人に、命を奪わせちゃいけない気がするんだよ」
勇者は自分の両手を見つめ、それからゆっくりと握りしめた。
「僕らの手は、幸せを掴むために、あるものだと信じているから」
「……綺麗事は綺麗な奴じゃねーと言えねーってか」
「ん?何か言ったかい?」
「なーんも。ほら、武闘家はおっさんに任せて、オレらだけでも先に向かおうぜ」
魔法使いは杖を握りしめて先に出ていく。勇者は僕を肩に乗せて、僧侶を振り返る。僕も行くんすかそうですか。
「……」
「じゃ、任せたよ。行ってくる」
勇者は頷き、魔法使いに続いて屋上を出ていった。
植物園の裏手に、なんでも開発中の空地があるって受付から聞いた僕らは、お礼も程々にしてその場に向かった。
早くしないと取り返しのつかないことになっちゃう。
「あぁん、もぅいやぁ。助けて剣士様ぁ」
「限界、死にたい」
「死神!許さねぇからな!」
「オ、オイラも駄目……」
聞こえてきた四人の声に、嫌な予感が頭をよぎる。
まさかもう、間に合わない……!?
「オーナー!殺しちゃ駄目、だ……?」
角を曲がった僕たちは、そこでクワやら軍手やらをはめた四人組が、いそいそと土を弄ってる現場に居合わせた。
「人手欲しいなぁって、思ってたんだよね……。ボクだけじゃ、なかなか終わらないし、でも誰かに頼むの、苦手だし……」
死神は、隅の草を刈り取りながら四人を眺めている。
呆然とする勇者と違って、魔法使いがズカズカと大股で死神に歩み寄っていき。
「おら」
「痛い!」
頭をぶん殴った。
「え、何?ボク、なんかした、かな?」
「なんかじゃねーよ。仮にも死神とか言う奴なんだよな?普通酷いことするんじゃねーかなって思うだろ」
「え、何その先入観……」
叩かれたところを撫でながら、死神は何がいけないのかわからないと言うように呆けている。
なんだろう、こいつ本当に強いのかな。
「おおお、おいガキ!助けてくれ!」
「んーと……」
勇者は困ったように死神を見る。
「あぁ、安心して。労働は八時間だし、お昼になったらご飯連れて行くし、明日には解放するつもりだから……」
「だそうです。よかったじゃないですか!」
「よくねぇよ!意思無視してる時点でブラックだろうが!」
土を耕しながら叫んでも、全く凄みも威圧もあったもんじゃない。虫がいたのか、ゆる僧侶が悲鳴を上げたけれど、手は勝手に動いて虫を摘んでいる。
ある意味拷問じゃないかな、これ。
「あ。そうだ、キミにこれ、あげる……」
そう言って死神は、近くの温室に入っていって、しばらくの後に両手いっぱいの薔薇の花を抱えて戻ってきた。
「花、褒めてくれたの、嬉しかったから……。お礼に、どうぞ」
「わぁ、綺麗だなぁ。ありがとう、死神」
「……あの、勘違いしてると、思うんだけど、死神じゃなくて、収穫者だから……」
勇者は一瞬目を丸くして、それから満面の笑顔を浮かべて薔薇を受け取った。
「ありがとう、リーパー」
「うん。また、ね……」
死神、いやそう言ったリーパーの目は相変わらず真っ白で生気がなかったけれど、最初見た時よりも、それが幾分か柔らかく感じたのは、きっと気のせいだと思う。
「それにしても、たくさんもらいましたねぇ」
歩けるようになった武闘家が、植物園からの帰り道、勇者の持つ薔薇をにやにやしながら言った。なんで笑ってるんだろう、こいつ。
「ね。これだけ育てるの、大変だったんじゃないかなぁ」
落とさないように抱え直して、勇者が嬉しそうに笑った。
町まで向かう一本道の向こうから、どこかで見たことのある姿が見えて、僕だけでなく、魔法使いも身構えた。
「君は……お嬢」
「それやめてって言ってるでしょ!って、アンタたち、あの時の……」
そう、相変わらず目だけ化粧のきつい、あのお嬢だった。なんでこんなところにお嬢がいるんだろう。
考える僕たちをお嬢は興味なさげに見つめて、それから気づいたように、勇者が持っている薔薇をまじまじと見つめた。
「あら?アンタ、その薔薇、もしかして……」
「あぁ、これかい?リーパーからもらったんだよ。何本くらいあるのかな」
「百八本」
間髪入れずに武闘家が答えた。
数えたの?いつ?ドン引きする僕を置いといて、お嬢の顔がみるみる内に赤くなっていく。
「なんで……、なんでアタシにはくれないのに……。うわーん、リッくんのバカー、鈍感、もやしー!」
わんわん泣き出したお嬢には、いつものツンケンした態度はどこにも見られなくて、むしろ年相応の普通の女の子に見えた。
「おーい、勇者くん!よかった追いついて……って、あれ?そうちゃん?」
そう、ちゃん?
リーパーがお嬢に近づいて、まるで子供をあやす親、いやじいちゃんのように頭を撫でる。
「そうちゃん、虐められた?魔法学校は?お友達と上手くやってる?」
「……るさい」
「え?」
リーパーの首が飛んだー!
お嬢はあの鎌を瞬時に作って、リーパーの首を切りやがった!
「リッくんのバカ!もやし!青瓢箪!」
「え?えぇ?」
言うだけ言って、お嬢はまた町の方角に駆けていった。
首を拾う胴体ってなかなかにシュールだなぁと眺めていると、くっつけたリーパーが勇者に近づいてきた。
「いたた……。勇者くん、強い魔法使い探してるって、言ってた、でしょ。魔法力、ボクも上げられるから、ちょっとだけ、上げておくね」
リーパーはそう言って、勇者の両耳を手で優しく塞いだ。そして何か呟いてから手を離すと「じゃ、ね」とまた植物園へ戻っていった。
「あれですね、恋する乙女って大変ですよね」
「恋する?誰が?誰に?」
「魔法使いさんには一生わからないと思います」
リーパーの背中と、そしてお嬢の帰った方角を交互に見て、武闘家はうんうんと頷いた。それから勇者の薔薇を一本抜いて、
「百八本じゃなきゃ、まぁいいでしょう」
と不敵に笑ったのだった。
もちろん、僕にも勇者にも、魔法使いにもその意味はわからなかった。僧侶はわかったのかもしれないけれど。