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砂浜とボールと僕。

 “赤の国”。

 そこはとても暖かい、いやいや暑い国で、そして僕らはなぜか海ではしゃいでいた。


「勇者さん、右です右!」

「左だ左!オレのが正しいぜー!」


 武闘家と魔法使いが、目隠しして棒を持つ勇者に叫んでいる。


「二人ともー、どっちなんだい?同じ方向言ってほしいなぁ」


 フラフラと頼りない足取りで、けれども勇者は楽しそうに「もう」と笑っている。

 ちなみに右だとスイカがあって、左だと砂に埋まっている僧侶がいる。大人しく埋められる僧侶も僧侶だけど、頭をかち割られるかもしれないこれでも、無言を貫くのは大したものだと思う。


 僕?

 僕は買ってくれたトロピカルジュースとかいうやつをストローで飲みながら、優雅にその遊びを眺めていた。

 僕としてはスイカが食べたいので、武闘家を応援すべきなんだろうな。


「ゆうちゃー、あっちー!」

「あっち?あっちってどっちだい、フロイー?」


 あぁ、そっちじゃないよ馬鹿勇者!

 勇者はスイカのほうでも、僧侶のほうでもない、真っ直ぐに歩いていって、


「うわぁ!」

「あぁん?」


 勇者よりも背が高くて肌が黒い男にぶつかった。

 さらにサングラスなんかかけてて、いかにも自分大好きな感じがする。くすんだ黄の髪色も重なって、すごくすごく怖い奴に見える。

 勇者は目隠しを外すと、そのグラ男に慌てて頭を下げた。


「ごめんなさい!怪我はありませんか?」


 グラ男はグラサンをちょっとだけずらして勇者を見ると、


「なんだガキかよ。興味ねぇからあっち行った、しっしっ」


 なんだあの態度。確かにぶつかったのは勇者だけど、勇者が謝ってるんだから何か言えばいいのに。

 けれども勇者は「すみませんでした」と律儀に頭を下げてから、僕たちのほうに戻ってきた。


「なんだ、あいつ。態度わりー」

「ちょっと魔法使いさん、聞こえますよ」

「いーんだよ、それで」


 更に何か言おうとした魔法使いに平手打ちをかまして、武闘家は戻ってきた勇者に心配そうに声をかける。痛がる魔法使いは無視だ。


「勇者さん」

「心配ないよ。それより、僧侶を引っこ抜いてから宿に戻ろうか」

「そうですね、あまり長くいると焼けてしまいそうですし」


 魔法使いがほっぺを撫でながら僧侶を軽々と引っこ抜いた。直立不動で埋まってたとか、むしろどうやって埋めたのかが気になる……。

 今さらジュースで浮かれてた自分が恨めしいけど、まぁ明日もいるみたいだし、また明日にでも埋めるとこ見せてもらおっと。


「あとスイカは……あれ?ここにあったスイカがないや。皆知ってるかい?」


 僧侶が砂を落としながら首を横に振る。

 魔法使いがまだほっぺを擦りながら首を横に振る。

 武闘家が周囲を見渡してから、小さく「あ」と何かを見つけたようで、その方向を皆で向いた。


 僕らのなけなしのお金で買ったスイカは、二人組のお姉さんに持たれていた。魔法使いが「わお」と嬉しそうに見ている。


「魔法使いさん」

「なんも言ってねーだろ」

「言う前に言ったんです」


 また喧嘩だよ。そんなこと言ってる場合なら、お姉さんたちにスイカ返してって言いに行かなきゃ!

 僕はぴょんと跳ねてお姉さんの足元まで行くと、なるべく大きな声で話しかけた。


「ちゅいか!ぼくの!」


 お姉さんは僕を見て、それから「きゃー」と騒ぎ出した。


「見て見てぇ!フワリンだよぉ。私初めて見ちゃったぁ」

「スイカ、フワリン……。儲け、いい」


 片方のゆるふわピンクガールが僕を抱き上げて、何か奇声をあげながら喜ぶ。隣のボーイッシュガールは、どうやらお金の勘定をしてるみたい。

 ん?勘定?


「ぼく?」

「ん、いい金。剣士様、喜ぶ」


 待ってよ!僕こんな片言の変な奴に連れてかれちゃうの?

 もちろん勇者は黙ってなくて、軽く早足でこっちに来ると、


「待ってください。スイカはいいのでフロイは返してください。僕の友達なんです」

「ゆうちゃ……」


 友達とかまだ言ってる。お前は僕に倒される運命なんだって、まだわかってないのか。いや、でも今は助けてもらえると……正直嬉しい。


「んんん、でもぉ、剣士様がぁ、今日のお金稼いでこいってぇ」


 こいつ髪型がゆるふわかと思ったら頭がゆるふわじゃないか。その喋り方しても誤魔化せないぞ。

 僕を返すのをしぶるゆる女から、勇者は少し強引に僕を返してもらおうと手を伸ばした。けれどゆる女は僕を引っ込めて、それから「やぁだぁ」と泣き真似を始めた。


「剣士様ぁ、フワリンちゃんが取られちゃいますぅ。助けてくださぁいぃ」


 すると、一体どこから湧いてきたのか、さっきのグラ男が「僧侶ちゃ~ん、狩人ちゃ~ん」と手を振りながら現れた。まさかこのグラ男が剣士様らしい。


 その剣士サマの少し後ろには、なんか可愛い女の子の人形を持った気味の悪い奴が、ブツブツ言いながらついてきてた。

 聞き取れる範囲で「ジェシカちゃんと海だ」「水着はどれにしようかな」とか言ってる。え、気持ち悪っ。


 剣士サマは勇者をジロジロと見て、それから思い出したように手をポンと打った。


「なんださっきのぶつかってきたガキかよ。んんー?このフワリン、お前のか」

「友達なんです。フロイは物じゃありません」

「ほほん。あ、いいこと思いついたぜ」


 剣士サマは楽しそうに鼻歌を歌いながら、何やら地面に線を引き出した。

 四角いそれは、まるで何かのフィールドだ。


「ドッチボールだ。ボールは……、おい人形使い、ボール出せ」

「え。いや、ないけど……」


 どうやらあの気持ち悪い奴は人形使いらしい。灰色の柔らかそうな髪が、首を振るのに合わせてゆらゆら揺れた。

 あぁ、だから可愛い女の子の人形持ってるわけね。


「俺が出せっつったら出すんだよ!じゃなきゃ、おめぇみたいなだせぇ職業の奴、誰が連れてくに決まってんだよ!」


 うわ。こいつ口も悪いけど性格も最悪じゃん。


「やぁだぁ、人形使いださださじゃあん」

「使えない。いらない」


 こいつら、仲間、なんだよね?


「ま、待ってください。ボールなら私が持ってますから」

「ボールなんか持ってたか……?」

「その辺に転がってたやつを拝借しました」


 それ駄目なやつ!


「んじゃ、始めようぜ」


 武闘家からボールを受け取って、指の先でクルクル器用に回しながら、魔法使いは楽しそうに笑った。





 スイカ割りをしていた時はてっぺんだったお日様も、今じゃもう海に沈もうとしている。

 それでも尚決着のついていないこの戦いに、僕は呆れながらも、さっきまた買ってもらったトロピカルジュースを飲みながらため息をついた。


 決着がつかない理由は、武闘家だ。


 あいつ、この間見せたあのヤバい動きでボールを避けてるんだ。

 それこそ、ずっと。


 ちなみに男三人は早々に退場した。カッコつけてた魔法使いが最初だったのには笑わせてもらった。


「なー、もう諦めよーぜー」


 最初こそ、場外に出ても当てれば戻れるルールだったんだけど、余りにも進展が無いから、魔法使いはその辺に寝転んで空を見ている。


「駄目だよ、フロイを助けなきゃ」


 外野で頑張る勇者が意気込むけど、最初から今まで誰一人として当てられていない。ずっと場外で頑張っている。


「なんだあの女ぁ、やけにはえぇじゃねぇか」


 剣士側のチームは、あの人形だけだ。他のゆる女と片言奴は、それを椅子に座りながら観戦している。地べたに座っているのが人形使いだ。


 長時間人形を操るって、相当集中力がいると思うんだけど、顔色ひとつ崩さずに人形使いはそれをやってのけている。

 結構あいつ凄いんじゃないかな。


 けれどもそんな時間はそろそろ終わりだ。

 なんでかって?

 砂浜の閉園時間だからだ。


「お客さん、困るよ~。もう時間だよ~?」


 麦わらのおっちゃんが頭を掻きながらやって来た。


「さ~、早く片付けて~。帰った帰った~」


 フィールドの真ん中に割り込んでボールをキャッチすると、おっちゃんは「若いっていいな~」と体を左右揺らしながら違うお客さんのとこに歩いていった。

 同じように注意するんだろうな。


 ボールの無くなった僕たちは、これ以上戦い続けても意味が無いということで仕方なく切り上げた。


「このガキ、覚えてろよ!今度会ったら、そのフワリンもらってやるからな!」

「だからフロイは物じゃないって。友達だって何回言えばわかるんですか」


 勇者の言葉を聞いてるのか聞いてないのか。

 兎にも角にも、剣士はゆる女と片言奴を引き連れて砂浜から引き上げていった。


「あんた、置いてかれちまうぜー」

「……あのさ」


 早く追えばいいのに、人形使いはグズグズして動こうとしない。


「今日はありがとう。剣士くん、口は悪いけど、いい奴だから、また会ったら仲良くしてあげてほしい」


 人形使いは砂浜に転がってしまった人形を拾い上げ、優しく砂を払ってから剣士を追いかけだした。

 なんであんな奴についていくのか気になるけど、また会うつもりならその時に聞けばいいか。


 僕は勇者の頭に飛び乗った。

 あぁ、夕焼けが綺麗だな。


「あ、スイカ。取られちゃった……」

「あ」


 こうしてちょっとお高いスイカの味は、知られることなく迷宮入りになったのだった。



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