女の子とお話と僕。
それは、依頼の途中で立ち寄った、森の中の開けた花畑で出会った、小さな女の子との話。
※
今回の依頼は、森の中の花畑から、ある花を摘んできてほしいというもの。
森の中には危ない魔物がいるとかで、普通の人には危ないんだって。まるで僕らが普通じゃないみたいに言われてるようで癪だったけど、よく考えれば、魔王を倒そうと旅してますとか、確かに普通じゃないよね。
そんなわけで、僕らはこうして花畑までやってきた。
「なんだなんだ。魔物なんていなかったじゃねーか」
「いいじゃないですか。安全第一ですよ」
武闘家は花畑の中に入って、頼まれた花を探し始めた。一応、依頼の紙に特徴と絵が書いてあるから、ノーヒントというわけではない。
「でも魔物がいるなら、僕らで少しでも倒しておきたいよね。そのほうが、村人たちも安心できるだろうし」
勇者も花を一輪ずつ見ながら言う。
ちなみに魔法使いは離れた木の下で座り込んだ。こういう繊細な作業は向いてないからな。
僧侶?僧侶は薬草摘み。少しでも薬草代節約しないといけないし。
僕も花を探そうと、勇者と武闘家から離れた草むらに入ろうとしたけど、保護色になって見つからないという理由で、魔法使いの頭で待機することになった。
「ありましたか?」
「うーん……、こっちも探してみるよ!」
「お願いします」
二人のやり取りを暇そうに見ていた魔法使いが、何かに気づいたように杖を掴んで立ち上がった。
いきなりでバランスを崩しそうになったけど、踏ん張って頭の上になんとか踏みとどまる。立つなら立つって言えよ、脳筋。
「……誰だ?出てきな」
魔物じゃないの?
魔法使いだけが、僕らの背後の草むらを睨みつけてて、あとの三人は全く気づいていない。いや、僧侶がチラッと見た!あいつ気づいてるのに無視しやがった!
杖を構えて、魔法使いが草むらを叩こうと振りかぶった。
「ま、待って。ごめんなさい!」
そう慌てて出てきたのは、勇者よりも更に小さな女の子だった。
女の子だと気づいた魔法使いが、杖を地面に放り投げて、王子様みたいに女の子に跪いた。ちなみに手もさり気なく握ってる。
「やぁ、お姫様。こんなところにどうしたんですか?」
なんだお姫様って。
「あ、あの、お薬の葉っぱ、取りに来たの……」
女の子ドン引きしてるよ。
そりゃそうだ、胡散臭いもんな、この脳筋。
けれども、この脳筋魔法使いは大袈裟なくらいに頭を押さえると、
「あー、それは大変だ。お薬の葉っぱ、つまり薬草ですね?おい、そこの僧侶、お姫様に薬草をお出ししろ」
そんな頼み方で僧侶が薬草を渡すはずもないだろう、少しは考えろよ脳筋。
「……」
ほら、やっぱり出さないじゃないか。
僧侶は持っていた薬草を袋に入れて、それから懐から別の薬草を取り出した。
「……」
「今採ったものは消毒してないから危ないって。こっちならあげるってさ」
頭に花をつけた勇者が、朗らかに笑いながら戻ってきた。
だからなんで僧侶が何言ってるかわかるんだよ、僕にもその能力くれよ。てか結局渡すんかい!
「あの、お兄ちゃんたち、ありがとう」
女の子がはにかみながら笑う。それだけで魔法使いはノックアウトしたらしく、何か悶ながら気持ち悪い笑い声を堪えている。
「君みたいな小さな子が、なんでこんな森まで来たんだい?魔物がいて危ないよ?」
「ママが、病気になって……。いつもはパパがいてくれるんだけど、パパ、ちょっと出かけてて」
「じゃ、おうちまで送るよ」
僕らの目的は花なのに。そんなことしても、なんの得にもならないじゃないか。
「ゆうちゃ、はな!はな!」
魔法使いの上で跳ねると、女の子が僕を不思議そうに見た後、ほっぺを少し赤くしながら僕をつついてきた。
「わぁ、可愛い!」
「あはは、この子はフロイっていうんだ。良かったら触ってみるといいよ」
「本当に?ありがとう」
勇者は僕を優しく包むと、そのまま女の子に持たせた。流石の僕も、自分より弱そうな女の子相手に嫌がるわけにもいかないし、大人しく女の子に抱っこされた。
ま、大人の余裕ってやつかな。
「武闘家、先にこの子を送っていきたいんだけど、いいかな?」
武闘家も花畑から頭を出して「いいですよ!」と笑う。僧侶は聞かなくてもついてくるだろうし、魔法使いは自分が先頭に立って歩き始める始末だ。
女性ならほんと誰でもいいんだろうな、この脳筋は。
「お兄ちゃんたち、ありがとう。こっちです」
女の子は勇者の隣を歩いて、森の中を迷わずに進んでいく。魔法使いの隣じゃないところが最高にいい。
道は有りそうで無さそうな獣道だったけれど、草木を見るに、女の子が何回かあそこに来ているのがわかるくらいには、道は出来ている。
「あそこです」
森の中に、赤い屋根の小さな家が建っていた。
薪割りする為の斧だったり、小さな井戸があるのを見るに、どうやらここで自給自足の生活をしているみたいだ。
女の子は僕を一旦勇者に預けると、家まで駆けていって「ただいま」と中へ入っていく。
それほど待たずに、女の子が扉から顔を覗かせて、僕らに手招きをしてきた。
「ママが、お昼どうぞって」
「でも病気なんだよね、いいのかい?」
「朝の残りですがって。さ、どうぞ」
もちろん、ご飯だと聞いて黙ってない奴がここにいる。しかも可愛い女の子からお誘いだ。あの脳筋が断るわけがない。
「有り難く頂こうぜー!」
ほらね。我先にと家に転がり込んだ魔法使いに苦笑いして、それから勇者が女の子にお礼を言って続いていく。
少し面白くなさげな武闘家をつついて、僧侶も家に入った。武闘家だけが、終始口を尖らせていたのは、きっと気のせいじゃない。
簡素だけども可愛らしいこじんまりした家で、僕らは促されるまま席についた。
すると奥からママっぽい人が出てきて、少し疲れた感じの笑みを向けてきた。
「こんにちは。娘がお世話になったようで……、よければ朝焼いたパンと残り物の有り合わせをどうぞ」
綺麗、というより可愛いが似合うママさんは、そう言いながらお皿をいくつか並べて、それから美味しそうなスープも出してくれた。
ちなみに僕のは、パンをスープにひたひたにした柔らかいぽちゃぽちゃパンだ。こういうの、結構好き。
娘ちゃん(女の子のことだ)に口に運んでもらいながら、上機嫌にそれをずずずと啜っていると、やはりと言うべきか、魔法使いがママさんの手を取ってにこりと笑った。
「奥さん、人妻とは思えないくらいお美しいですね。よければどうでしょう、今夜泊めて頂けませんか?」
「ふふふ、口説き文句にしてはやけに利己的ですね。娘も喜んでおりますし、どうぞよろしくお願いしますね」
「わーい、お兄ちゃんたち一緒!」
喜びで足をパタパタさせる娘ちゃん。なかなか可愛い。もちろん僕が一番可愛い。
そう喜んでいると、扉が開いて、すごい筋肉質のおっさんが「帰ったぞ」と入ってきた。
「あ!パパ!あのね……」
娘ちゃんが嬉しそうに話す前に、そのおっさん、いやパパさんの顔がみるみる内に怒りで真っ赤に染まっていって、そしてすごい速さでママさんの手を握っていた魔法使いの手を叩いた。
「何すんだ!」
「何じゃねェ!うちの嫁に何してんだ、このチャラチャラした奴が!俺はなァ、お前みたいなチャラい奴と、陰気くせェ奴と、嫁と娘に手ェ出す奴と、あとそれから、それから、とにかくそいつらが大ッ嫌いなんだよ!」
具体的なようでアバウトな括りだな。
つまり、このパパさんは魔法使いが大嫌いというのはわかった。
そして叩かれた魔法使いもまた、このパパさんがあまり好きではないこともよくわかった。
「この頭ゴリマッチョ。よくもオレの手を叩いてくれたな?表でろや!」
「あァ!?この頭ン中チャラ男めが!力の差ってやつを見せてやるよ!」
バチバチと火花を散らして出ていく二人を見て、皆が慌てる中、武闘家が小さく「見境ないからですよ」と意地悪く笑っていた。