美男子と炒飯と僕。
“青の国”。
そこはとても寒くて、気を抜けば凍ってしまいそうな、極寒の地だった。
※
“赤の国”から、地下電車という乗り物に乗って、僕たちはここ、“青の国”に来ていた。なんでもここは、昔あった戦いか何かで気候が変わったらしく、地上はとても寒い場所になったらしい。
それからは、こうして地下に街を作って暮らしているんだって。なかなかに珍しい国だ。
さて、僕たちがそんな寒い国に来たのは、ここで開かれる闘技大会に出る為だ。
ぶっちゃけ僕らは、万年金欠で、その日の宿のお金すらままならない。
この大会の賞金で、少しは贅沢したいという願いの元、こうして無けなしのお金をはたいてやって来たのだ。
「受付はーっと、あそこみたいだなー」
街の中央に、おっきな卵みたいな建物があって、どうやらここで大会をするらしい。外に出てる机に、でかでかと「受付はこちら」と紙が張ってある。
「すみません。僕たち、大会に出たいんですが」
「お、丁度あと二人分空いてるよ。誰と誰が出るんだい?」
勇者はすぐに「僕と魔法使いで」と伝えると、武闘家に僕を渡した。
「フロイを頼むね」
「はい、頑張ってください!」
意気込む二人はそのまま中へ入ろうとしたけど、おっさんが「待った待った」と止めたから入れなかった。
なんだろう、何か不備でもあったのかな。
「お兄さんたちは最終ブロック予選だからまだだよ。開始時間はここに書いてあるから、よかったら時間まで街を見てくるといい」
そう紙きれを渡された。
街を見てくればいいと言われても、さっきも言ったけれど僕らはお金がない。
ご飯を食べようにも、宿で休もうにも、そもそもとして何もないのだ。
「やべ、腹減った……」
「魔法使いさん、しっかりして下さい!貴方が大会に出ないと、勇者さんが大変なんですよ!?」
そうは言っても、武闘家だって鳴るお腹を誤魔化せていないじゃないか。僕には聞こえてるんだからな。
「でもどうしようか。開始時間は夕方だし、何か食べないと保たないね」
勇者もお腹を押さえて苦笑いした。
僧侶が懐から薬草を一枚ずつ配ってくれた。腹の足しになるかはわからないけど、まぁ無いよりマシ、かな。
「何か依頼探しませんか?簡単なもので、すぐに出来るような……」
「そうだね。じゃ、掲示板見に行こうか」
武闘家の提案に勇者が賛成して、僕らは街の掲示板を見に行くことにした。途中で魔法使いが息絶えて、僧侶に担がれたんだけど。
大抵、こういう大きな街だと、酒場の前に掲示板があるものだ。ここも案の定そうで、皆で掲示板を眺めていると。
「ギャッ」
扉から勢いよく酔っ払いが出てきた。いや、出てきたというより、蹴り飛ばされたっぽい?
「おい。今度オレを女だとぬかしたら、てめぇの目潰すぞ」
物騒な言葉遣いで出てきたのは、息を呑むようなすごく綺麗な人だった。けれど着ている服を見るに、この人は女の人ではなく、どうやら男の人らしい。
手足につけた鈴のようなものが、シャラン、シャラランと綺麗な音を響かせる。
「ひ、ひぇ。許してくれよ、ちょっと間違えただけじゃねぇか」
あれ?この酔っ払い、どっかで見たことあるぞ?
見覚えがあるのは僕だけじゃなかったようで、勇者もしばらく酔っ払いを見つめた後、思い出したように手をポンと打った。
「あ!あの時の剣士じゃないか!」
あの時?あ、赤の国で汗と涙のドッチボール大会をやったあいつか。
僕だけでなく、魔法使いも思い出したのか「あー」と頭に手をやって唸った後、にやりと意地の悪い笑い方をした。
「こーんなひ弱そうな野郎にぶっ飛ばされるとか、お前弱っちーなー」
「ちょ、ちょっと魔法使いさん」
僧侶が担いでいた魔法使いをポイと投げ捨てた。
そのまま魔法使いは綺麗め野郎に足蹴されて、剣士と同じようにぶっ飛んでいった。なんでこいつは、こう、いつも余分なことを言うんだろう。
「で?誰がひ弱だって?」
「ま、待ってください!魔法使いがすみませんでした!あいつ、お腹が空いて頭がちょっとおかしくなってて」
いや、あいつはいつも頭おかしいだろ。マトモな時ってあったかな。
「腹、ねぇ」
綺麗め野郎は顎に手をやって、倒れたままの魔法使いを眺めた後、何か楽しいことを思いついたようににやりと笑った。
「食わせてやんよ。入んな」
酒場に入れと示す綺麗め野郎に尻込みしつつも、腹が減ってはなんとやら。僕らは大人しくついていく以外の選択肢はなかった。
ちなみにあの剣士はそのまま放置した。
「へいお待ち!」
勇者の顔三個分くらいの高さの、大盛り炒飯が出てきて、僕だけでなく、武闘家も、そして僧侶も目を丸くした。勇者が魔法使いに「イケる?」と小声で聞いている。
その炒飯は魔法使いだけで、僕には小さなパンとスープ、勇者や武闘家、僧侶は各々食べたいものを頼めばいいということで、あんなにバカでかい料理は運ばれてきていない。
「で。これを何分で食えと」
「五分らしいな、ほれ、もう始まってるぜ?」
にやにや顔の綺麗め野郎が、早く食えと魔法使いをせっつく。
話す暇も惜しいのか、魔法使いはそれはもう無言でかきこんでいく。うわー、いつもの五倍くらいの早さで減っていってる……。
「いやぁ、助かるぜアンタら。何せ金なくて払えなかったからなぁ」
ぶっ。
「ちょ、フロイ大丈夫?」
勇者がむせる僕を撫でてくれる。
むせながら、僕は酒場の隅に張ってあるチラシを盗み見た。
“大盛り炒飯、五分で完食できたら飲食代全部タダ!”。
つまりこの野郎は、お昼を食べた後金がないことに気づいて、このチラシに気づいたわけだ。けれど自分はもう食べれない。
そこに腹を空かせた僕たちが来たというわけ。
「けほっ、ゆう、ちゃ……、ゆうちゃ……」
「ほら、落ち着いてフロイ。時間はまだあるからね」
うん、僕たちはあるだろうよ。
隣の魔法使いはないけどね。
「にしても、いい食べっぷりだな。昔の仲間を思い出すぜ」
「友達、ですか?」
野郎は水を飲み干して「おう」と笑った。
「筋肉バカと、もやしがいてな。こうやって金がねぇ時、もやしに同じことして、無理矢理食わせて難を凌いだもんだ」
筋肉バカじゃなく、なんでもやしに食べさせたんだろう。食も細そうなのに。
とりあえず落ち着いた僕は、パンをまた口に入れて、半分以上無くなった炒飯を死んだ目で見つめた。
「ええと」
「オレは舞踏家だ、闘技大会に興味あって来た」
武闘家?なんだ、こいつもこの役立たずの、おっと戦えない武闘家と同じなのか。
「さて、そろそろ時間だな。似非魔法使い、どうだ?いけるか?」
「もががががが」
最後の追い込みとばかりに、魔法使いが器を持ち上げてかきこんでいく。すごい、炒飯が砂みたいに口に吸い込まれていく。
「すごい、すごいや、魔法使い!炒飯が消えていくよ!」
消えるってか、めっちゃ頑張ってるけどね、あれ。
「はい終わりだよ、お客さん。さて、完食は……っと。ほう、大したもんだ。これを完食出来たのは、兄ちゃんで二人目だよ」
「二人目?一人目はどんな人だったんですか?」
完食して死にかけている魔法使いに水を渡してやりながら、勇者が店のおっちゃんに話しかける。ちなみに武闘家は優雅にデザートを食べていた。
「十年くらい前、だったか。兄ちゃんたちと似たような年の冒険者さんたちでな、白髪のひょろい兄ちゃんに、皆して必死で食わせててな。あぁでも、確かちっさい女の子だけが、心配そうに見ていたんだよ」
おっちゃんは懐かしそうに目を細めて、それから何かを思い出したように綺麗め武闘家をまじまじと見つめた。
「おい、兄ちゃん、あんた……」
「おっと店主、これでオレは払わなくていいよな?変わらず、美味かったぜ」
綺麗め武闘家は意味深に笑って、酒場を出ていってしまった。
その背中を見送ったおっちゃんが、目に涙を浮かべて感慨深げに、
「……兄ちゃん、あんた、さらに綺麗になってんじゃねぇか」
そっち!?
突っ込みたかったけど、魔法使いの「水……」と死んだような声で、全くそれどころじゃなかった。
夕方近くになって、予選の開始時間になった僕たちは、再びあの建物の前へと戻ってきていた。
なんとそこにはあの剣士御一行もいて、予選は魔法使いと剣士だと言うのだから驚きだ。
「脳筋魔法使いなんぞ、この俺様の敵ではないがな」
「剣士様ぁ、かっこいいですぅ!」
「剣士様、素敵」
相変わらず、ゆる僧侶と片言狩人は剣士を崇拝している。人形使いだけが僕たちに苦笑いを向けて、
「ま、まぁ、よろしく頼むよ」
と手を出してきた。やっぱりこいつ、このパーティを抜けたほうがいいんじゃないかな。もったいない気がする。
魔法使いが人形使いの手を握り返して笑った。同じように「おう」と返事をして。
勇者はなんなく予選を突破して、魔法使いの戦いを見るために観客席にいた僕らの元へやって来た。爽やかに笑いながら「楽しいなぁ」って予選を眺めている。
案外、勇者も脳筋なのかもしれない。
「あ!あれ魔法使いさんですよ!」
武闘家が指差す先、観客席に手を振りながら出てくる魔法使いの姿があった。時折ウインクしてる辺り、あの視線の先は女の子なんだろう。
「剣士も出てきたね」
反対側からは剣士が、観客席にいる三人に向かって手を振っている。仲間思いなのは、案外あっちかもしれない。
司会が両者を読み上げてから、戦い開始の鐘が鳴った。
先に仕掛けたのは剣士だ。
「霧雨!」
水の魔法だ!
剣士の姿が霧の中へ消えていって、僕らからは全く見えない。あの中にいる魔法使いは、きっともっと見えないに違いない。
「まほうちゅかい!」
僕は武闘家の手から勇者の頭へ飛び移って、よく見ようと何回か跳ねてみた。けれども駄目だ、全く見えない。
「はーはっはっは!俺様が見えんだろう!だが安心しろ、俺様も見えん……」
あいつ馬鹿なの?
「僕が風の魔法で霧飛ばそうか?」
いやいや、それ失格でしょ!
「ガキ!やってくれるか!」
お前も頼むんかい!
「じゃ、行くよ!若葉風!」
勇者が剣をかざして魔法を使った。
ちなみに剣をかざす必要がないのを、僕は知っている。ただの見栄えだって前言ってた。
剣から出た(ように見える)風は、少し激しいものだったけれど、お陰さまで二人の姿がよく見えるように……あれ?魔法使いがいない!
「まほうちゅかい?」
勇者の上で跳ねて探す。
もしかして風で場外に?さっきあんだけ食べて重そうなのに?
観客席も少しざわつき始めた頃、誰かが上を見て「いた!」と叫んだ。見習って上を見上げると、建物の天井の骨組みにぶら下がる魔法使いが。
「オレからは、お前の姿、よーく見えてたぜ?」
「貴様どうやってそこに!?」
「なーに、簡単さ」
にやりと魔法使いが笑った。たぶん(遠くて見えない)。
「最初に杖を真上に投げる。次にオレが飛ぶ。落ちてくる杖を空中で踏み台にして更に飛ぶ。ほれ、お前にも簡単に出来るだろ?」
「できるか!」
確かに出来ない。あの脳筋だから出来ただけだ。
「くそっ、くそくそくそ!これならどうだ!火炎!」
剣士が自分の右手に炎を作る。それを思いきり魔法使いに投げつけた!
「はい!両者そこでストップです!」
「は?」
「え?」
司会が両手を振りながら剣士に駆け寄って、なぜか試合を中断したのだ。
魔法使いも天井から降りて、華麗に着地を決めた。
「えーと、剣士さん。観客席からの支援はアウトになります」
やっぱりそうだよね。じゃ、魔法使いの勝ち?
「それから魔法使いさん、天井はアウトです」
確かに、そう、かも?そう、なの?
「いや、そーゆーことは先に……」
「大会ルール、読みました?」
司会が二人にそれぞれ紙きれを渡す。
しばらく二人はそれを読んだ後、
「嘘だろー!?」
と同時に絶叫した。