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勝利の魔法。

 バトル物よろしく拳がヒュンヒュンヒュンとぶつかる様は、もしかしなくても、このお話には合わないんじゃないかなと僕は眺めていた。



 ※



 外へ出た魔法使いとパパさんは、最初にほぼ同時にお互いのほっぺを殴った。

 そして二人とも吹っ飛んだ。


「やるじゃん、おっさん」


 口元をくいと拭って、魔法使いがにやりと笑う。


「チャラ男にしてはお前もやるじゃねェか」


 パパさんが唾を吐き出してにやりと笑う。

 なんだっけ。あ、唾を吐き出しちゃいけないって、前に勇者が町で変な奴に注意してたな。いい子の皆はやっちゃいけないよ!


 もちろん、この空気と二人の脳筋の間に入ってそれを言う勇気はないから、ここだけの話ね。


「なー、おっさん。これが本気かよ?オレはまだまだやれるぜ?」

「口だけは認めてやる。だが、それもここまでだなァッ!」


 パパさんが距離を詰めて連続キックを繰り出した!

 それを両手でガードして魔法使いは凌いでるけど、一撃一撃食らうたびに、少しずつ後ろに下がってる。あの脳筋が押されるなんて、あのパパさん、一体何者なんだろう……。


「おらァ!」


 回し蹴りが決まったぁぁああ!

 魔法使いは吹っ飛んで地面に転がった!

 あぁちょっと魔法使い、頑張ってよ!あんなにいつもボカスカやってたじゃないか!


 嫌いなのに、嫌いなのに……。

 魔法使いなんか嫌いなのに。なのに!

 あいつが負けるとこなんか見たくなくて、僕は気づけば勇者の頭から飛び降りて、声の限り叫んでいた。


「まほうちゅかい!まほうちゅかい!たって!まほうちゅかい!!!」


 ああもう!

 僕がここまで言ってるんだ!早く立てよ!立って、いつもみたいに「オレに任せとけ」ってカッコつけなよ!


「……っせー。応援はさー、可愛い子がやって、意味あんだぜ?なぁ、非常食」


 立った!


「まほうちゅかい!」

「へいへーい。オレなら元気だぜー」


 いつもみたいに手をヒラヒラさせて笑ってる。

 全く心配させやがって。後で体当たりの刑だからな!


 あれ?でもなんだかちょっと様子が変。

 息の仕方が違うような?

 その時僕は、地面にぽたりと落ちた魔法使いの血に気づいて、また「まほうちゅかい!」と叫んでしまった。


「だからうっせーって。あー、こーゆーの、久々だわ」

「立つのがやっとだろォ?まだやるのかァ?」


 魔法使いは首を左右に傾けて鳴らすと、いつもみたいににやりと笑った。


「立たなきゃいけねーんだよ。なんたってオレは、勝利の魔法をかける“魔法使い”なんだからな!」

「くくッ、はははッ。気に入ったぞ、魔法使い!俺がその魔法を、打ち砕いてやろう!」


 そう豪快に笑い出したパパさんの周囲の空気が震え出して、そしてそれは、少し離れて見ていた僕らにも伝わってきた。

 勇者が加勢しようと剣を抜く。けれど、魔法使いの「手ー出すなよ!」の怒鳴り声に、渋々と剣を仕舞った。

 あのカッコつけめ!これで何かあったら、お前の墓の前で嫌というほど跳ねてやるからな!


「て言っても、オレもそんなに余裕がねー。だからあと二つ、二つだ。オレの最大魔法でおっさん、あんたを倒す」


 指を二本立てて、魔法使いは息を整えながら笑う。


「……その魔法とやら、受けてたとう!」


 パパさんが両足を広げてどっしりと構える。

 もし。もしこれで駄目だったら。

 そしたら魔法使いは死んじゃうのかな。


 いやいや、もう食べられるかもって怯えることもなくなるし。

 それでいいじゃないか、いいじゃ……ないか。


「ゆうちゃ……」


 僕は勇者を見上げる。

 勇者は小さく頷いた。


「大丈夫。なんと言われたって、僕が助けるから」

「……ん!」


 なんで死んじゃうのが嫌とか、そういうのを考えるのは後だ後!

 今は魔法使いがヘマした時の手助けを考えないと!


 そんなことを知ってか知らずか、魔法使いは自慢げに、誇らしく人差し指をピッと空に向けて立てた。


「オレの切り札だ……、行くぜ」


 空気が張り詰める。


「時間操作魔法……」

「時間操作、だと……!?それはアイツですら確立できていないはずだ!なぜお前のような奴がッ」

「おーっと。お喋りはそこまでだ。時間操作魔法、時間停止(ストップウォッチ)!」

「くッ」


 パパさんが身構える。

 僕らもその魔法がどんなものかと、固唾を飲んで見守った。


「……?」

「ん?」


 おい、普通にパパさん動いてんぞ。

 パパさんは自分の身体がなんともないか確認してから首を傾げた。もちろん僕らも二人を眺めたまま、どういうことかと首を傾げる。


「おい、おめェ、魔法失敗してんぞ」


 呆れたように手を組んで、パパさんが盛大なため息をついた。

 勇者が飛び出そうと剣に手をかける。

 けれど、黙って見ていた僧侶がその手を制して、そして静かに魔法使いを指差した。僕も勇者も魔法使いを見ると。


 止まっていた。


 カッコよく空に指を立てたままの姿で。

 表情も変わっていないし、ていうか息してるのあれ。

 てか待って待って。止まるって……え?まさか、そっち!?


「おいィ、てめェが止まってどうすんだ!隙だらけじゃねェか!だからチャラ男は嫌いなんだよッ」

「……」

「なんとか言えやァ!おい、魔法使い!」

「……そして」


 もう馬鹿みたいだと、パパさんが相手にするのをやめようとした時だった。

 魔法使いがピクリと動いて、今までとは比べ物にならない速さでパパさんとの距離を詰めたんだ!ちなみに速すぎて、僕の目には魔法使いが消えて、パパさんの前に出てきたように見えた!


 魔法使いはその勢いのままで回し蹴りを放つ!今まで両手しか使っていなかった魔法使いの、初めて見せる足技に、僕だけでなく、見ていた全員が息を呑んだ。


そしてオレは動き出す(ミッションスタート)


 魔法使いの蹴りを受け止めたパパさんの手が、離れていてもわかるくらいにミシミシと音が鳴る。

 あの蹴りのヤバさを物語ると同時に、やっぱりあいつは魔法使いじゃないとツッコミたくもなった。


 蹴りを止めたままの格好でパパさんが笑う。


「おめェ、手加減してたなァ?」

「はんっ。どっちが」


 魔法使いの足をそのまま掴んで、パパさんが魔法使いを地面に叩きつけようとする。けれど魔法使いは腹筋を利用して上体を起こして、


「食らえ!隕石砕き(パチキ)!」


 パパさんのデコに頭突きしたぁぁあああ!

 なんかカッコいいこと言ってたけど、普通の頭突きだからね、あれ!


 両者共に、きっと頭の中グワングワンに違いない。

 パパさんは魔法使いの足から手を離して、少しふらつきながらもなんとか踏みとどまった。けれど魔法使いはそのまま倒れて、空を仰いだままだ。


「くッ、はははッ。いいぞ、いいぞォ、魔法使いいいィィ!もッとだ、もッと俺を愉しませろォ!」


 何あのパパさん狂ってんの!?

 あんただって頭から血出してるし、魔法使いだってこれ以上は戦えないよ!


 すぐに魔法使いに近づこうと跳ねたけど、勇者が僕を掴んで肩に乗せてくれた。勇者の手には剣があって、その目はいつもみたいに優しい目なんかじゃなかった。


「魔法使い!今助けるよ!」


 勇者が剣を振りかぶってパパさんに下ろす。けれどもパパさんは避けようともせずに、その剣を片手で掴むと、剣ごと勇者を放り投げた。

 もちろん僕も一緒に投げられた。

 それでも勇者は立ち上がって、また剣を構える。


「氷塊!」


 勇者の魔法だ!手から生まれた氷の粒がパパさんに当たるけれど、駄目だ全く効いてない!

 あの皮膚鉄かなんかなの!?


「勇者、といったなァ」

「そうだ!魔法使いから離れろ!」

「邪魔するなら、勇者、おめェから遊んでやろォじゃねェか」


 そう言ってこっちを向いたパパさんの目は、血を求める魔物みたいに真っ赤だった。

 僕は怖くて、それだけで動けなくなってしまった。僕でこれなんだ、きっと役立たずの武闘家は卒倒してるに違いない。

(後で知ったんだけど、ほんとに卒倒してたらしい)。


 もう駄目だと思って、僕は勇者の首筋に身体全体を押しつけた。

 その時だった。


「あなた、何してるの?」


 まだ具合の悪そうなママさんが、娘ちゃんに支えられながら出てきた。

 二人を見たパパさんは、さっきまでの魔物みたいな目をすぐに引っ込めて「すみませんでした」と正座からの土下座をキメた。


 頭を地面に擦りつけたままのパパさんを無視して、ママさんは魔法使いに近づくと、額に優しく手を当てて微笑んだ。


「ごめんなさいね、うちの人が早とちりしてしまって……。奇跡の光よ、優しき息吹にてこの者の傷を癒せ。明るい希望(ディモルフォセカ)


 それは奇跡の魔法だ。

 魔法使いの傷が段々塞がっていって、完全に治った頃に、魔法使いはゆっくりと目を開けた。


「気にすんなって……、オレ、も、悪かった、からさ……」

「お兄ちゃん!」


 娘ちゃんも魔法使いに駆け寄っていく。

 あれ?パパさんは?無視かな。確かにパパさんは死ななそうだけど、それにしてもこれは悲しい。実際、パパさんがなんとも言えぬ顔で娘ちゃんを見つめている。


 結局僕らは、ママさんと娘ちゃんの好意に甘えて、一晩泊まってから帰ることになった。

 夜中、ちょっと眠れなくてうろついていた僕は、パパさんとママさんが机に向き合ってるのを見た。


「あなた。娘の前ではあの姿にならないって約束しましたよね?」

「いや、あいつが強くてなぁ。思いの外、楽しくなってきちまった」

「ふふふ。あなたがあんなに熱くなるなんて久しぶりですね」

「いやぁ、あれはもっと強くなるぞ。楽しみだ」


 そう言って、パパさんはコップをぐいと仰いだ。

 そうか、パパさんは楽しくなるとああなるのか。楽しいのも大変だ。

 さて、眠くなってきたし、そろそろ戻ろう。勇者がお布団をあったかくしてるはずだから。



 次の日、今度こそ花を見つけようと家を出る僕らを見送るママさんが、僕の前に屈んで、そして小さく呟いた。


「ありがとう、フロイさん」


 そのありがとうが、何を言っているのかわからなかったけれど、うん、とりあえず。

 今日からまた旅の始まりってことに、変わりはないんだ。





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