少年と商人と僕。
これは、僕が勇者と会う、少し前のお話。
※
僕は毎日フワリン仲間でたむろっていた。なんでも僕が生まれるちょっと前に、フワリンが絶滅危惧種に指定されたとかで、むやみやたらに狩るような旅人はいなくなったらしい。
毎日が平和で、そしてあったかい日々だった。
けれどもある日、僕らを売りさばこうとする悪い奴らによって僕らは捕まってしまった。悪い冒険者はいなくなったけれども、代わりにこういった悪い商人は増えていったのだと、詰められた馬車の中で、違うフワリンから聞いた。
色んな町や村に連れて行かれた。
仲間はどんどんいなくなっていった。
気づけば僕は、僕一人だけになっていた。
ある小さな町にて、今日も僕は引き取り手を探していた。
緑は不人気な色らしく「緑はいいかな」と道行く人に拒否されては、次第にその日の店じまいの時間が近づいてきていた。
「ちっ、今日も売れなかったな。やっぱ緑はダメかぁ?最悪魔物の餌にしちまうか?」
「えっ」
勝手に捕まえて、そっちの都合が悪かったら勝手に餌にするって酷くない?
僕はそんなことされてたまるかと、商人の隙をついて逃げ出した。
けれども少し跳ねたところで何かにぶつかって、僕は小さく悲鳴を上げて転がった。
早く逃げなきゃいけないのに、一体なんなのさ!
僕はぶつかった何かを見上げる。
それは、優しい顔立ちの、少年だった。
「君は……?」
奴は僕を両手で拾い上げると、まじまじと見つめてきた。そんなに見るな、僕は人気者なんだぞ、金払え!
「やーっと追いついた!少年、それ返してもらえるかな?」
「“それ”……」
商人の言葉に、奴はムッとしたように顔を歪めて、それから腰に下げた大きめの袋をずいと商人に差し出した。
「この子、僕がもらいます」
「あ?てめぇ、ガキが買える金額じゃ……」
「足りませんか?」
奴は無理矢理袋を商人にもたせる。商人は袋を受け取った瞬間顔色を変えて、それからすぐに袋の中身を確認しだした。
「へ、へぇ……!なかなかいい金じゃねぇか。いいぜ、どうせ餌にでもする予定だったんだ。そんな売れ残りでよけりゃ、好きなとこに持って行っちまいな」
商人は袋を大事そうに抱えて、いそいそと荷馬車へと戻っていった。
僕はそれを奴の腕の中から見送って、とりあえずは餌になる運命は避けられたことに安心した。
「さて、と」
僕はビクリと震える。
そうだ、餌にはならないけど、どうなるかわからないことに変わりはないんだった。
そうっと奴を見る。笑っていた。
「こんにちは。君、一人なんだよね?よかったら僕と一緒に行かないかい?」
「いっちょ……?」
「うん。今日町に来ていた商人が、あぁさっきの人とは別なんだけど、伝説の剣を売っていてね。鞘から抜けたら勇者だーって言っていて、僕は抜くことが出来たから勇者なんだって」
勇者?こんなに頼りなさそうな奴が?
「だから僕は旅に出て、魔王を倒そうと思ってるんだ。でも一人だとやっぱり淋しいし……。君がよければ、なんだけど、どうかな?一緒に行かないかい?」
確かに頼りなさそうだけど。
あったかくておっきな手。
優しそうな笑顔と、キラキラした目。
そして伝説の剣を抜いたその才能。
「ゆう、ちゃ……?」
「うん!僕は勇者だ!」
「ゆうちゃ!いっちょ!いっちょ!」
僕は奴の、勇者の手の上で跳ねる。
勇者も嬉しそうに笑う。
こいつが勇者なら、勇者が魔王を倒した瞬間に僕がこいつを倒せばいいんだ!魔王を倒した伝説の勇者を倒した僕、うーんかっこいい。
何より、僕を弱いとか不人気とか言う奴はいなくなるだろう。
そんなことを考えているなんて勇者はもちろんわからない。
僕が跳ねるのを、ただただ嬉しそうに見ているだけだ。
「あ、そうだ」
「?」
「名前、決めないと。君、じゃ友達に失礼だもんね」
勇者は少し考えて、それから僕を頭に乗せた。
「よろしくな、フロイ!」
フロイ。
そう呼ばれた僕は、なんだかどこかが恥ずかしくなって、勇者の髪に顔を埋めた。
「こそばいよ、フロイ。あはは」
勇者は終始楽しそうに笑いながら、故郷である町を出た。
こうして、僕と勇者の、勇者を倒して世界一になる旅路が始まったのだ。
「あ!」
「ゆうちゃ?」
「今日のご飯代も渡しちゃったなぁ。とりあえず、今日は家に帰ろう」
前言撤回。
どうやら旅は、明日かららしい。