植物と命と僕。
“黃の国”。
そこは別名、
“魔法の国”。
※
“青の国”から魔法船という空を飛ぶ乗り物で、僕たちはここ“黃の国”へやって来た。
最初に見たのが、いかにも魔法使い!って格好の人たちがそこら中にいて、皆分厚い本を持っている。あの本だけでいい筋トレになりそうって思うのは、きっと隣の脳筋のせいだ。
さて。
そんな魔法使いだらけの国にやって来たのには理由がある。
勇者がもっと強い魔法を覚えるためだ。
「で。魔法ってどーすんだ?」
その辺のお店で買ったリンゴにかじりついて、脳筋魔法使いが勇者に聞いた。
魔法使いっていう肩書きを外したらどうだろう。いや、もう今さらか。
「なんでもね、強い魔法使いがいるらしいから、その人に魔法力の限界を引き上げてもらおうと思って」
「ふーん。魔法ってめんどいんだなー」
お前が言うなよ。
勇者も「ねー」と同意してるし。第一、勇者がめんどいとか言っちゃ駄目でしょ。
僧侶の隣で、物珍しそうに辺りを見ていた武闘家が、何かに気づいたようにある店の前へ走っていく。もちろん僕らも追いかける。
「観光案内ありますよ。これに載ってませんかね?」
小さな冊子を手にして、武闘家は得意気ににんまり笑う。
いやいや、観光案内って……。
「へー、世界でここにしか咲かない花、ねー」
魔法使いが冊子を取り上げて、何か思い出すように口にした。花にでも思い入れがあるのかな。脳筋のくせに。
冊子を取り上げられた武闘家は、もう一冊手に取ると、魔法使いが読んだであろう部分を目で追っていく。
「ええと、“滅んだ村に咲いていたとされる花”」
「滅んだ村ー?」
「知らないんですか?十年前、“奇跡の一族”という奇跡の魔法に長けた一族がいたんです。けれども、魔族の襲来で一夜にして滅んでしまったらしいです」
「僕も知ってるよ。確か、生き残りが一人だけいたんだよね」
そんなことがあったのか。
一夜にして村が無くなってしまうなんて……。一体どんな恐ろしい魔族だったんだろう。
「勇者さん!花見てみたいです!」
武闘家が嬉しそうに手を上げる。
「はー?お前はまたそうやって寄り道を」
「僕は構わないよ?僧侶もいいかな?」
「……」
いや、頷くか首振るかしろよ!無反応ってほんと困るんだよ。
「じゃ、決まりだね。いこっか」
なんも言ってないよ!
てか僕の意見は!?ねぇ、僕の意見はー!?
街の、たぶん端っこに来た僕たちは、一面ガラス張りの綺麗な建物の前にいた。
中に草がいっぱい見えるから、ここにたぶん花が咲いてるんだろう。
その入口にて、見たことのある四人組が何かしら揉めていた。
「はぁ?花見るだけなのに金取るのかよ」
「剣士様ぁ、お花見たいですぅ」
「花、食えるか?」
それはあの剣士たちだ。お財布を握っていると思われる人形使いが、袋を広げてため息をついた。
「見るのはいいけど、今日の宿代無くなるよ」
どうやらあいつらも金欠らしい。
剣士は頭を掻いてしばらく考えてから、
「……酒場、行くか」
と仲間を引き連れてぞろぞろと戻っていった。すれ違う時に「見るんじゃねぇよ、ガキ」と睨まれたけれど。
僕たちもさて入るかと僧侶が四人分の代金を支払っていると。
「はぁ……、なんで観光名所になっちゃったかなぁ……。ボクはただ、花を育ててただけなのに……」
ボソボソと喋りながら僕らの後ろを通る奴が。
ずっと足元見てるし、てか肌青白いし、骨みたいに細いし、一瞬死んでるのかと思った。
「だからボクは嫌だって……うわぁ!」
転んだ!
足元見てるのにこいつ転んだぞ!
頭から派手に転んだそいつは、持っていた分厚い本を勇者の足元まで飛ばしてきた。もちろん勇者が見て見ぬフリをするわけがない。
「大丈夫ですか?これ、落としましたよ」
落としたというより、吹っ飛ばしたのが合ってるんだけど。
そいつは慌てたようにその本を受け取ると、勇者のほうを見ようともせずに「ど、どうも」とだけ言った。なんだこいつ、人と話すのが苦手なタイプか?
「あれ、この本」
勇者が気づいたように本にまた目をやった。
僕も本を見る。タイトルを見るに花の本っぽいけど、なんだか難しそうな本でよくわからない。
「君、花が好きなの?」
「えっ……、あ、うん、まぁ……。命、を、自分で育てるの、好き、だから……」
歯切れも悪いし、おかしなことを言う奴だ。
けれど、花のことを話す時だけ一瞬勇者を見た。その時に見た、奴の真っ白い目が、まるで生気が感じられなくてなぜだか怖くなった。
「ゆうちゃ……」
「あぁ、ごめんね。君も引き止めて悪かったよ。あ、中に入るなら一緒に」
「い、いいよ。ボク、その、独りが、好きだから……」
そう言って奴はガラス張りの中に駆けていった。
「あ、ちょっとオーナー」
受付嬢が奴を引き止めようとしたけど、奴は聞く耳も持たずに消えていった。
「はぁ、ちょっと貴方たち。悪いんだけど、オーナーに手紙渡してくれないかしら?」
「はぁ……」
渡された手紙は、しっかりと蝋で蓋されていて、宛名には“オーナー”、そして差出人には“古き友”と書かれていた。なんだ古き友って。
たくさんの草が生えているここは、植物園というらしい。
珍しい草木や花が育てられてて、その中には絶滅危惧種の花もあるんだとか。僕と同じだ。
目的の花は一番奥の屋上で育てられているようで、僕たちは色んな花を楽しみながら、そこまで行くことにした。
順路って書いてある通路を抜けていって、僕らは屋上へやって来た。天井も一面ガラス張りで、ポカポカ陽気が入ってきて気持ちいい。
そこにはピンクの花が一面に咲いていて、これが希少な花ってことは僕にもすぐにわかった。その中で、さっきの白い奴が黙々と、でも少し楽しそうに、水やりをしていた。
「あ。オーナー」
「え?あ、さっきの……」
相変わらず俯いたままだ。僕としてはあの目を見たくないから助かってるのだけど。
「手紙を預かってきたんです」
勇者がオーナーに預かっていた手紙を渡す。
手紙の裏を見たオーナーは可笑しそうに笑って「ありがとう」とまた勇者を少しだけ見た。
武闘家が屈んで花を見る。
見たいと言った張本人だし、とても満足している。しばらくは機嫌もよさそうだ。
「オーナーさん、このお花、どうやって見つけたんですか?」
「どうやって……と、言われても、その、たまたま……。なんか、うん、作れちゃった、のかな……」
また歯切れの悪い答え方だ。こいつイライラするなぁ、もう。
でも勇者は気にしていないみたいで、武闘家みたいに花を眺めて、それからガラス張りの天井を見上げた。
「綺麗な場所だね、ここ」
「あ、うん、ありがとう……。あのさ、キミたちは、花を見に来た、の?」
「武闘家が見たいって言ったから。僕ももちろん見たかったけどね」
にこりと笑う勇者と、それを聞いて気恥しそうに笑うオーナー。たぶんオーナーは、本当に花が好きなんだろうな。
なんか陰気臭い根暗だけど。
「なー、花見たし、強い魔法使いとやら、早く探そうぜー」
「あ、あぁうん、そうだね」
既に飽きていたらしい魔法使いに、勇者が「ごめん」と謝って、それからオーナーに「じゃ」と手を上げた。
「あ、あの……」
尚も何かしら言いかけたオーナーに、勇者が振り向いたその瞬間。
オーナーの頭を矢が貫いた。
誰も状況が理解できなくて、でもオーナーは倒れていって。
「オーナー!?」
駆け寄った僕たちを嘲笑うように、入口から、あの嫌な剣士の笑い声が聞こえてきた。




