そして世界から魔王は消え、る?
※
今日も勇者は、魔王領や男爵領、更には“緑の国”の孤児院やら“黃の国”の植物園の手伝いに奔走している。
え?あれからどうなったのか、だって?
聞いてくれよ。
大量に押し寄せてきた水は、あれよあれよという間に僕たちを最下層から押し上げ、“学院”の屋根から僕たちを天高く放り出したんだ。すごい高さまで上がった僕たちは、もちろん今度は地面に向かって急降下。
勇者なんかは「わぁ、こんな高い場所は初めてだ!」とかなんとか騒いでたけど、特に武闘家は声にならない叫びを上げていた。
そこにたまたま、ハッチから外に出ていた剣士が気づいて、風の魔法で僕たちを受け止めてくれたわけだ。
「ありがとう、助かったよ。でもなんで外に?」
「さっき変なカウントと二人組の声が聞こえたからよ。俺様だけ様子を見に来たんだ」
さっきの動く絵のことだ。てかあれ、国全体に聞こえてたのか……。勇者が「あぁ!」と納得したように手をポンと打つ。
「あれはリーパーの」
「あああああ!早く乗ろうすぐ帰ろう今すぐ出よう!」
リーパーにぐいぐいと背中を押される勇者は「え、でも」と何か言いたげだ。それを見て、何かを察した剣士が頭を掻きながら「ガキ……」と苦笑いしたのは、どっちに対してだったのやら。
後でリーパーから、あれは侵入者を外に放り出して、そのまま地面に叩きつける“お仕置きシステム”なんだと聞いた。そのまま死ぬんじゃないかと思ったけど、なんでも、悪い人には制裁が必要だからねだってさ。
そうして帰ってきてから、ずっとこうだ。
僕としては、いい加減に勇者を倒したく思ってるんだけど。
「だからさぁ……。なんで少年がいるの。なんでまた増えてるの」
緑の椅子で頬杖をつきながら魔王が見たのは、僕と勇者、それから剣士たちだ。魔法使いたちは各々用事があって別行動中である。
「なんか用があるって言ってたので、連れてきたんです!」
「ま、そんなわけで連れて来られた」
「意味がわからないよ!?」
ため息と一緒に頭を抱えだす魔王をほっといて、剣士が少し偉そうに腕組みをする。
「魔王討伐をしたい」
「は?」
魔王が顔を上げた。その表情はさっきとうって変わって真剣だ。と、なぜか部屋全体が少し肌寒い、ような……?
いや、気のせいじゃない!リーパーから微かに冷気が出てる!
「リーパー。君が俺に対して誓ってくれてるのは嬉しいけど、他ならぬ剣士くんの話だ。とりあえずは納めて納めて」
「……わかったよ」
パキンと氷が割れて、徐々に暖かさが戻っていく。
「それで?受付嬢を通さずにお目通りしたいと言うんだ。それなりの理由があってのことだよね?」
「あぁ、もちろんだ」
剣士は竦むことなく、堂々と魔王を正面から見据える。
「俺様は、こいつらの為に“勇者”になろうと決意した。魔王を倒した“勇者様”の仲間に対して、やれ賢者だの聖女だの蛮族だのと言わせねぇ為に」
「もう君たちにそれを言うような奴はいないだろ?ま、いたとして、そんな奴らを黙らせることなんて簡単なはずだけど」
手元の書類をトントンと整頓してから、魔王はカップに口をつけた。
「別に魔王をどうこうしたいわけじゃねぇさ」
「オイラたちの、最初の目的だから」
「魔王、倒す」
「ちゃあんとぉ、キメるとこキメないとねぇ」
そう笑う四人を見て、魔王は「なるほどね」とふぅと息を吐いた。それからリーパーに「予定は?」と促す。
「明日の午後なら全員空いてるよ」
魔王は満足そうに頷く。
「剣士くんたちは、俺たちを倒したら解散かい?」
「一応旅は終わらせる予定だ」
「そっか。なら」
立ち上がった魔王が腰に片手を当てて、意地の悪い笑みを口元に浮かべた。
「手を抜くわけにはいかないね。リーパー、明日までに城を魔法で覆っといて」
「わかったよ」
魔王はそれだけ言うと「ちょっと休憩」と言い残して部屋を出ていく。勇者は少し迷った後、皆に頭を下げてから魔王を追いかけだした。
一定の距離を取ったまま、二人は無言で歩いていく。
休憩だと魔王は言っていたけど、休憩するなら会議室を出なくてもいいはずなのに。
「……」
「……」
「……少年」
「はい!」
魔王が止まった。でも振り返りはしない。
「何か用かな?俺は休憩するって言ったよね」
「イカ焼き、食べませんか?」
「は?」
肩越しに見える魔王の表情は、少し呆れ気味だ。
「約束してくれたじゃないですか。帰ったらイカ焼き食べるって」
「まぁ、うん、したねぇ。した、なぁ」
思い出した魔王が考えるように黙り込む。けれどすぐに苦笑いを僕たちに向けると、
「それは“魔法剣士”とだろ?俺はここを統治する魔王であり、少年、俺は君とイカ焼きを食べたことなんてないよ」
「それが貴方から笑顔を奪っているモノですか?」
「少年、君は何を言って……」
魔王がハッとしたように勇者を見つめる。勇者の視線はただ真っ直ぐで、まるで魔王の中を見透かすようだ。
「魔法剣士さん、貴方は前に話してくれましたよね。“ふとした幸せで笑顔になれる世界”を守りたいって。今の貴方が不幸せだとは言わない。それが貴方の決めた道なら尚更。でも僕は、貴方にもそうであってほしいと思ってます。だから」
勇者が握り拳を作って、それを魔王に突きつけた。
「僕は魔王を倒します。魔王を倒して、僕は魔法剣士さんとイカ焼きを食べたい。いや、もっともっと仲間たちと笑顔でいたい。それが僕の、この旅路の答えです」
「ゆうちゃ……」
ということは、僕の目的も近い。
勇者を倒して最弱の汚名を返上だ!
僕はやっと念願叶うと思って、嬉しくなって飛び跳ねた。
「あはは、フロイもそう思うんだね」
違うけど。ま、この勘違い勇者ともお別れか。
……あれ?なんでかな、なんだか、なんだか……、悲しい?
僕の気持ちに勇者は気づいてないようだけど、魔王はどうやら違うらしい。
「それが少年、君の答えなんだね。あぁでも、俺は小さな友の為にも負けられないなぁ。まだ気づいてないようだから」
「小さな、友……?」
「こっちの話さ。そうだな、明日は埋まっちゃったし、明後日空けるように皆にも言っておくから、またおいで」
魔王はそれ以上話すつもりはないようで、背中を向けて足早に奥へ消えていった。それを呼び止めるわけでもなく、勇者はただ静かにそれを見送った。
剣士たちがどうなったのか。
その結末を、僕は知らない。
でも目の前の豪華な椅子に座る魔王と、並んで立つ四天王がその答えだ。
「相変わらず見栄の塊のよーだな、魔王サマってのは」
魔法使いが杖をくるりと回して構える。対するのは舞手、いや戦舞姫かと思ったけど、意外に反応したのは深淵だ。その首には鎖が巻かれていて、女王がしっかりと握っている。あれから色々あったんだろうな……。
「口を慎め、人間風情が。我が主を侮辱すること、万死に値する」
「ちょ、ちょっとリッくん。頑張りすぎ……!」
「え?でもゆうくんがこれぐらいやれって」
コソコソと話すのが丸聞こえだ。魔王が「しっ、聞こえてるよ」と注意すると、二人は慌てたように姿勢を正した。
「魔王!僕はお前を倒して“皆”に笑顔を取り戻しに来たんだ!ここまで長い道のりで、答えを出すのに時間もかかったけど……」
勇者が柄しかないあの剣を構える。呼応するように虹色の剣が現れ光を放つ。
「少年。強く、強くなったんだね……。でも」
魔王が椅子から立ち上がり手を広げた。
「我ら魔王軍!簡単にやられはせんぞ!」
「魔王、覚悟!皆行くぞおおお!」
勇者が床を蹴る。
旅路で見つけた思いを、その一振りに乗せて――。
これにて僕たちの旅路は終わりだ。
え?結局どうなったのかって?
そりゃ魔王軍は強いからね。
きっと僕が語るまでもないだろう。
結局僕は勇者と一緒にまた旅に出た。
でも。でもいつか。いつかきっと。
あの港町で、また二人が話しているのを見るんだ。
「フロイ、今日は何食べようか」
「んー?ちゃかな!」
「そっかぁ、じゃ魔法剣士さんを誘ってイカ焼きを食べよう!」
そう勇者は笑って、魔王領へ向かう。
あの日と同じようにイカ焼きを食べるために。
~完~
いつもありがとうございます、とかげになりたい僕です。
最初期からお読み頂いているかた、途中からお読み頂いたかた、それから完結後にここまでお読み頂いたかた、皆様本当にありがとうございました!
これにてフロイのお話は終わりになります。
結局倒してないとか、ゆうちゃはどうなんのとかあるんですが、それも含めて楽しんで頂ければなと。
次回作の構想ですが、なんとなく予想出来る通り、報告でも書いた通り、魔法剣士たちの話を書こうかなと。誰か楽しみにしてくれるんだろうかと一抹の不安を抱えながらも、書きたいと思ったものを書きたいしなと思いつつ……。
もしよろしければ、皆様からの感想や評価を頂けますと嬉しいです!励みになります!
最後になりましたが、応援してくれた皆様、本当に本当にありがとうございました!また次回作でお会い出来ましたら、よろしくお願いします!
とかげになりたい僕でした。