雪と青年と僕。
雪は、白い。
雪は、柔らかい。
雪は、冷たい。
雪は、怖い。
※
「おー!すげー!これが雪景色ってやつか!」
未だに“青の国”にいる僕たちは、街を出て地上へと出た。
そこに広がる一面の白い世界は、今まで見たことがないくらいに、本当に真っ白で、お絵かきしたら楽しいだろうななんて最初は思った。
最初だけね。
すごく寒いし、息は白いし、僕の自慢の毛がつんつんになっちゃうよ。うぅ、寒い。
「魔法使いさんは見たことなかったんですか?」
「おー。勇者と一緒で、緑生まれだからなー」
確かに、あの国ではこんな白いもの見たことなかった。
ちなみにこれは雪というらしい。
これだけ寒かったら、確かに地下へ街を作ろうって気にもなるかもしれない。
「ということは、勇者さんも初めてですか?」
くるりと振り返った武闘家が、ちょっと自慢げに見える。
勇者は両手を合わせて息をかけると、
「うん。本では読んだことあるんだけど……見るのも、触るのも初めてだ」
そう言って、足元の雪をすくった。「冷たい」と苦笑いするくらいならやめればいいのに。
まぁ、未だに僕らがここに、というか、なぜこんな寒い思いをしているかというと。
例の大盛り酒場のおっちゃんが、今日は大雪で冷え込むから気をつけたほうがいいぞと笑ったのが始まりだ。
雪を見たことない魔法使いが、お昼ご飯が終わったらすぐに行こうと言い出し、誰も止める人がいないままこうやって地上へ出てきたわけだ。
「雪遊びするなら持ってけ」とおっちゃんが渡してくれたコートも、この寒さの前ではあまり意味がない。てかおっちゃん、知ってたなら止めてよ。
「雪って柔けーと思ってたんだが、こーやって握ると固くなるんだなー」
魔法使いが足元の雪を握って、玉みたいなのを作った。当たったら痛そう……。
「おりゃ!」
やっぱり投げやがった。
「いて!やったな魔法使い!」
勇者も習って玉を作って投げる。
二人して元気だ。ちなみに僕は僧侶の懐からそれを見ている。この僧侶、筋肉あるからかあったかいんだよね。
あ、空から雪が降ってきた。なるほど、雨みたいに降るのか。
「もう、お二人とも。遊ぶのもいい加減に……」
腰に手をやって説教をやり出した武闘家に、魔法使いが笑いながら玉を投げつけた。
武闘家はあのヤバい動きでそれをかわして、無言で同じように玉を作って魔法使いに投げた。
「お前もやってんじゃねーか」
「やられたからやり返しただけです!ちょっと逃げないでください!」
武闘家をからかいながら逃げていく魔法使い。追いかける武闘家。
雪は次第に強くなっている。
あれ、もしかしなくても、これヤバくない?
「ふ、二人とも!」
勇者が引き止めようと手を伸ばす。けれど、段々霞んでいく景色に、すぐに二人の姿は見えなくなってしまった。
「追いかけよう!僕らもはぐれないようにしないと!」
勇者は僧侶に向かって手を伸ばした。それを僧侶は掴む。僕はとりあえず、目だけ出すようにして、僧侶の懐に更に潜り込んだ。
雪は更に強くなっていって、手を繋いでいるはずの勇者の姿さえも見えない。微かに繋いだ部分だけが見えていて、手を離せば僕らも迷子になりそうだ。
「僧侶!大丈夫かい!?」
「……」
「そっか、ならもうちょっと早く歩くよ!」
会話は出来るようで大したものだ。
僕は口を開けただけで寒かったから黙っていることにした。
「あれは……村……?」
先を歩く勇者がそう言ったのが聞こえた。もちろん村なんて見えない。
勇者の場所からは見えてるのかもしれない。
ザクザク進んで、それが僕にも見えてきた。
それは、村というより、なんだろう、おっきい建物を中心に家が建ってる場所だった。
けれども、どの家にも人は住んでなさそうだ。
「おーい、魔法使い!武闘家!隠れてるのかい!」
ある意味隠れてるのかもしれないけど。
この雪の中だ、どこかの家にでも入ってるかもしれない。
身近にあった家に入ろうとしてみたけれど、誰ももういないのに鍵はかかったままだ。もちろん、他の家も一緒だ。
気味が悪くなって、僕は全身の毛を震わせた。
「……あの建物に行ってみよう」
「……」
そう見上げた先にある、少し古くなった白い大きな建物は、まるで偉い人でも住んでたかのような、そんな建物だった。
ひときわ大きな入口は壊れていて、入れたのは幸運だったのかもしれない。建物は外はボロボロだったけれど、中はそれほど崩れていなかった。
「ここは……教会、かな?」
高い天井や綺麗なガラスを見ながら、時折散らばっている木片に注意しながら勇者は言った。ちなみに手はもう離した。
「魔法使い!武闘家!」
声が反響して吸い込まれていく。
建物に吸われる、というより雪で音が消えているような、そんな不気味さに、僕は僧侶の懐で縮こまることしか出来ない。
「……ぃ、ぉー……」
「声が聞こえる!二人かもしれない。こっちだ!」
勇者が更に奥へ歩いていく。
床は破片があって危なそうだし、僕は今回下には降りないでおこう。
少し広い場所へ出た。
椅子がたくさん並んでて、奥にはなんか机?台座?がある。壊れてる椅子は、なぜか少し腐っていた。
その場所に、二人はいた。
「よかった、二人とも」
二人は振り返る。武闘家が安心したように息を吐いた。
「いやー。すまねー、つい楽しくなっちまって」
「ついじゃないですよ!こんなところまで来て……、どうするんですか!」
いつも通りの二人だ。
けれど、二人が見ていたものが気になったのか、勇者も並んで先にある“あるもの”を見つめた。
「あれ、女の、子……?」
「はい。迷子かもしれないので、街まで一緒に帰ろうかと」
迷子?こんな奥地に小さな女の子が一人で?
絶対に怪しいのに、この能天気勇者は屈んで女の子と目線を合わせた。
「そうだね。でも、とりあえず雪がやむまでここに」
いようと勇者が言いかけた時だった。
雪がどこからともなく入ってきて、僕らの周りを取り囲んだ。
「うおっ、なんだこりゃ!」
「皆気をつけて!魔物かもしれない!」
勇者が剣を構える。魔法使いも杖を握った。
「今度はお兄ちゃんたちが遊んでくれるの?」
「え?」
女の子が不気味に笑う。それに合わせるように雪は強くなっていく。
勇者が剣で雪を切ろうとするけど、やっぱり予想通り切れない。魔法使おうよ!
「まほう!まほう!」
「魔法?そっか、魔法使い!」
「よし、任せろ!」
魔法使いも杖で殴る仕草をするけれど、だから違うってば!
「殴れねー。なら……、これはどうだ!」
魔法使いは着ていたコートを脱いで、袖の部分を杖にくくりつけた。まるで旗みたいになったそれを、再び雪に向かって振り始める。
器用にコートに雪がくっついて、取り囲んでいた雪はさっきよりも少なくなったようだ。
「よし今だ、走れ!」
少し空いた隙間を縫って、僕らは入口に向かって走り出した。
後ろで女の子が「うふふふふ」と笑っている。怖い怖い怖い!冷凍保存されなくてもまだ全然いけるから!
見えてきた入口にほっとする。
けれど、出ようとした瞬間に雪が外から入り込んできて出るに出れない!
「うふふ……」
「きゃあぁぁああ!」
背後からあの女の子が!
雪を周囲に纏うようにして、女の子は、さも鬼ごっこを楽しんでいるかのように笑って歩いてきた。
「雪女……」
「なんだよそりゃ!」
「雪を操る魔族です……!で、でも前魔王を倒したとされる勇者様がたが、倒しているはずなんです!」
「いるってことは倒してねーんだろ!?」
確かに。
雪女は僕らを見、それから少し考え込むようにして頬に手を当てた。
「鬼ごっこ、終わり?」
その笑いは本当に背筋が凍るほどゾッとして、僕はとにかく凍えないように僧侶の筋肉にぴたりとくっついた。
雪女は楽しそうに笑いながらくるくると回る。
「じゃ、次はこれで遊ぼ?氷冠」
氷の魔法だ!しかも強いやつ!
雪女の背後に極太の氷の槍みたいなのが見える。あれに刺さったら寒いどころか痛さで死んじゃいそうだ。
「くっ……、浄炎!」
勇者も魔法を使う。
けれども強さが段違いのそれは、槍の先をちょっと溶かしただけで、槍そのものは形を保ったままだ。
「おい!どーにもなってねーぞ!」
「なら、使えるかわからないけど……業炎!」
シュポン。
勇者の先からは小さな頼りない火が出ただけ。さっきよりも弱いことは明らかだ。
「おい!」
「やっぱり駄目だった!」
爽やかに笑って頭を掻いても騙されないからな!
「……お兄ちゃん、魔法使えないの?じゃ、もういいや」
いや、魔法使いよりは使えてるけどね!むしろなんで魔法使いのほうに突っ込まないのさ!
「やっぱり僕の魔法力じゃ……」
シリアス空気出しても騙されないし。
あ!雪女が待っててくれたのに、呆れて槍投げてきちゃったじゃないか!避けれない!
その時。
外から激しい火の渦が入ってきて、雪女の槍をあっという間に溶かしてしまった。勇者が「成功したのかな」と自分の手を見つめてる。
どう見ても成功してない。
「だ、誰!?」
雪女が焦る。
僕らも外を見る。
細い剣を腰からぶら下げた、勇者よりも、ううん魔法使いよりも年上っぽい奴が、手を雪女に向けたまま立っていた。
「みーつけた」
そう言ったそいつは、澄ました顔のまま僕たちの元へ歩いてきた。自信溢れる澄まし顔は少し憎らしい。
「全く、探したんだ。姿まで変えて、本当に手間をかけさせやがったな」
何言ってんだこいつ。
澄まし顔はその笑顔を崩さずに、雪女を見つめた。
「最近気候が安定しないと聞いてな。もしかしてと思い見に来れば、これだ」
「あああああああ!お前ぇぇえええ!お前お前お前お前お前お前!」
な、なんだ!急に雪女が取り乱し始めたぞ!
それに呼応するように、雪女の周囲に、さっきとは比べ物にならないほどたくさんの槍が現れた。僕だけでなく、武闘家も「きゃっ」と小さく悲鳴を上げる。
けれども澄まし顔は顔色ひとつ崩すことなく、むしろ呆れたようにため息をついて、
「さっき効かなかったこと、もう忘れたのか?」
澄まし顔は何か小さく呟く。激しい炎の玉が澄まし顔の周囲を飛んだかと思うと、それらは氷の槍とぶつかり合って溶けていった。
「あああああああ!この!このこのこのこのこのこの!」
雪女が髪を振り乱しながらもっとたくさんの槍を出す。澄まし顔は「無駄だだと言ったろ?」と地面を蹴る。気づけば雪女の首を掴んで、持ち上げていた。
は、早い……!
「これで終わりだ。業炎」
それは勇者が使えなかった魔法と同じもの。
その威力は勇者のそれとは比べ物にならないくらいに強く、たちまち雪女の足元からすごい炎が出てきて、それは竜巻みたいに唸って、あっという間に雪女を溶かしてしまった。
「す、すごい!」
興奮した勇者が澄まし顔に駆けていく。
僕も行きたかったけど、ぬくぬく僧侶から出られないから見ているだけにする。
「槍を溶かしたのも業炎なんですか!?」
「いや。あれは浄炎だよ」
浄炎?あれが?勇者の魔法とは段違いに強い。
「どうすればそんなに強くなれるんですか!?」
「んー、そうだなぁ」
澄まし顔は顎に手をやって考える。
「東に“黃の国”と呼ばれる魔法の国がある。そこに行ってごらん。でも君は、どうして力を求めるんだい?」
「僕は勇者だからです!」
「……そっか」
そう言って、澄まし顔は少し嬉しそうに笑った後「じゃあね」と建物を出ていった。
それを見て外は雪なんじゃないかと思ったけれど、外は嘘のように晴れていた。
※
「ちょっと、どこ行ってたのよ!」
少しきつい物言いに、俺は苦笑いしながら振り返る。
まだ幼さの残る面持ちの彼女は、昔からの仲間だ。
「どこってそれは……、雪女とデートに?」
「いたの!?どこに!?早く倒さないと!」
「もうやったよ」
彼女はそれを聞いて何回か瞬きした後、
「早く言いなさいよ!そんなんだからモテないのよ!」
「それ関係あるかなぁ」
確かに彼女いない歴と年齢が比例してはいるけれど。
俺は笑いながら、彼女の頭を優しく叩いて、早く歩けと促す。雪が止んだとはいえまだ寒い、早く帰りたいのは俺だってそうだ。
「なんか、嬉しそう……?」
叩いている手を振り払った彼女が、俺を覗き込んで変な顔をした。
「ん?いや、あぁ、そうだね。ちょっといい出会いがあったからね。それより、明日には黃の国に行くんだろ?」
「う、うん。こっちの用事を終わらせたら向かうつもり」
「気をつけてな」
今さら?という顔をされたが、心配なのは本当だし、嘘はついていない。
雪の止んだ空を眺めて、久しぶりにあの酒場で夕食でも食べようかなと考えた。